呪われ愛らしさを極めた悪役令嬢ちゃんと、猫ちゃんな彼女を分かりにくく溺愛するクールなお兄様の日常。~ついでに負かされるヒロイン~

猫野コロ

第1話 小さな悪役令嬢ハナちゃん、にっくきヒロインと出会う。

 彼女は自身が『悪役令嬢』であることを知っていた。


 まだ十数年しか生きていない彼女が、今よりさらに若く、ちまたで『幼稚園』と呼ばれる――ときに謎の踊りを強要されたりする――実に恐ろしき場所で、振付の変更も許されず、人生の辛酸をなめさせられていた頃のこと。

 とある人物から強制的に、それを教えられたのだ。


「あ! 悪役令嬢だ! ほんとにいるし!」と。


 指先をひとに向けるというとんでもない悪事を働く幼女に『ごめんなさい』をさせるべく、小さな悪役令嬢ちゃんは目の前の大悪党をポコポコにしてやろうとした。


 だが、大好きなママから「ハナちゃん、いい加減になさい」と最終警告を受けてしまったため、悪役令嬢ちゃんはしかたなく、振り上げたスーパーボールを下ろした。


 そしてその数年後、親が『転勤族』という謎の部族の人間らしい大悪党は、どこかへ飛んで行く前に、捨て台詞を吐きにきた。


「悪役令嬢と仲良くなる系の話ってぜんっぜん好みじゃないんだけどぉ、まぁ将来家族になるかもだし? アタシのこと〝お義姉様〟って呼ぶなら〝だんざい〟は保留にしてあげる」と。


 心根に大層問題がありそうな面構えのおかげで、幼い悪役令嬢ちゃんは悪口を言われていると瞬時に察した。


 しかし、難解なそれを理解することは叶わない。

 悪役令嬢ちゃんが、己の心に問う。

 優しく教えてもらいますか、と。


『そこまでして知りたいことでもない』

 結論はすぐに下された。


 だが相手がお返事をしない幼女でも、大悪党が口を閉じることはなかった。

 そして、知力も魔力も人並み以下で、悪魔的な力も持たぬ悪役令嬢ちゃんには、顎を上げて話す憎らしい六歳児の口を封じることができなかった。


 自身が超美少女なヒロインであると危険な自慢をし、よく分からぬ理由でとりあえずアンタいつか不幸になるよとのたまい、おまけのように幼稚園児の幼い外見をおとしめ、いっぺんにたくさんのことを覚えられぬ幼子に負の感情だけを植えつけ、高笑いをしながら、にっくき大悪党は去っていったのだ。


 ――転勤族が二度とこの地を踏めぬよう、強大な力を持つ術者か権力者を味方につけ、物理的、あるいは比喩的な結界を張ればいい。

 ――しかしながら、本も映画も動画も嗜まぬ幼女の頭に、小悪党のような考えが浮かぶことはない。


 ピュアで未熟な悪役令嬢ちゃんに、いずれ戻ってくるらしい〝自称お義姉様〟の退治を手伝ってくれそうな味方は、今のところ、一人もいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る