転生したら、何もかも救われるのか?―異世界で手に入れたスキルは〈転生〉だった―

夕白颯汰

第一話

 異世界に転生して英雄になれたら! って、つくづく思う。

 転生して目が覚めたら可愛い女の子に囲まれてて、理想の赤ちゃんライフを堪能して。

 最初から最強の剣と魔法をもってて、街で一番の剣士になって。

 何処かのすごい人に才能を買われて国を守る騎士になり、人類の敵と戦う。

 そして圧倒的な力を見せつけ、世界を救った「英雄」になる。



 誰もが一度は考えることだ。自分が生きる現実を捨てて、転生したら何もかもゼロから始める。待っているのは、英雄になるのが保証された一本のまっすぐな道。

 それが夢物語にすぎないとわかっていても、いつかきっと神様が、と願わずにはいられないのだ。

 俺もいい年して、まだそんなことを考えている。

 


 向き合わなきゃいけないものが、犯してきた過ちが、俺には多すぎた。

 それらをすべて対処して、また進んでいくなんて出来はしないんだろうな。

 今思うと、よく死なずにいられたな。



 俺は産まれたときから父親がいなかった。母親はいつも忙しそうにしていて、俺にかまってなどくれなかった。

 中学校の入学式から帰ってきたとき、母親の姿は家になかった。

 その日、母親が家に戻ることはなかった。

 次の日も、一週間後も、俺は一人で過ごした。

 家に残っていたなけなしの金で安い弁当を買い、何回か失敗しながら洗濯をして、誰もいない家に「行ってきます」を言って学校に通った。

 そうして一年の月日が経った。

 俺はもう、母親が帰ってくることはない、と悟っていた。

 同時に、母親はもう生きてはいないだろう、とも。

 それから俺は、底をつきかけていた金を使って、中学生の身だが裏路地の居酒屋で働かせてもらった。

 深夜を回ってから家に着き、湿ったベッドに倒れ込む。

 そんな日々が続いて、今や高校生になった。



 俺の歯車は、どこかのでかいやつが狂っているんだ、初めから。

 その歯車から生じたズレは、いま取り返しのつかないものになっている。修理して、新しいズレが生じて、また修理して、の繰り返し。

 そんなことを他人ごとのように考えていたら、視界が真っ白に染まっていた。

 はは、疲れがたまりすぎなんだな。ついに幻覚まで見るようになったぞ。


 ……い、おい! おまえ、そんなところでなにしてんだ! 危な――


 ほら、幻聴まで聞こえる。俺の体、思ったよりヤバいんじゃないか? 誰か気づかないのかな、俺が苦しいって叫んでることに。


 ファアアァァァァァァン。


 ん、何だこの音? かなりでかいぞ。幻聴って、こんなはっきり聞こえるものだっけ?


 ブロロロロォォォォォォ。


 なんかエンジンみたいに低い音だな。それもトラックの類か?


 ドンッッ。


 鈍い音だ。金属に人間がぶつかったような。

 ……あれ、視界が青一色に変わった。空みたいな青だ。

 と思ったら、今度は赤くなってきた。視界の隅からじわじわと、赤色が埋め尽くしてくる。


 キャアアァァァッッ!!!


 悲鳴? なんなんだろうな、さっきから変なことが続いてる。

 あ、なんだか動くものが見える。走っているのか、すぐに近づいてきて視界を肌色で占領した。

 どういうことだろう。なんでこいつは俺に近づいてきた? 俺は何もしてないぞ?

 ま、いちおう、何が起きているのか確認しておこう。

 ふんっ、と腹に力を込めて、起き上が――れない?

 なんだか体が思うように動かせない。

 しかも、体の所々が痛む気がするけど、気のせいかな。


 ……救急車、まだか!?

 ……はやく止血しろ!!


 そんな怒号が飛び交ったところで、甲高いサイレンが遠くから響き、同時に俺の視界が布のような何かで覆われた。

 そこで、いま俺がおかれている状況をはっきりと理解した。だが、そのときにはす    でに、思考と意識が霞み始めていた。

 なるほど。

 俺は死ぬんだな。何も残せずに。愛されることもなくただ苦しむだけだった人生は、今ここで終わるんだな。

 ぶるりと体が震える。

 だが、死ぬとわかっても、俺の涙腺が緩むことはなかった。

 逆に、脳内ではその事実を受け入れ、どこか喜んでいた。

 転生、できるのかな。

 もしかしたら、異世界に転生してゼロからやり直せるのかな。

 俺の視界が、音もなく真っ暗になる。

 辺りから音が消える。

 一瞬の浮遊感の後、最期に心のなかで呟いた。

 あぁ、この世界は、なんて――――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生したら、何もかも救われるのか?―異世界で手に入れたスキルは〈転生〉だった― 夕白颯汰 @KutsuzawaSota

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画