第2話 森林樹が火を嫌う理由。

花田先輩は私の言葉に顔をしかめてため息をつくと、「深入りするな」と言う。


深入りするなと言われても、今のままではいけないので、「ですが、事件解決の為に!」と返す。

花田先輩は首を横に振り、「違う、森林だ。あの野朗、今までこんな事なかったぞ?」と言い、私が通う事をよしとしなかった。


だが、ヒントが欲しい私は、その後も森林樹の元に行く。

だが何もないので、あの黒い部屋で森林樹に挨拶をして、「来たんだね。でも何もない」と言われると、「ありがとうございます。また来ます」と言って帰っていくだけだった。


捜査本部は他の事件に少しずつ削られる。

私達も外されるかと思ったが、緒方翔伍の身元を見つけ出した私達は、その功績から外されずに済んでいる。


3回目に森林樹の元に顔を出した時、私は森林樹の食生活が気になった。

下手な質問をして森林樹の機嫌を損ねてはいけないので、花田先輩に確認をすると、「宅配。宅配イーツとかあるだろ?あれだよ」と言われた。


「自炊されないんですか?」

「しないな。余計な質問とかするなよな?」


そう言われた私は質問を控えて、次の来訪時にお弁当を持参した。


森林樹は私の来訪に驚いた顔で、「予想から2時間遅れだ。なにがあったんだい?」と聞いてきたのでお弁当を見せて、「お昼です」と言った。


意味がわからない顔をする森林樹に、「食べてください。宅配ばかりだと聞きました」と言うと、森林樹はやれやれと言いながら起き上がる。

のそのそと歩くと、「ウチには椅子はあっても客用のテーブルはないんだ」と言って椅子を出してきた。


私は「平気ですよ」と言いながらお弁当を食べる。

好き嫌いの質問をしたら、「好き嫌いはないけど、ひじきの煮物なんて食べてなかったな」と言いながら煮物を食べる。


残さず食べた森林樹は「おいしかった」と言った後で、「少し踏み込もう」と言うと、私に「緒方翔伍は女好きだったか。そこら辺の事を調べてくれるかな?」と聞いてきた。


「あ、調べてますよ」

「…へぇ。凄いや」


私が「緒方翔伍さんは、女性遍歴も多くて、フリーになると出逢いを求めていました」と言うと、「成程。なら次で絞れる。また捜索願いも出して貰えない男が、損壊された姿で発見された時、犯人はだいぶ絞られるよ。職業は正直確証ないからね。行方不明になっても騒がれなければ何でもいいんだ」と言った。



・・・



次の犯行を待つというのもおかしいが、その間に私と森林樹は少し特別な関係になった。


お弁当を持っていくと、森林樹は意外そうな顔で喜び、食べながら少し話をする。

話の中で自炊しないのかと聞くと、火が苦手なんだと教わり、それを花田先輩に伝えたら、「深入りするなって言っただろ?なんでそんな事まで知ってんだよ」と、ため息をつかれてから森林樹に何があったかを教えてくれた。


