傘になりたい
虚
雨宿り 1話目
ざあざあと雨が降る。
「うわぁ……」
傘なんて持っていない。笠なら無いこともないんだけどな、とスマホについたストラップを見て苦笑し、ため息をつく。私の会社での担当部署は服飾。ストラップは何だったかの記念でもらった物だ。この間の新しい素材を導入するための打ち合わせでは、また上司にネチネチと小言を言われた。どうやらウチの会社は俗に言う、ブラック会社と言うものだったらしい。
スマホで天気図を見たところ、すぐに止みそうだ。
「はぁ……雨宿りしながら帰るかぁ」
駅員さんに睨まれるので駅は諦めて、私は電灯が光る雨の中を走り出した。
かろうじて雨を避けられそうな木の下を選んで走りながら、普段ハイヒールで出勤していなくて良かったと心の底から思った。こんな雨の中をヒールで走るだなんて考えただけでゾッとする。転んだり捻挫したり靴擦れしたりで、散々だろう。
「ふぅっ。ここ貸してもらおうかな」
いつも通る道にあるアパート。光が漏れる窓の上に、ちょっとした日除けのようなものが付いているのを思い出したのだ。少し狭いが、雨が強くなってしまったので仕方がない。
「もうちょっとかなぁ」
こんなことなら、朝急いでいても最後まで天気予報を見て傘を持ってくればよかった。そういえば、最初の方に『梅雨入り』の文字が見えたような気がする。家に帰ったら風邪引く前にお風呂だな、とまたため息をつく。
「お姉さん、何してんの?」
「ひゃぃっ?!」
後ろから急に声をかけられたので、驚いて変な声を出してしまった。顔を赤くしながら振り向いた所で、私は固まった。想像以上に近い位置に、窓から出た男性の顔があったから。
「あっ、……えっ、と……雨宿り、です」
窓が明るかったので人が住んでいるのは当たり前だが、まさか話しかけられるとは思っていなかった。くるくるの薄い茶髪で、綺麗な顔立ちをしている青年。あまりにも顔が近いので離れたいが、これ以上後ろへ行くと濡れてしまうので距離を取ろうにも取れない。
「ふぅん。……傘持ってないなら貸そうか?」
「い、いえ! すぐ止むと思いますし⸺⸺あ、勝手に屋根お借りしてすみません」
「そっか」
そう言って彼は、部屋に引っ込んだ。
「びっくりした……」
息をついた途端、先ほどまで考えないようにしていた会社の事が頭をよぎる。
『……ボツ。面白くない。はぁあああ⸺⸺涼木君さぁ、もっと面白みのある、強い企画考えられないの? ていうか君使えないし、もう企画降ろすから。もういいよ、うん。適当にお茶汲みでも顧客名簿作り直すでもしといて。邪魔だから』
「……何が強い企画、よ。三十分で作れって言ったのはそっちでしょう……?」
直属の上司から受ける威圧的なパワハラ。同期の二人も、私と同じようにパワハラを受けている。最後まで任せられないと思うのなら最初から私に振らなければ良いものを、上司はわざと私に先輩よりも多く仕事を振る。最終的には人並みの仕事量になるが、その過程でパワハラに耐えなくてはならないのが辛い。さらにはセクハラまでしてくるが、仕事内容自体に悪印象は無い。
(……好きだから、辞めれない。世の中には嫌いな事を仕事にしてる人だっているんだから)
今は上司には恵まれていないが、元々好きな分野の職に就けているので会社を辞める気は無い。でも……。「でも、ちょっとだけ……辛いな」
俯いて無理に笑う私を見ていたのか否か、先ほどの青年がまた窓から顔を出した。今度は、控えめに。
「お姉さん、少し話そ」
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