第10話 意外と懐の深いイケメン。乙女ゲームといえば俺様。俺様といえば人事異動。

 ドドドと休まることのない心臓を静める暇もなく、「お兄にゃーん、お兄にゃーん」この部屋にいると思しき「お兄にゃーん」いる確率九十「お兄にゃーん」


 とにかくどこかで「お兄にゃーん」鳴いている猫系生物がこの部屋で殺意を高める前に、どうにかしなければ。


 カナデは『この部屋は俺の部屋だ貴様の兄などいないし玄関でもない』という内容の言葉を柔らかく伝える方法を模索しつつ、声の方向、クールな友人が設置していった、幼稚園児が好みそうなサイズの土管にゆっくりと近付いていった。


 アイツが土管をこの部屋に運ぶ計画を立てたのが先か、それとも土管の中のエネミーに気付いたのが先か、囚われれば長年の友情にヒビと土管とサンドバッグとししおどしが――カコーン――と入りそうな事案についての採否を決めるのは、後でいいだろう。

 

 できるだけ刺激しないよう、気配は消さず、音は立てず、土管の中からチラリと見えそうな位置に片膝を突き、声を掛ける。


「おい、俺がお前の家を探してやる。そこから出てこい」


 もとの場所、は無理だ。クールな友人宅の玄関に謎のアニマルを放流するのはまずい。

(この部屋ではないどこかに出入口だらけの建造物でも建てるか)と、カナデは古代ローマの円形闘技場、コロッセオを思い浮かべた。


「お兄にゃーん」


 兄系モンスターのところへ帰れると思ったのか、ヤツがカナデのほうへ少しだけ近付き、猫的な肉球を片方見せてくる。


「嚙むなよ」


 土管を覗き込み、手を伸ばす。

 すると、ご令嬢のようなカツラを被った猫系モンスターの手に、油性ペンが握られているのが見えた。


 その瞬間、聴診器、大理石、シネェがフラッシュバックする。

 そうだ、ヤツは何故か、幼稚園児のようなカタカナが書けるのだ。


 伝えたいことでもあるのか――。

 

 手の平を見せてやると、案の定ペンで何かを書こうとする。


 キュ……。短い線が一本引かれる。

 強調された生命線。

 約二センチ。

 シネェではなく、もうお前シヌゥといったところか。


「お前の気持ちは理解した。ヒトが嫌いか」


 見た目は愛らしいが憎悪の念が計り知れない。  

 相互理解を深めようなどと無理をすれば、同調し、共に殺意を高め、最終的には両手に油性ペンを持ってコロッセオで暮らす羽目になるだろう。

 

「お兄にゃーん……」


 寂しげな生き物に何故か胸が締め付けられる。

 己の感情を理解できぬまま、土管の中からヤツを引き出す。


「見た目通りワタが詰まっているような感触だな」


 といった瞬間、チクリと何かで刺される。

 床に落ちた『何か』を見ると、画鋲――。


 カナデは目に掛かる黒髪を指先で雑に払うと、疲れたように、ふ……、と笑った。

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