花田先輩に「これ以上深入りするな」とまた言われた。

だがあまりの出来事を知ってしまって、聞いてしまった私は我慢できずに、無神経な事を言った事を夜なのに謝りに行ったら、森林樹は「凄い…。予想外だ」と驚いていた。


そして家に迎えてくれて、ゲリラ豪雨も降ってきた事で一晩泊めて貰った。



・・・



森林家には風呂もトイレもキチンとあって、ないのは調理器具だった。

なので私は次に行った時に、IHの卓上コンロを買ってプレゼントすると、「本当に予想外だ。特別な感情が生まれてしまいそうだ」と言われた。


男性からそんな事を言われなれていない私は、思わず慌てて顔を赤くしてしまう。


そして嬉しくなってしまい、少しだけ暴走をした。


火を使わないホットプレートのたこ焼き器を買って、一緒にたこ焼きを作って楽しむ。

だが、テーブルがない森林家では地べたで楽しむことになってしまうが、それすら楽しかった。


たこ焼き機にも「予想外だ」と喜んだ森林樹は、はっきりと私に「帰したくない」と言い、私は森林樹と関係を持った。


異性と付き合った事くらいはあったが、それは自分から告白をして、なし崩しに察する空気の中で行われていて、キチンと求められたのは初めての事だった。


肌を重ねた後、森林樹の腕枕の中で、「花田から聞いていても、もう一度話しをさせて」と言われて、森林樹が火を嫌う理由を教えてもらった。



・・・



森林樹にはしげるという兄がいた。

繁は3つ上。

資産家の家に生まれた森林樹は両親の希望で、兄はエスカレーター式の私立中学に通い、森林樹は公立校に通わせた。

それは森林母の希望で、3つ上の兄の友達付き合いや学校生活の息苦しさから森林樹は公立に通う事になる。

だがそれは森林樹に言わせれば「愛情の差だよ。兄さんは愛されていたんだ」だった。


習い事や身の回りの物なんかに差はなかった。

父親は平等を重んじていて、下手をすればキチンと兄にかけた金額と同じになるように森林樹に使っていて、学費の違いは将来に還元すると言って、森林繁が中学に入学し、森林樹が10歳になった時にキチンとコレまでの収支報告書を用意して見せていた。


よくわからなかったが森林樹はそれに納得をして中学生を迎える。

兄はエスカレーターで高校に行き、受験はなくて平和な受験シーズンを過ごす。

そして新学期。1学期は問題なく過ごしたが、夏休みになって兄の森林繁の様子がおかしくなる。


「兄さんは壊れていたんだと思う。だが母さんはそれでもいいと言っていたよ」


そしてそれから1週間後。

森林家は一家心中をした。


森林樹は奇跡的に助かった訳ではなく、母親が父を昏倒させて家に火を放つ時、恐怖に動けない森林樹の腕を持って家の外に放り出していた。

そして母親は放心する兄繁の頭を抱いて、あやしながら家に火を放った。



・・・



「あれこそ無償の愛だろう。だから兄さんは心が壊れていても、母さんは構わずにいた。あの兄さんは生きていても辛いし、1人にはさせられないと父さんを昏倒させて3人で逝ってしまった」


無茶苦茶な話だ。

そして聞いていて思うのは、母も壊れていたのだろう。

残される森林樹の為に顧問弁護士に成年後見人を任せていて、家の建築費用も用立てていた。


これが突発的で衝動的なモノならそんな用意もしないが、全て用意してから旅立つ。

何を考えていたのだろう。


ここで私と森林樹は意見が違えてしまった。


「母さんは、俺を愛してなかった。だから俺だけ連れて行かなかったんだな」

「お母さんは優しい方ですね。森林さんの為にキチンと準備をして巻き込まなかった」


私の言葉に「え?」と言って凄い顔で私を見る森林樹。


「半分は森林さんの言う通りだとしても、それはお兄さんを私立に入れたかったのが、お父さんの願いだとしたら、お父さんと森林さんを残すことになったら、森林さんも大変になるじゃないですか。だからだと思います。それに巻き込みたくなかったんですよきっと」


私の説明に森林樹は凄い顔で唸った後、「君は凄い。本当に予想外だよ」と言う。


「ご両親の教育の賜物だ」


私は隠し通すことも出来た。

でもそれはしなかった。


「父も母もいません。幼い時に自動車事故で亡くなりました。私を成人まで育ててくれたのはお婆ちゃんです」


凍りついたように動かなくなり私の顔をじっと見る森林樹。


なんとなく言いたい事がわかった気がして、「どうしました?いないものは仕方ないですよ。それでも今ここに私と森林さんはいます」と言って微笑むと、森林樹は私を抱きしめてキスをしてきてから甘えるように抱きついてきた。


優しく頭を撫でて「もう一度します?」と聞くと、甘える子供のように頷いた森林樹ともう一度肌を重ねた。

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