第9話 帰宅したイケメン。桔梗院(キキョウイン)奏(カナデ)

 友人宅の玄関を荒らし、扉を開けるものへ強い殺意を向ける。

 あの魔物の目的は一体――。

 そして何故玄関に……。



「おかえりなさいませ、奏(カナデ)様」


 答えの出ぬ問いを繰り返しながら、寄ってきた執事を『構うな』と手で払う。


 今は誰とも話す気分じゃない。


「お部屋に――」


 普段であればすぐに下がるはずの男が、珍しく言葉を続ける。

 だが生まれて初めてくらった猛烈な猫ポイズンのせいで、千代鶴家の出入口付近に住み着き来客狩りを行う危険生物のことしか考えられないカナデは、『後で聞く』と仕草でこたえると、深紅の絨毯の敷かれた階段を、そのまま、緩慢な足取りで上って行った。


 本当に大事な用なら『早急に――』とでも言うはずだ。


 

 歩きながら脱いだブレザーをすれ違いざま、ティーカートを押すメイドに渡し、自室へ入る。


 後でアイツに電話してみるか――。

 まさかアレの存在を知らないなんてことはないだろう。


 ここに来てようやく友人のことを思い出したカナデは、苦々しい表情でため息を吐き、ネクタイを緩めると、スプリングのきいたベッドに腰掛け、どさりと身体を投げ出した。


 ところで何故か、クールな声がかかる。


「遅かったな」 


 ――――――。

 心肺停止、したと思うほど驚いたが生きていた男は瞬時に跳ね起き、ソファで優雅にティーカップを傾けるクールな友人のほうを見た。


「何でここに……! いや、そんなことはいい。おい紫苑(シオン)、こんな所にいていいのか」


「良くはないが、お前に用がある」


 用――。もうヤツのことしか思い浮かばない。

 カナデは冷静さを取り戻すように、一度瞳を閉じ、静かに答えた。


「ああ、玄関のことだろ」


「一体何の話だ。お前がどこの玄関の話をしているのか知らないが、俺の用はあれだ」


 クールな友人はカナデの言葉をクールに斬り捨て、広い部屋のど真ん中に置かれている何かを指した。


 そこには、ピンク色の巨大なドールハウスが置かれていた。


 その他にも、愛らしい家具やレースで囲われたクッション、謎の檻、ショッキングピンクの包丁、電飾、美容室の回転灯、サンドバッグ、木桶、ししおどし、岩、安全第一と書かれた工事現場のバリケード、カラーコーン、やや遠くに土管。


 何のために持ってきたのか分からないうえに分かったとしても『なるほどな』とは言い難い物が大量に運び込まれている。


「おい、それこそ一体なんの用事だ。人の部屋に勝手に妙なものを置くな。そしてそのまま出て行こうとするのもやめろ。帰るなら説明してからにするか、いや、説明はいい、とにかくぜんぶ持って帰れ」


「幼い妹を車に待たせている。あれの説明は次に来た時でいいだろう。勝手に捨てるなよ」


 クールな友人は引き留めようとするカナデの手をクールに振り払い、彼を待っているらしい健気な妹のもとへと、急ぎ足で帰って行った。



「本当に何なんだ……」


 カナデはクールな男への文句をいいつつ、美観を損なうにもほどがある、珍品というよりそもそも人様の部屋に置くべきではない工事現場的な物品の山へと近付いた。


 捨てるなというが、アイツこそ人の部屋に要らんもんを捨てたんじゃないだろうな。

 あそこの土管がどういういきさつでこの部屋にきたのかも気にはなるが、それより――。


(あの玄関のことを知らないだと?)


 千代鶴家の際立ったデンジャーゾーンに対して、自宅の出入り口であるというのに存ぜぬなどと、もはや家に帰っていないとしか思えぬ、と、カナデはクールな長男の昨夜の行動と殺意高い系ゲートキーパー地獄のネコベロスについて考えを巡らせた。


 裏口から出入りするとしたら、ヤツに一発くらわされたあとだろう。

 誰に対してもクールなくせに『幼い妹』のことになると妙に行動が早いあの男が、家に帰らないなんてことがあるのか?


(いったい何人幼い妹がいるんだ。アイツ自身が幼い頃から『幼い妹を待たせている』を聞いてる気がするんだが)


 そうしてなんとなく、工事現場のあれこれよりは微笑ましく思える巨大ドールハウスの屋根に手を置いた。

 その瞬間――。


「お兄にゃーん」


 彼の心臓が異様な音を立てる。

 太鼓をバチで滅多打ちにしているかのようだ。


「――――」


 冷静にならねば。今の鳴き声は、まさか――。

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