絶句
カフェオレ
絶句
妻はいつも一言多い。
ちょっとした不注意を指摘したら「はいはい」から入り、意味が分からず訊き返した時は「だからぁ」と笑いながら嫌味ったらしく言う。
俺だけにならまだいいが、ご近所さんと話す時も同じだから困る。「まだ独身の何々さんは〜」とか「何とかさん変な宗教入ってますよね?」とか平気で言ってしまうのだ。
俺たちの間にまだ子供はないが、いずれ子供ができてママ友付き合いが始まれば深刻な問題となるだろう。俺はそう危惧して昨日ちょっと厳しく、
「お前はいつも一言余計だ!」
と一喝した。
それがいけなかったのだろう。今日は仕事から帰ってから一言も口を利いてくれない。
まあ喧嘩中だから仕方ない。それにちゃんと晩御飯も用意してくれている。それだけでも感謝すべきなのだ。
今日のメニューは俺の好きなハンバーグだった。大きなハンバーグが付け合わせのミニトマトやポテトと一緒に皿に乗ってる。
新婚の頃はケチャップでハートなんか描いてくれたなぁと思いながら、ハンバーグを食べる。
向かいに座る妻はなぜか優しく微笑んでいた。まるで新婚の頃のようだなと懐かしくなった。
「美味しい。やっぱりハンバーグは我が家のが一番だな」
「…………」
「昨日は悪かったよ。いきなりあんな言い方ってないよな」
「…………」
妻はなおも口を利かない。まだ怒っているのだろうか。それにしては表情は穏やかだ。
「なあ、少しは話をしないか。今日は何があった?」
妻は首を左右に振る。
「昨日のことまだ許せないのか」
するとどうしたことか、妻は再び首を左右に振る。
「許してくれるのか? じゃあなんで黙ってるんだよ?」
その時、妻は唐突に口を大きく開いた。
衝撃の光景だった。
「お前それ……舌が……」
大きく開かれた口。そこにあるはずの舌はなく、下顎が丸見えだった。
「なんで……おい」
声が震えた。信じられない、なんてことだ!
俺が何も言えないでいると、妻は紙とペンを取り出し何か書き出した。紙にはこう書かれていた。
『もう余計なこと言わないように舌ちょん切っちゃったの』
妻は俺の反応を楽しむように、それとも勝ち誇ったようにか、笑っている。
「なんてことをお前……」
俺があんなことを言ったから彼女は……。
妻はもう一枚紙に書く。
『感謝してよね。これであなたも怒らなくて済むでしょ? それに』
妻は悪戯っぽく笑うともう一枚紙に文字を書いてこちらに見せた。
『さっきあなた美味しいって言って食べてくれたじゃない』
絶句 カフェオレ @cafe443
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