第四話
男は両手を前に広げながら言った。
太く、深く、抑揚の強い声だ。
白衣に身を包み、いかにも研究者然とした顔。
双眸は冷然と光り、何を考えているのか窺うことができない。
――その目、その顔、その言葉を、私は何度ネット上で見てきたことか。
数多の人気ゲームを手掛け、革新的な技術を次々と生み出した、オンラインゲームプレイヤーで知らない者はいない天才開発者。
そして現在、〈ブレイン・テック〉でTTM開発部開発主任を務め世間の注目を集めている、この男は――
『こうしてカメラの前に立つのは久方ぶりだな。私はTTM開発主任、篠宮瑛一だ』
篠宮瑛一。
それは、初めて手掛けたゲームのシステム開発で頭角を現し、弱冠二十七歳という若さで、開発主任として国内最高峰のゲーム大賞を受賞した男の名。
そして、卓越した知能と唯一無二の発想力で圧倒的なシステムを作り上げ、この十年、ゲーム界だけでなく世界までもを熱狂の渦に巻き込んでいる開発者の名だ。
全開発者で彼の横に並ぶものはおらず、その超人ぶりから「ゲーム界の父」と呼ばれた。
私がTTMをプレイし始めたのは、篠宮が開発を担当してからちょうど一年が経ったときで、発売当初はかなり低迷していた人気が高くなって、プレイヤー数も増えてきた頃だった。
篠宮の手によって新しいシステムを配布されるたび、プレイヤーたちはそのオリジナリティと意匠の深さに驚かされてきた。
また、篠宮がTTMの根幹たる〈コピーワールド〉のシステムに修正と改善を加えたため、あらゆるゲーム内オブジェクトのディティールアップがなされ、発売後にできた建造物やシステム有効範囲に収まらなかった超高層ビルなど、現実世界に存在するほぼすべての物体が再現できるようになった。
システム復旧後にTTMを訪れたプレイヤーはみな称賛と感嘆の声を上げたが、篠宮はその後のテレビのインタビューでこう答えていた。
「本当のTTMは、未だ完成していない」と。
謎めいたこの言葉は、TTMが絶えず進化し続けることを意味しているものと解釈され、近頃大きなアップデートがあるのではないかと噂されていたが、そうとはならず、ゲーム内に変化がないまま二か月が過ぎた。
その間、TTMに関する新情報が開発部から一切発信されなくなり、篠宮もメディア露出せず、〈ブレイン・テック〉はついにシステム的な限界を迎えたと言われた。
事実、最近のTTMの進化は目を見張るものがあったから、いつかそれが終わる時が来るのかもしれないと私も思っていた。
――だがそう思っていたところに、突然、篠宮が目の前に姿を現した。
久方ぶりに見る篠宮の姿は、やつれている様子も淀んでいる様子もなく、ただいつも通り、傲然と佇んでいた。
『私の名前と経歴は諸君も知っているだろうが、今はそんなもの忘れてほしい。私は一人の開発者として話をしたいのだ』
篠宮はそう言って頷いた。どこの何を見てそうしたのか、私の方からは分からない。
『……諸君は今、その胸に巨大な疑問と困惑を抱えているだろう。気づいたら見知らぬ場所に飛ばされていて、私が目の前で話しているのだからな』
映像の中の篠宮に、胸の内を言い当てられた。何故彼が私達のおかれている状況を知っているのか?
その疑問は払拭されぬまま、篠宮は続ける。
『この状況を説明するには、まずそこがどこであるかを伝えなくてはならない』
篠宮は、その言葉とともに口元をニヤリと歪めた。同時に私は、一つの単語に引っかかる。
「そこ」?
その表現が意味するのは、話し手と聞き手との間に距離があるということだ。
篠宮が言い間違えたのでなければ、彼はわざわざホログラムを使って遠距離で対話をしていることになる。
いったいそんなことをして、何の意味があるのだろう。
数瞬で思考を巡らせたが、答えは出なかった。
『教えよう。諸君がいるのは――』
そこで篠宮は一旦区切り、僅かな閉口の後にはっきりと言った。
『――日本、東京だ』
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