第5話
空海は専ら自炊派である。それは料理を作るのが趣味だとか、料理を作るのが得意だとかではない。人並みには出来るが、厨房の王である主婦達には手も足も出ないくらいの差の開きがあることは否めないだろう。
ならば何故、彼が自炊するのかという理由だが単純なものだ。
人が作ったものを食べられないからだ。幼き日に両親を亡くし、おふくろの味を知らずに育ってきた。それだけならばまだしも、彼は生まれながらにして強い術者であったがために物心ついた時には命を狙われる身だった。彼を狙ったのは部外者だけならば良かったが、親族までもが毒殺しようとしてきたのだ。
そのせいで他人の作った料理は胃が受け付けなくなり、外食という選択肢は一生有り得ないものとなった。だからこそ、自分で料理をするためにスーパーへと赴き、食材を買い込んでいる。
空海は現代において欠かすことのできない術者。日々、引っ張りだこのせいで各地を飛び回っている。故に買い物に割く時間は最小限、かつ大量に蓄えるようになった。お陰で冷蔵庫の中は作り置きと食材で構成されている。そのストックが切れそうだったこともあり、空海は大きめのエコバッグを片手にスーパーを後にしていた。
(さーて、何作るか……そういや肉じゃがはふるさとの味って純香が言ってたな)
大体のメニューはすでに頭の中にあり、それだけの食材は購入済み。あとはその順序だったが、唐突に思い出した言葉に従って献立は決められた。折角のメニューバランスは早くも崩壊しかけているが、彼にとって大事なのは食べたいか食べたくないかである。
今、食べたいと思ったものを作るのがモットーなので多少の予定変更と天秤にかけても問題なかった。
しかし、問題発生。とはいっても空海の懐事情にも、料理の腕前にも、献立にも何ら関係ない。
(尾行か……)
空海はすぐに気付いた。空間の支配者たる所以である、風術の間合いの広さと探査能力の高さで自身の後を追ってくる気配を幾つか感じ取ったのだ。それも限りなく小さく絞られたものであり、一般人のものではないことは一流の術者であれば誰にでも分かる。
それでも空海は気にせず歩く。スーパーの前を横切り、大通りに出て人混みに紛れた。依然として気配は途切れず、金魚のフンのようについて回る。
(俺を狙ってるのは間違いないらしい……が、何のために? 俺のことを知った上でこのレベルの隠密で気取られていないと思い込んでるんだとしたら、煽られてるようにしか思えんのだが……)
雑踏から抜け、敢えて人の気配が少ない方を目指していく。どうやら向こうもその意図には気付いてはいても、空海がターゲットということに変わりはないらしい。相も変わらず姿形を闇に隠しつつ、追っていく。
空海が足を止めたのは立ち入り禁止の看板が建てられた工事現場。縛られた鉄骨が綺麗に置かれ、組み上げられた鋼鉄のパズルが夜空に向かって伸びている。工事に必要とされる数台の重機は無造作に置かれ、その近くには簡易的な小屋があった。すでにもぬけの殻だが、立ち入り禁止の看板があることで気を抜いているのか鍵はかかっていないようだ。
風術であらかた今来たばかりの場所の情報を入手した空海。短く息を吐くと、三方向の虚空を一瞥した。
「出てこいよ。まずは話でもしようぜ……自己紹介は必要か?」
返ってきた答えは風の刃。引き絞られた空気が鋭く放たれ、空海の首筋目掛けて飛んでくる。
「いきなり物騒だな」
ところが彼は身動ぎ一つしない。ただ同等の威力の攻撃で相殺し、砂埃を舞わせた。周囲に不可視の結界が張られているかのように空海の肌にも服にも汚れ一つ付着することはない。
「会話は嫌いか。なら……こっちから炙り出せば話す気になるか?」
空海は右手を掲げる。その直後、発生するのは中心に向かっていく莫大なエネルギーの奔流。ブラックホールのような吸引力があるそれが掌の上で躍り、辺りのものを手当たり次第に引き寄せていく。
その引力の塊を空海は目の前へと放った。
それは彼の指定した範囲内に存在する全てを引き寄せる術だ。その力によって無理矢理姿を暴かれ、空海の目の前に三人の黒づくめが現れた。
「お前らだな、俺を尾けていたのは」
「……」
誰一人口を開かない。口がついていないかのように、言語機能を失っているかのようにうんともすんとも言う気配はなかった。
「何が目的だ? いきなり俺を攻撃してきたのは何故だ?」
「……」
「誰かに依頼でもされたか?」
訳あって色んな者達に恨みを買っている自覚があった空海は特に表情を変えることなく言い放つ。しかし、やはり返答はなかった。
返事の代わりにあったのは————
「こっちは買い物帰りだ。早く冷蔵庫に仕舞わねぇと食材が悪くなるんでな……これ以上長々とお前らの用事に付き合うつもりはない」
畳み掛けるようにして繰り出された三人同時の一斉攻撃。その速さはゆうに音速を超えており、攻撃が空海目掛けて飛んだ後に遅れて音が聞こえてくるほどだった。
それすらも届かない。空海の反応速度は光速をも上回っていたからだ。
その場に存在する空気の流れを即座に掌握と同時に三人を呆気なく空気の縄で縛りつけた。
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