生涯金融の計画的な前借り

ちびまるフォイ

寿命は計画的に

「お金を貸してほしいんです」


「ダメダメ。あんた、他のところでもたくさん借りては

 返さないってブラックリスト載ってるんだよ」


「そ、それは……」


「そんな多重債務者に出す金なんてないよ。帰った帰った」


10件目の金貸しに追い出されて途方にくれる。


「まいったなぁ。元手がなくちゃ競馬にいけないよ」


こういうときにやることは決まっていた。

ゴミ箱を探しながら質屋に出せそうなものを探す。


見つけたのは黒く汚れた仏像だった。


「こんなのでもなんかのたしになるか……」


いつもの質屋に行くと店主は困った顔をした。


「うーーん。仏像は専門外なんだよ。値がつけられない」


「そう言わず。だいたいでいいじゃないか」


「数日もらえるかい? 専門家の鑑定士を呼んでみてもらうよ」


「ええ? こっちはすぐに金がほしいんだ!」


「質屋としちゃ、ゴミを押し付けられて金を渡すわけにいかない」


結局、仏像は後日鑑定ということで、手元には何も残らなかった。

ふと顔を上げると見慣れない看板が目に入る。


「こんな店、前にあったか……?」


それでも看板にデカく書かれている『金融』の文字に誘われて中に入った。


「いらっしゃいませ」


「あの、ここってお金を貸してくれるんですか?」


「ええもちろん」


「それじゃ金を貸してください。いくらなら貸してくれるんですか?」


「それはあなたしだいです」


「はい?」


「我々は"生涯年収金融"です。

 あなたが人生で稼ぐであろう生涯年収を、

 ここで前借りしてお渡ししています」


「しょ、生涯年収……? そんなのわかるもんなんですか?」


「未来というのは現実の延長線でしかないんですよ。

 イレギュラーなことは想定できなくとも、

 今のあなたと残りの寿命から生涯年収を査定することは可能です」


「まあ金が借りられるならどうでもいいです。お願いします」


「ではこちらのマシンに入ってください」


マシンに入ると全身の情報が読み取られる。

その間に自分の個人情報のあらゆるデータが取られた。


「査定でました。あなたの生涯年収は4000万円です」


「おお!! そんなに!?」


「それではいくら前借りしますか?」


「決まってるでしょう、全額です!!」


「……正気ですか? 死にますよ?」


「へ? なんで死ぬんですか?」


「あなたの生涯年収は4000万……。

 これはいわばあなたの人生の金額です。

 これを使い切るということはあなたの死を意味します」


「うっ……。で、でも4000万なんて大金そうそう使い切るなんて……」


「本当に?」


「本当ですよ! いいから全部前借りしてください!」


トントン拍子で手元には4000万円のお金が入った。

いままで数万円をちゃちく賭けていたのがバカみたいだ。


「今に見ててください。これを何倍にもしてますよ!!」


大量の軍資金を手に入れて向かう先は決まっていた。

賭場。


「これからはでかい勝負ができるぜ!

 俺はビッグな男! でかい勝負でこそ輝くのだ!!」


かくして4000万円が2000万円まで落ちるに1日もかからなかった。


「どうしよう……もう半分になっちゃった……ちくしょう……」


自分の寿命が残り40年だとするなら、

残り20年分を消費してしまったことになる。


やっぱりこの金は返すべきか。

残りの寿命の20年は戻ってくるかもしれない。



「いやだめだ。この金を返してなんになる。

 また貧乏くさい人生でほそぼそと生きるだけか。

 

 それだったら俺は太く短く生きたほうがマシだ!!」



ここでブレーキを踏むようなやつは真の勝負師にはならない。

アクセルを踏んでこその大物である。


競馬はだめだったかもしれないが、パチンコなら。


パチンコはだめだったが、競艇なら。


競艇がだめなら、あれなら。


あれがだめなら、これなら。



これがだめならーー。



残金:2万円。



気がつけば手元のお金という名の寿命はわずかになった。


「あああ、どうしよう。生涯年収が……生涯年収がぁぁ……」


この金を使い切ったら終わり。

それがわかっていながらもお金を切り崩してタバコを買ってしまう。


残金:1万9000円


みるみる小さくなる命のろうそくでも見ているようだ。


「や、やっぱりこの金は返そう……。

 手元にお金があると使ってしまう……!」


あれだけ太く短く生きたいと言っていたが、

いざ死が目前にせまると生にしがみついてしまう。


残りのお金はわずかだというのに、

お金を返納して寿命を返納するにも金がかかる。


移動に使う電車代。

道中に飲み食いするお金。

連絡用の電話代。


生涯年収金融に到着するときには、

生涯年収は5000円までに減ってしまっていた。


「いらっしゃいませ。おや、あなたでしたか」


「あの! お、お金を返させてください!」


「ええ、かまいませんよ。それでいくら残っているんですか?」


「ごっ……5000円……」


「では、1日だけ寿命をお返ししますね」


「1日!? それっぽっちなんですか?」


「厳密にいうと、0.91日。21.9時間をお返しします」


「い、1日……。俺の寿命はあと1日……」


たかだか1日生き延びるためにお金を返してしまった。

それだったら使い切って潔く死んだほうがよかったのではないか。


「そう落ち込まないでください。

 あなたの人生と金融は結びついています。

 

 あなたのおっしゃるように、

 一気に収入が増えたならあなたの寿命もぐんと伸びますよ」


「そんなこと……ありえるんですか……」


「私はまだ見たことないですがね」


「ムリってことじゃないですか!!」


無一文で金融をあとにした。

1日以上寿命を伸ばすにはお金をかせぐしかない。


しかし、その軍資金も何も無い。

お金をかせぐためのお金がないのだ。


「ああ、やっぱり返さなくちゃよかった……」


自宅で泣きながら最後の眠りについた。

翌日、目を覚ましたのは午後だった。


「ああ……なんてことだ。もうすぐ死ぬのに時間をムダに……」


すると、非通知の電話が一本かかってくる。


「はい……どなたですか?」


『質屋です! 仏像を預けたでしょう!?』


「ああ……そんなこともありましたね。

 もういいですか。せめて最後の時間を自分のために使いたいんです」


『聞いて下さい! あれから専門家に見てもらったんですが

 あの仏像は非常に歴史的価値があるシロモノでして』


「ああそうですか……」


『およそ1兆円の価値があるそうです!』


「い、一兆!?」


億万長者になった喜びよりも先に生存本能が買った。

たしか金融の男は寿命と自分の金はリンクしている。


1兆円も手に入ったということは、

寿命もそれだけ伸びるということに違いない。


「もう今日死ぬことに怯えなくていいんだ!!」


すぐに確かめるために金融へと電話した。


「もしもし!? 俺の寿命なんですが!!」


『ええ、こちらでもちゃんと把握してますよ』


「やった! それじゃ俺の寿命はいつまでに延長されるんですか!?」


『調査します。そうですね……』



電話口の向こうで静かな声が聞こえた。




『あなたの寿命は、残り502万801年になります』

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