鶯の次音香るは夕映えの川が冷たさ苦く沁み行く

HerrHirsch

鶯の項

 姉は、優れた人だ。私と同じ卵から生まれたとは思えない程、容姿はよく、頭脳明晰で、温厚柔和な理想の女性。対して私は、平凡な顔立ち、平凡な能力、平凡な精神。特技と言うべきものも無く、ただ人生を風の随に生きるのみ。

 高校生活に入って、姉と違う学校に行くことになって、初めて分かった。私は生活の大半を姉に依存していたと。自分だけで行動することが本当に少なく、社交性に関しても姉のおまけとしてかかわってきたものが余りに多い。

 痛感したのは、自分がそんな姉を羨望の眼差しで見ながら、自身は何ら努力を重ねて来なかったという現実。彼女のおこぼれをついばんで、成長できるかと言えばそんなうまい話はない。

 部活は文芸部に入った。姉が女子バスケ部に入っていた中学ではマネージャーをしていたが、正直、あの熱量は気に毒だった。私は弱い。

 学業も平凡。分からないところは分からないし、それを訊く相手は常に姉だった。その頼る先を失った私に、もはや推進力は無い。

 そう黄昏て居れば、

「あいちゃーん、掃除終わったー?」

 我が朋友の聲。廊下を掃いていた箒は既にその穂先を落ち着けている。

「はい。夏島〔なつしま〕さんも終わったようですね。帰りましょうか。」

 友に終業を告げれば、快活に喜びを表じる。このような愛らしさやら力強さやらを少しでも持って居ようものなら、と憧れてしまうが、それは高望みである。自身の生まれながらの能を否定することは、親への謀反に等しい。私は、少なくともこの世に生を受けたことを感謝している。例え、鶯の次音だったとしても、初音のような華やかさが無かろうとも、人の耳にせめて入ることが出来るのだから、それさえも嫌うのは無意味だ。


 友と帰路を行く。刻は下り、陽は傾く。斜陽の様はまた、我が身を思わせるが、そうも悲観的に感傷に浸るのは驕りである。己が身を不幸と断じるのは、我が身をさえ憧れる者への不遜であるからして。

「あいちゃん!ここ綺麗じゃない?」

 彼女は麦穂の間に通る細道の中央へ立って、夕陽を浴びる。その陽を讃うる汝より、その灯を湛うる汝こそ詠うに相応しけれ。左様な言を発するに能うようもなく、ただその元へ行かんとすれば、足が滑りて麦畑の水路へ身を落す。

「あいちゃん!?大丈夫!?」

 心配の声も届かず、我が身にはただ人の造りし小川の冷ややかさばかりが、ただただ下着を伝って身を震わすのみ。

「鶯の、次音〔つぐね〕香るは、夕映えの、川が冷たさ、苦く沁み行く。」

 ただその一句だけを発して、また帰路につく。我が敬愛せし姉の料理せし、夕餉を思い描きつつ。

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