第46話 目のやり場に困るアデル

 昼食を終えて方位判定スキルを使用すると、これまで歩いていたのが、西に向かっていたというのが分かった。

 とはいえ、方角は分かっても、どの方角へ向かうのが正解なのかは分からないし、今さら歩く方角を変えるのもどうかと思うで、そのまま西に向かって歩き続けていると、


「ん……領主様! 水が流れる音が聞こえます!」

「よし! そっちへ行ってみよう!」


 タチアナが獣人族の聴力で、水場を見つけた。

 俺にはまだ聞こえないが、タチアナに案内されて歩いて行くと、俺にも水の音が聞こえ始める。

 小さな音なので小川だと思うが、水があるのはありがたい。

 先程までは、鍋に向かって威力を弱めたウォーター・ブレットの魔法を放っていたからな。

 直接飲んだりはしないが、ここまでずっと歩き続けているので、汗を流したいという想いはある。

 そんな淡い期待と共に川へ辿り着くと……いや、うん。小川だとは思っていたけど、本当に小さいな。


「うーん。出来れば水浴びをしたかったけど、この水量では無理かな」

「いえ、そうでもありませんよ? 少し準備は必要ですが……領主様。この川沿いに移動しませんか? 森から出られれば良し。出られなくとも、この小川の近くで野営をするのでしたら、水浴びは可能です」


 なるほど。タチアナに何か策があるみたいだ。

 えっと、確か山で遭難したら上に登れ……っていうのを見た記憶があるんだけど、ここは平地だし、川を下る様に進んだ方が良い気がする。


「じゃあ、ここからはこの川に沿ってくだっていこう」

「はい! わかりました」


 方角としては、真っすぐ南に向かって歩く事に。

 途中で蛇行する事もあるけれど、浅く緩やかで、一メートル程の幅しかない小川の傍を歩いていく。

 そして……小川の水量が僅かに増えたかも? というレベルの変化しかないままに、森の中が一気に暗くなっていく。


「魔物が少ない森とはいえ、夜の移動は危険過ぎる。今日はここで野営にしよう」

「わかりました。では、また小枝を集めてきますね」

「頼むよ」


 昼食の時と同じように、タチアナが近場で小枝を集め、俺が土を固めてカマドを作る。

 鍋は昼に作った物を持って来ているので、ジャガイモなどを出して、皮を剥いておいた。

 昼とほぼ同じメニューで申し訳なく思いながらも作っていると、その傍でタチアナが服を脱ぐ。


「た、タチアナっ!?」

「はい。何でしょうか?」

「い、いや。何をしているんだ!?」

「水浴び出来る様に、この小川を少し掘っておこうかと。暫くは水が濁りますが、少し待てば綺麗な水に戻りますよ」


 そう言って、川の中へ入って行ったけど……全裸になる必要ある!?

 元々露出の激しい短いスカートとシャツだし、靴だけ脱げば良いよね!?

 だけど既に全裸のタチアナが、こちらを向いてしゃがみ込み、更に作ったカマドの火の灯りにタチアナの身体がチラチラ映る……いやいや、調理する向きを変えよう。

 タチアナの裸体が見えないように……って、今何か動いた!?


「タチアナっ! 後ろだっ!」

「――っ!」

「≪フリーズ・アロー≫」


 川の中でしゃがみ込み、石を動かしていたタチアナに大きなバッタのような魔物が寄ってきたので、氷の矢を放って氷漬けにしたところで、タチアナの回し蹴りが入り、粉砕される。

 気付けば複数体いたので、タチアナと共に昆虫系の魔物を倒していった。

 昼食時は、歩いていないけど魔物が現れなかった事から、夜行性の魔物が多いのだろうか。

 それとも、暗い中で焚いている火に集まってきたのか?

 ひとまず、食事を終えたら少しだけ移動しよう。


「領主様。一旦、火を消して移動しましょう。弱い魔物ばかりではありますが、数が多いです」

「そうだな。わかった」

「私はそれなりに夜目が効きます。こちらです」


 固めていた土を解除し、調理した鍋を持つと、タチアナに手を引かれて再び川の傍を歩いて行く。

 時折、タチアナが蹴り技を放っているので、弱い魔物が居るようだ。


「領主様。この辺りでいかがでしょうか」

「ありがとう。ひとまず、土壁で周囲を囲おう」


 魔物が近寄れないように、土の壁を出して簡易な小屋を作る。

 だが、森の中で小川もあるので、広いスペースは取れず、二畳分くらいしかないが。


「……って、タチアナ!? 震えて……そうか。川の中に居たし、寒いのか。今すぐ火を……」

「ダメです。また魔物が集まってきて面倒な事になります」

「では、俺の服を……」

「それより、直接温めてくださると助かります」

「わかった……えっ!?」


 タチアナが身体を預けてきたけど……待って。ずっと全裸のままだったの!?

 というか、今も!?

 せめて服を……と思ったけど、寒さのせいかタチアナの身体が熱く、息も荒い。

 俺に解毒スキルはあるが、治癒魔法の類はない。

 ひとまず腰を下ろし、タチアナを抱きしめて上着で覆う。

 何か……何か考えなければ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る