第35話 よこがお(4)

もみじやで岬ばあの死を知らされてからほんの2時間ちょっと。


奇跡の連続、とか驚異の連携プレー、なんて言い方は最高にダサいけど、9年ぶりの我らの再会珍道中は無事に幕を閉じようとしていた。


愛知で子猫のギンを診てくれてるあすみちゃんと

高知空港にいるジェットにも

「間に合いました✌」と連絡を入れた。 


火葬場の外では、お京がベンチに腰掛けて待っていてくれた。

背筋がシャンとしていて、育ちがいいなぁ、

大人だなぁ、と思う。


「ちゃんとお別れできた?」

という顔をしていたので


「うん、ありがと」

と伝えた。


最寄りの駅までは歩いて行ける距離みたいなので

とりあえず空港に行ってジェットと合流しよう。


エントランスには野月さんが見送りに来てくれた。

岬ばあは今、火葬炉の中。

お骨になるまで1時間くらいかかるらしい。

釣りが趣味の岬ばあのことだから、気長にゆっくりと天国に行くんだろうな。

「もう焼き終わったのかい」とか言いそうだ。


枯れそうな紫陽花の真上を、名前を知らない鳥の群れが飛んでいる。

火葬場から見上げる澄んだ8月の空は、まだお昼なのになんだか夕方みたいに物寂しく見えた。




「鮫川さん、わざわざ遠いところから来ていただいてありがとうございました。私も家族も、元気が出ました。」


野月さんがわたしとお京に頭を下げる。

喪服を着ていると、高校生の少女もなんだか大人びて見えるな、と思ったけど、笑顔はやはり高校生の少女のものだった。




「そういえば、岬ばあ、顔に傷があったけど、あれどうしたの?」


去り際わたしが聞くと、目を細めて笑っていた野月さんの顔が、少し陰った。


「怪我しちゃったんです。早朝に釣りに出かける途中で男の人がぶつかってきて突き飛ばされちゃったみたいで。それでおばあちゃん、打ちどころが悪くって…」


嫌な感覚がした。

怖い夢を見ている。

思考と心臓と時間が

止まりそうな気配がする。


「あのお会いしたテトラポットの近くです。パン屋さんを過ぎた所の曲がり角なんですけど」


真っ黒な錆が身体を覆い尽くしていくように

岬ばあとの思い出を、ドス黒いものが支配していく。

野月さんの声が、空気を伝ってゆっくりとわたしの耳に泳いでくる。


「男の人がわざとぶつかって来たらしくて。」


その時わたしはどんな顔をしてたんだろう。

頭の中に、あの日の出来事が再生される。


あの日の、アイツだ。

曲がり角の、当たり屋の、あの男だ。


最悪だ。最悪だ。

震える拳を握る。


早く、戻らなくちゃ。


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