1歳 2


 ○


 さらに何週間か経っただろうか、先日、ビエントとアイレに待望の妹が生まれた。

 名前は『ラーファガ』と言うらしい。

 双子と同じく黄緑の髪だった。

 生まれてすぐにブリランテに抱えられて見に行ったが、とてもかわいい子だった。

 赤子は総じて愛らしく、尊いものだ。

 守られなければならない。

 その後、お祝いムードになるかと思われた。


 しかし、そうはならなかった。


 理由は明白、出産を終えて数日のうちに母が命を落としたのだ。

 大人たちの会話を聞くに、子を産み落とした後、体力が回復せずに命を落としたのだという。

 出産そのものはうまくいったらしい。

 しかし、双子の出産から回復しきっていなかった体力では持たなかったのだと誰かが言っていた。

 亡くなってすぐは辛そうな双子の父だったが、数日後には仕事を始めていた。

 昨日、ブリランテに連れられて彼の経営する『雑貨屋』に行った。

 酷くやつれた顔をしていたもので心配だった。

 体が大人であったならば、保育を申し出ていたかもしれない。

 何とかしてやりたかった。

 それはブリランテも同じだったらしい。

 いや、多分、村中がそうだったのかもしれない。

 ブリランテが『ラーファガ』を日中、喫茶店で預かることを提案したのだ。

 とんとん拍子で話が進み、俺たちの通っている託児所兼喫茶店兼酒場『トールトロス』で預かることになった。

 今日はその1日目、生まれてから1か月も経たない新生児のお世話と言う神経を使うことにつきっきりのブリランテと、ソシエゴの母『カッハ』。

 前の世界からしてみれば預かり始めるには早すぎる月齢。

 それを知っている俺は2人に迷惑をかけず、集中してほしいと静かに遊び、ソシエゴと共にサティスの気を紛らわせていた。

 そして今、何とか1日を乗り切り、ラーファガを迎えに来た父、『ベンダバール』に様子を話して帰したブリランテとカッハが大きなため息をついていた。

 おつかれ、母たちよ。

 しばらくして迎えに来たセドロと共に帰路に就いた。

 セドロの腕の中で眠っているサティス、そして俺を抱えるブリランテの4人は家にたどり着いた。

 そこで、俺の家の玄関前に男が3人並んでいる事に気づいた。

 俺とサティスの父、そして、もう一人、青い髪と無精ひげのイケおじ。

 あの、大きな町に居たイケおじだった。

 無精ひげのイケおじは、見慣れない青い装飾のなされた銀の甲冑のような装備に身を包んでいた。

 重々しい雰囲気の3人が家の前にいたのだ。

 「兄 どうしたの?」

 「・・・『ボカ』」

 ブリランテとセドロが不安そうに呟く。

 嫌なことはどうしてか続く。

 ビエントとアイレ、そしてラーファガの母の死はまだその始まりに過ぎなかったのだ。


 ○


 家に入り、居間。

 木製の丸テーブルを囲んで座る。

 4脚の椅子に全員が座る。

 俺とサティスはそれぞれの母の腕の中。

 イケおじは2人の父の後ろに立っている。

 話を聞いているとこのイケおじの事が分かってきた。

 名は『ボカ』と言うらしい。

 ブリランテの兄であり、俺の叔父だ。

 つまり、去年のあの家は帰省していたという事になる。

 あの栗毛の幼女は従姉に当たるわけだな。

 世間話をぎこちなく話していた『ボカ』だったが、言葉を止めた。

 空気が張り詰める。

 サティスの寝息だけが響いていた。

 沈黙を破ったのはブリランテ。


 「兄 はっきり 言う して」


 「すまない 『魔族』 攻めて 来る した」

 ・・・『魔族』。

 ブリランテの読み聞かせてくれた小説に何度も出てきた。

 『魔王』。

 そして、『四天王』。

 『魔族』、『魔獣』、『魔物』。

 正直、フィクションの類だと思っていたが・・・。

 いや、そうであってほしかった。

 その言葉を聞いて全員の顔が明らかに曇る。

 ブリランテなんて泣きそうだ。

 状況から嘘や冗談じゃないことは察せる。

 この世界に『魔術』があるのだ。

 『魔王』や『魔族』がいたって不思議じゃない。

 「2人 連れて 行く」

 イケおじが2人の肩に手を置く。

 連れて行くって、どこに?

