第1話
突然だが私こと冴えない陰キャ「鈴木あづみ」には片思いしている男がいる。
名を「辰川長十郎」という、小学校からの幼馴染みだ。
梨の品種名のような名前をしているが、その性格は甘くもなければ爽やかでもない。
奴の性質を一言で表すならドライ。誰に対しても態度を変えず、受けた恩と仇はキッチリ等倍で返す。貸し借りを嫌うそんな男だ。
私が長十郎に惚れたのは小学四年生のころ。時の権力者であるカースト上位女子の主導で、クラスメイトから理由もなく無視されていた私に、唯一普通に接してくれたのが長十郎だった。
普通、そんなことをすれば標的が自分に移るだけだが、あまりに毅然とした長十郎の態度にいじめっ子たちの方が怯み、結果的に私はあいつに救われた。
向こうからすれば特に私を助けたつもりはなかったはずだ。なにせいつも通りの日常を過ごしていたら周りが勝手に気圧されたに過ぎない。
そんなところがまた、私を惚れさせてしまう。
以来高校二年に至るまで七年間の片思いをしている。
ちなみに初恋、告白はまだしたことがない。
へたれと思うだろうか、思うだろうね。私もそう思います。
でも少しだけ、言い訳をさせてほしい。
これはあまり言い触らすことではないが、長十郎の家は母子家庭だ。
私が中学一年生の頃におじさんが亡くなった。夫婦で小さな会社を経営していたおばさんは廃業を決め、債務整理に追われるうちに体調を崩し病気がちになってしまった。
だから長十郎は朝に新聞配達、放課後はコンビニバイトで家計を支えており、高校を出たら妹の学費のために就職すると言っていた。
そのため、あの男の喫緊の課題は「金と空腹」だ。恋愛なんてしている暇はないと、よく友人に零しているのを私は知っている。
だから私は告白できていないのではなく、あえてまだしていないのだ。
決してフラれるのが怖くて先送りにしているわけではない。本当だよ。
幸いなことに私と長十郎は家が近く、私の家は定食屋だった。
素晴らしい好条件と言えるだろう。私は幼馴染みとして料理の練習を建前に毎日あいつに弁当を作ってやることで好感度を稼ぎつつ、大学四年間は付かず離れずの距離を保ちながら交流を続け、最終的に私が就職するタイミングで「養わせてください」とプロポーズを決めるつもりなのだという長期的な計画を姉に相談したら「死ね」と言われた。
私はとても悲しかった。
姉曰く「急がないと他に取られるぞ」とのことだが、でもあんな付き合いの悪い男に惚れる好事家なんて私ぐらいなものでしょ。
なんて思っていた時期がありました。
「ほら、辰川くんってお昼休みはどこかに行っちゃうし、放課後もすぐに帰っちゃうじゃないですか。お話しをしたいんですけどタイミングが合わなくて。そしたら、鈴木さんが辰川くんの幼馴染みで、仲が良いって教えてもらったんです」
好事家はすぐ近くにいた、それもとびきりの美少女。
呆然と固まる私に対して、顔の赤い桃瀬は早口で続ける。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。頭の中がぐるぐるだ。
こんな話、聞かなければ良かった。最初から無視してしまえば良かった。
だけど時間は戻らないし、止まってもくれない。決定的な瞬間はすぐそこだ。
「突然こんなお願いをするなんて、迷惑だって分かってます。だけど私、本当に辰川くんのことが好きで、いてもたってもいられなくて……」
いやだ。やめて。そんなこと言わないで。
そう口に出そうとして、途中で飲み込んでしまう。
見目麗しい少女が、健気にも勇気を振り絞る姿は美しい。
それに泥をぶつけるような勇気が、私には無かったのだ。
「知っていたら、教えてください。そうでないなら、聞いてください。お礼に、私にできることなら何でも協力します」
桃瀬は腰をほぼ直角に曲げて頭を下げた。その本気度が嫌でも分かる。
そして私はこの申し出を断れない。何故なら私は長十郎が大好きだ。
だから長十郎に幸せになってほしいし、あんなイイ男が青春の一つもせずに学生生活を終えるのは間違っているとも思う。
あいつからこんなに可愛い彼女ができるチャンスを、私の一方的で理不尽な理由で奪うなんてこと、したくはなかった。
私は唇を噛みながら、天井を仰ぐ。平静を装い、声を振り絞る。
「分かった、聞いとくね」
姉よ、あんたは正しかった。
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