ヒソヒソばなし
丸膝玲吾
第1話
図書館の、向かいの席に座る女子二人組がこちらを見てヒソヒソ話をしている。甲高い声で、顔を寄せ合いながら笑ってる。
うわ、こっち見た。
チラチラ見てるよ、こっちを。
え、きも。
童貞そう。
ぶっすいね。
そうね。
エッグは自覚はしていた。顔はあんまり良くない。人から好かれる見た目はしていない。でも希望は持っていたくて、本気を出せば改善できるのだと信じていたくて見た目に気を使っていないふりをしている。
エッグは女の子がいたらチラチラと見てしまう。誰よりも可愛い女の子が好きで、顔でしか見てなくて、可愛い子じゃないと付き合いたくなくて、でも自分はそんな女の子と付き合えない、付き合おうとする努力もしない、そのギャップに苛まれていた。内面ですら醜悪な自分は、彼女たちを攻撃し始めた。
大学は学ぶはずのところだ。
そんな男と女がまぐわう場所ではないのだ。
彼女たちは今日もイケメンに股を開いてアンアン媚びてパパ活をしているのだろう。
彼女たちは親に大金を払って入学し、通い続けているにも関わらず、していることといえば男とのまぐわいなのか。
エッグはその様子を想像して興奮し、目の前の彼女たちをチラチラとさりげなく、チラッチラと見た。
エッグはバレていないと思っていた。しかし、彼のその行動には男の性の醜悪さが全て込められていて、見るもの全てを不快にさせるような空気を纏っていた。
うわ、キモ。
え、こっち見てる。
キモいキモいキモいキモい。
こっちみんなよ。
エッグはもう耐えられなかった。彼女たちの蔑む目線にも、そんな彼女たちの顔を見たいという己の性衝動にも。
エッグは机の上に散らばった紙をリュックに突っ込んで、逃げるようにその場から離れた。
行った。
行ったね。
キモかったね。
キモかった。
あいつ前も会ったんだよ。
え、うそ。
そんときも私のことチラチラ見てた。
え、うわ。キモすぎ。
やばいよね。
やばい。
ね、今日は何する?
何って、みんなでリリの家にいくんでしょ。
あっくんも誘ってよ。
あっくんもいるし、ゆうじもいるよ。
そうなんだ、私まだ3Pしたことないんだよね。
でも女子私たちだけだから、多分もっとできるよ。
もっとはやばいって。
女子ふたりはケラケラと笑っていた。
エッグは二階に上がって、紙とペンを取り出して、一心不乱に書き殴った。自分が彼女たちを犯している様を想像し、その欲望を全て紙の上にぶちまけた。なお、収まることのないその感情を、言葉にださないエッグは、それだけで紳士だったといえる。
エッグは彼女たちを、この大学を非難した。この大学の教育機関としての機能は終わった。彼ら彼女たちはもはや良識のある賢者ではなくなった。彼ら彼女たちは怠惰で傲慢な衒学者にも慣れないヘドロなのだ。
彼ら彼女らを刺したい。復讐したい。彼ら彼女らの人生に意味はなかったのだと、あのとき努力をしていればという強烈な後悔を与えたい。エッグはペンを強く握った。そして、紙の上に感情をぶちまけた。
これを賞に出そうと、エッグは決めた。
ヒソヒソばなし 丸膝玲吾 @najuna
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