 決まっている。

 『魔族』との戦いだ。

 「なんで 『魔族』 突然」

 セドロが拳を握りしめた。

 「『魔王』 復活 から 5年 ・・・ おかしい 事 じゃない」

 ボカが深刻な表情と声音で答える。

 「そんな」

 ブリランテが開いた右手で頭を抱える。

 「時間 切れ 迫る かも しれない」

 ボカがため息交じりに言うとセドロが聞いた

 「なぜ 『ディナスティーア』 狙う される?」

 「たぶん 『神樹』 まで 通り道 だから だろう」

 『ディナステーア王国』。

 『人族』の国の事だ。

 『小説』内で説明があった。

 人族は『レイ・ディナステーア王』が収める『ディナステーア王国』の国民であると。

 そして、首都の名もまた『ディナステーア』。

 そして『神樹』。

 これは、この世界を作ったとされている巨大な樹。

 同じく『小説』内で説明があった。

 この世界は『神樹』によって生み出され、すべての物にその力は宿っていると。

 『小説』の中では『魔王』は『神樹』を狙っていた。

 つまり、復活した『魔王』がまた『神樹』を狙っているのか・・・。

 「魔王 苛立つ!!」

 ダンッとテーブルを叩くセドロ。

 腕の中のサティスがぐずる。

 「あぁ・・・ ごめん」

 セドロがあやす。

 「すまない」

 ボカが辛そうに言う。

 ブラランテが首を振った。

 「兄 謝る 違う」

 ここまでの会話で察せてしまう。

 『魔族』との戦い。

 『王国』を狙う『魔族』。

 連れていかれる父2人。

 ・・・戦争にでもなるのだろうか?

 そして、父二人はそれに巻き込まれてしまう・・・。

 俺は腹の底に冷たいものが落ちる感覚を覚えた。

 戦争はだめだ。

 前の世界で嫌と言うほど戦争の悲惨さを学んでいる。

 あんな、簡単に命が飛ぶ場所に2人が行く?

 親孝行の一つもできていないのに?

 俺は必死に体全体を使って訴える。

 嫌だ。

 この世界では『親孝行』したいんだ!

 上手く動かない。

 でも、伝える。

 だから行かないでくれ!!

 

 「あめぇ」


 「あらあら どうした の?」

 腕の中で暴れ始めた俺を慌ててあやすブリランテ。

 「こんな 暴れる 今まで 無かった」

 驚いた顔の俺の父。

 「いああいえ」

 (行かないで)

 俺の必死な姿を見た父が立ち上がって、こっちに来た。

 ブリランテから俺を手渡してもらって頭を優しく撫でる。

 「心配 ? 大丈夫 俺 強い 皆 守る ため 行く」

 ・・・伝わらない。

 泣きそうな顔で唇をかむブリランテ。

 隣ではサティスも父に抱えられていた。

 この雰囲気を全く意に介さず、天使のように微笑んでいた。

 セドロの握りこぶしの中から血がしたたり落ちていた。

 どうして全員が引き留めようとしない!

 どうして、行く流れになっている!

 国か?

 国の政策か!?

 くそ!

 止めろ!

 戦争に行っても死ぬだけだ!!

 必死に訴えようとする。

 しかし、父は悲しそうな顔をして、頭を振って微笑む。

 俺の訴え虚しく、父は俺をブリランテに戻した。

 「行く」

 そしてブリランテを優しく抱きしめる。

 「あなた」

 父が震えているのが分かった。

 「大丈夫 君たち 絶対 守る」

 隣ではセドロが自分の夫の胸元に拳をぶつけていた。

 「・・・ 死ぬ したら 許す ない」

 セドロのかすれた声。

 微笑みとうなずきで返す青年。

 父の腕の中で無邪気に笑うサティス。

 「・・・明日、迎えに来る」

 それだけ言ってボカは家を出た。


 そして翌日。

 玄関前。

 「絶対 帰る」

 「・・・ 待ってる」

 ブリランテに抱えられた俺の頭の上で話す二人。


 「愛してるよ」


 それだけ言い残して、あっけなく父はこの村を去って行った。

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