39 距離②

 一緒に夕飯を食べるのも久しぶりだな。

 でも、青柳さんと二人っきりになるとあの時のことを思い出してしまう。

 キス……! 青柳さんにキスされたことはいまだに忘れられない今年の大事件だからさ。その顔を見るとすぐ恥ずかしくなるから、とても危険だった。だから、ずっとラ〇ンだけやってきたのに、まさか迎えにくるとは……。


 とはいえ、大学生は高校生より夏休み長いし、時間空いてるなら仕方ないか。


「次は私が作ってあげるから! コロッケ!」

「い、いいえ! だ、大丈夫です!」

「そ、そうなの?」

「あっ。じゃあ……、次は一緒に作りましょう! 小春さんの家で!」

「うん!」


 いやいやいや……、目を合わせるのができないんだけど…………。

 ずっとそればかり考えている俺もバカみたいだ。青柳さんはそういうのただの……ただの……。そういえば、青柳さんはそれをどう思ってるんだろう。さっきから俺ばかり緊張してるように見えたし、もし……青柳さんに手を繋ぐくらいのレベルだったら……。俺だけめっちゃ意識していたってこと……。


 そして、平気でいられるのはやっぱり俺とのキスは大したことじゃないってこと。

 大学生だしさ、周りにいい人がたくさんいるはずだからそういうのいつでもできると思う。


「あのね、千春くん」

「はい。小春さん」

「私、聞きたいことがあるけど…………。いいかな?」

「はい!」

「千春くんは……誰とも付き合わないよね?」


 いきなりわけわからないこと言われたけど、その話の意味が分からない……。


「えっと……、そ、そうですね! 俺に彼女だなんて、まだ早いです!」

「高校生なのに、早いの?」

「ううん……。早いのもありますけど、経験がないのが引っかかるっていうか。苦手なんで。あははは……」

「…………千春くんは……。その……好きな人いないの?」

「好きな人は……、それ……言わないとダメなんですか……?」


 こくりこくりと頷く青柳さんに、だんだん恥ずかしくなる俺だった。

 俺にも聞きたいことがたくさんあるのにな……。そして、好きな人って言われてもすぐ答えられるわけないだろ! 俺は目の前にいる青柳さんが好きだから……。それはいろんな意味で答えづらい質問だった。


「います。いますけど……、まだ準備ができていません」

「ど、どんな準備……?」


 泣きながらそんなことを聞くのか、つらいなら聞かなくてもいいと思うけど……。

 どうしたら……、青柳さんの恋人になれるのか。それをずっと考えてみたけど、よく分からない。どれだけ考えても俺と青柳さんは釣り合わないからさ、美波に言われた通り……俺はもっと頑張るべきだ。


「千春くん……?」

「えっ? あ、あ……。はい!」

「どんな準備?」

「えっと……、それを説明するのはちょっと難しいかもしれませんね。あくまで、俺の問題です! あはは……」

「そ、そうなんだ……」

「心配することはないです!」

「し、心配になるぅ……。めっちゃ気になるぅ…………」

「あははは……」


(美波)おい、千春。話したいことあるから、すぐこっち来て。


 その時、美波からラ〇ンが来た。


「小春さん。俺……今から美波の家に行かないと…………」

「どうしたの? 何かあった?」

「また、荷物片付けてとかそういうことかもしれません……。あの……! 夕飯ありがとうございました! 小春さん。また……! 一緒に食べましょう!」

「う、うん……! また一緒に食べよう!」


 そう言ってから家を出る千春、そして数分後小春のスマホに電話がかかってきた。


「もしもし?」

「小春?」

「うん、どうしたの? 千春くんなら今そっち行ったよ……」

「いやいや、そういうことじゃない」

「えっ?」


 ……


 てっきり掃除を手伝ってとかそういうこと言うと思ってたけど……、なぜかソファで笑っている美波だった。それに家も綺麗だし、俺を呼ぶ必要あったのか? なんで俺をここまで呼び出したんだろう。


 そして、何を考えているのか分からないその顔。


「ふふっ」


 いや、こっちの美波がもっと怖いんだけど……?


「ここに座って、千春」

「えっ? 嫌だ」

「え? どうして?」

「お前……! 誰だ? 美波はどこにいるんだ?」

「殴る前に座ってくれない?」

「はい。分かりました」


 目の前にいるのは本物の美波か、さっきのめっちゃ似合わない優しい言い方にびっくりした。今まで一度もあんな風に言ったことないからさ、一瞬……エイプリルフールかと思った。


 それにしても、なぜか真剣な顔をしているけど。あの美波が……?


「あんた、最近どー?」

「どー? 何が?」

「あんたは鈍感すぎる、千春。小春のことに決まってんじゃん」

「小春さんのこと……」

「へえ、下の名前で呼ぶのかいいね」

「えっ? ああ……。そう呼ぶようになった……」

「ここで単刀直入に言う! あんた、小春のことどう思ってるの?」


 いきなり……、そんなことを聞くのか美波。直球…………。

 でも、美波の前なら言えるかもしれない。青柳さんはここにいないし、俺もずっと悩んでいたからさ……。あれがあってから、青柳さんと二人っきりになった時にどうすればいいのか全然分からない。


 ずっと緊張してて、何もできない!


「…………」

「どうした? 嫌なのか?」

「いや、嫌ってわけじゃないけど……」


 でも、それを美波に…………。


「その前に私の方から言っておきたいことがあるけど。あんた……、もしかして私が言ったあの時の言葉をずっと気にしてたのか?」

「あの言葉……」


 もしかして、あれか……。


「それは……小春のためだったし、そして千春のためでもあった。だから、もし小春と距離を取っている理由があれならもう気にしなくてもいいよ。千春……」

「えっ?! なんで? だって、俺は……小春さんと釣り合わない———」

「わけないだろ? 千春。まだ分からないの? すでに知ってると思うけど……」

「…………じゃあ、俺は……小春さんに……」

「そう」


 好きって言ってもいいってことか……?

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