第19話 お兄様といっしょ

 じっとするのが苦手な、精神が幼児、外見と行動が猫そのものである妹の限界が近い。

 クールなお兄様と婚約者(仮)は、猫をなで、棒付きの羽であやしつつ、一応式へと足を運んだ。


 おごそかな空気が漂う広間に、まるで讃美歌のように、悪役令嬢の美声が響き渡る。


「お兄にゃーん、お兄にゃーん、お兄にゃーん」


 座る前から鳴き、『真面目な雰囲気のやつらを全員追い出してくれ』と伝えてきた妹を連れ、神聖な大聖堂によく似た場所を出る。

 そうして彼らは速やかに、自宅へと戻り、美しい一日を終了させた。



 悪役令嬢ハナちゃんは、学園へ向かうお車の中で考えていた。

 あのにっくき大悪党がふたたび攻撃をしかけてきたら、どうするかと。

 

「お兄にゃーん、わたくし、あの大悪党と同じクラスになってしまうにゃーんでしょうか……」


「……お前の過ごす場所に邪魔者は存在しない」


 クールなお兄様が、めずらしく言葉をにごす。 

 あやしい。悪役令嬢でクソガキな、彼女の勘が冴えわたる。


「お兄にゃーん。わたくし、お兄にゃーんのクラスで授業を受けたいですにゃーん」


「ハナ、その件は学園長へ伝えておく。今日は我慢しなさい」


 彼はそう言って『お兄にゃーんと勉強するにゃーん』という友人のいない妹、あるいは友人のいない猫的な問題を先送りにした。

 幼い妹からスッと視線を逸らすと、クールに本を開く。


 カバーのかけられたそれを、冷めた視線がなぞる。


『子猫のしつけかた』『子猫をのびのびと育てるには』『上手な爪切りのしかた』


 そこにはこれから行く場所とは無関係な、しかし猫と人間の暮らしに非常に役立つ内容が記されていた。



「お兄にゃーん、お兄にゃーん」


 悪役令嬢ハナちゃんは美しい猫手を伸ばし、頼りになる兄を呼んだ。

『こんなつまらなそうな場所に置いて行くな』と。

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