転生先は推しに裏切られて死ぬ無能悪役貴族でした

亘理鳥

第1話 Dead or Harem

「終わった……」


 朝、目を覚ました俺が鏡を見て呟いたのがその一言であった。


 赤を基調に金の刺繍が散りばめられた華美なカーペット、天井からぶら下がる巨大なシャンデリア、天蓋付きのベッド。

 どれも見覚えがない、俺の部屋にこんなものはなかった。


 そもそも俺の部屋自体がなくなった、夜中に発生したタバコの消し忘れる火災によって消えてしまったのだ。

 そして俺もそれに巻き込まれて命を落とした……はずだった。


 だがなぜか俺は生きている。


 前世で人気を博していたRPG『アルカナヒストリア』の登場人物、フォトム・クジャンとして。


 フォトムは無能ながら多くの有能な配下を抱える貴族だ。

 そして違法な武器の取引や魔王軍との密約など、様々な悪事に手を染めて栄華を極めていく。

 しかし最後は主人公の前に立ちはだかるも優秀な配下の裏切りに合い、火炙りの刑に処されて死ぬ、そんな悪役である。


 これはマズイ、既に死ぬことが決まってるキャラに転生するなんてどういう不幸だ。

 しかもよりによって死因が火炙りの刑、炎に焼かれて死ぬことの辛さは嫌というほど味わったばかり。

 もう一度同じ思いをするなんて死んでもゴメンだ。


「クソ、どうすりゃいいんだ……」


『フォトム、フォトムよ』


 その時だった、突然俺の頭の中に謎の声が響いたのは。


「誰だ⁉︎」


『私は貴方に直接語りかけています。フォトムよ、貴方は3年後に命を落とすことになるでしょう。配下である“パンドラ”の裏切りによって』


 “パンドラ”とは麗しい7人の女性で構成された、世界最強との呼び声高いクジャン家の私設騎士団である。

 もはやその名を知らぬ者はおらず、パンドラがいる限りクジャン家は安泰とまで言われるほどだ。


 だがこの謎の声が言う通り、クジャン家はパンドラの裏切りによって滅亡することとなる。

 もちろん抵抗なんてできるはずもない、何せゲームでも彼女たちのステータスは異常なほどに高いのだから。


『ですが、たった一つだけ。死の運命を回避する方法があります』


「なんだと⁉︎」


 フォトムが死なないルートが、再び炎に焼かれて死ぬのを避ける未来があるというのか。

 その方法とは一体何なのか、俺は謎の声の言葉に耳を傾ける。


『パンドラと恋愛関係になるのです』


「は?」


 あまりに脈絡のない発言に情けない声を上げてしまう。


『もちろん一人ではなく、七人全員と。彼女たちから愛される、それこそが貴方がパンドラの反乱を回避してその先の未来を掴むための、唯一の方法です』 


 そんな馬鹿馬鹿しい話、信じられるはずもなかった。

 死にたく無ければ恋愛関係になれ?

 なんだよそのふざけた話、ゲームかなんかだと思ってんのか……って、ゲームの世界か。


「いやいや、待てよ。じゃあ俺は死ぬかハーレムを作るか、その二択しかないってのか?」


『貴方が賢い人で良かったです、おかげで話が進みます』


 マジか、コイツ本気で言ってやがるのか。


『信じるか信じないかは貴方次第です……まあ真実に気づいた時、既に貴方は火の中にいるでしょうけれど』


「……お前の目的はなんだ、どうしてわざわざ俺に生きるための道を教えるんだ」


『救える命があるのならば救いたい、ただそれだけの話です』


 どこまで信用していいのか全くわからない。

 ただ、少なくともいずれ俺が反乱にあって殺されるのは紛れもない事実。

 もしも反乱が起きずに済む方法があるというのなら、どんなわずかな可能性であってもそれに縋ってみたい。


『覚悟は決まったようですね。私から貴方に一つ、特別な“能力”を与えました』


「能力?」


『ええ、頭の中で念じれば相手の好感度を見ることができます。是非それを彼女たちとの恋に役立ててください。貴方の幸運を祈っております、では……』


 それからは謎の声は初めから存在しなかったのように、全く聞こえなくなってしまった。

 そういうものだったと思うしかない、そもそもゲームの世界に転生していること自体が異常なのだから。


「さて、どうしたものか」


 一度ベッドに腰を下ろす。


 改めて状況を整理しよう、ここは人気RPGである『アルカナヒストリア』の世界。

 剣と魔法とモンスターが存在する王道ファンタジーではあるのだが、このゲームの特徴はパーティメンバーと恋仲になれることにある。


 旅の最中で好きなキャラと徐々に親睦を深めていくことで、条件を満たせば恋仲となり、ED後に結婚できる。

 相手の性別や種族は関係なく、対象が多すぎることも有名になった理由の一つだ。


 俺も各キャラのルートを進むために何十周もするくらいにはやりこんだ、だからこそ今回提示された条件の厳しさがよくわかる。


「パンドラって全員攻略難易度が桁違いに高いんだよな……」


 ゲームでは俺、つまりフォトムを倒した後パンドラのメンバーが仲間になる。

 だが彼女たちと恋仲になるのはどんな縛りプレイよりも難しく、攻略を見ながらやるのは大前提、さらにセーブアンドリセットと豪運で恋仲になるしかないのだ。


 しかもパンドラのリーダーに至ってはそもそも攻略不可。

 どんなに頑張っても恋仲にはなれないのだ。


 そして俺は生き残るためには、そんなメンバー全員と恋仲にならなければいけないらしい。


「どう考えても無理だろ……」


 ここはゲームであってゲームじゃない、セーブもロードも無い一発勝負。

 その一発勝負で乗り切るしか無い。


 大丈夫、あれだけやり込んだのだ、必要なゲーム知識は全部頭に叩き込まれている。

 あとはそれを利用してパンドラ全員と恋仲になる、やるしかない。


 Dead or Harem、死ぬか恋か、上等だ。


「フォトム様、ご気分はいかがでしょうか」


 覚悟を決めたその時、部屋の外から凛とした女性の声が聞こえた。

 これはパンドラのリーダー、アイル・マーグクインのものだ。


「入って良いぞ」


 そういえば好感度が見れる能力を与えた、とか言ってたな。

 よし、とりあえずまずはアイルの好感度を確認しよう。


 まあ一応今日まで主従関係とはいえ長い付き合いもあるわけだし?

 ゼロから始めるわけじゃ無いんだ、ゲームに比べればいくらか希望はある。

 案外簡単に進んだりとか──


「失礼します、フォトム様」


好感度

アイル・マーグクイン → フォトム・クジャン

0/100


 あ、ゼロからスタートだ、終わった……


 その瞬間、俺の心が砕け散る音が確かに聞こえたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生先は推しに裏切られて死ぬ無能悪役貴族でした 亘理鳥 @wakawakayeah

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