魔法少女ユーフラテス
ニューマター
第1話 魔法少女登場!
★前回までのあらすじ
前回、だらだらと続けていた『村人のレクイエム』をようやく完結させた作者は、早くも次の作品に着手したのだった。創作意欲に溢れているのだった!
しかしこの作品は今回から新しく始まるので、前回のあらすじはないのだった!
~本編~
午後4時30分。七時間目の授業の終了を告げるチャイムが鳴り響き、静かだった教室に活気が戻る。程なくして教室へとやって来たクラスの担任が連絡事項を伝えると、一日のカリキュラムは終わりを迎えた。
生徒たちは机の上に椅子を重ねて後方へ下げると、次々に教室を去って行く。残った数名の生徒たちは教室の隅に置かれたロッカーからT字型の箒を取り出し、床を掃き始めた。
生徒たちの賑やかの声と共に放課後が始まった。部活へ向かう者、学校に残る者、教室に居座り友人と雑談を始める者……。各々がようやく訪れた自由時間を思い思いに過ごしていた頃、一人の女子生徒が帰宅の途についていた。どの部活動にも所属していない彼女には、放課後に学校に残る意味も意義もないのだ。
校門へと向かう途中、通りがかった部室棟では一足先に授業を終えた運動部の一年生たちが、部活の準備を始めていた。入学から二か月が経ち、高校生活にも慣れてきたのだろう。彼らの顔に緊張の色はなく、楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「……」
活気に満ちた新入部員を尻目に、女子生徒は足早にその場を後にした。
事の発端は一年と二か月前に遡る。昨年の四月、茨は私立
朝起きて学校に行き、授業が終われば帰宅する。学校と家を往復するだけの日々。毎日毎日同じことの繰り返しだ。まるで生きている気がしない。
茨は帰り道の途中にある公園のベンチの上でぼんやりと佇んでいた。日は傾き始め、遊んでいた子供たちの姿もいつの間にかいなくなっていた。一目散に学校から出て来たものの、家に帰る気にもなれない。帰ったところで別に何かやりたいことがあるわけでもない。学校から家に帰るまでの間、彼女はただ時間を潰すためだけにこの公園に立ち寄ることが多かった。
「……はぁ」
茨は深い溜め息を吐いた。彼女はつまらない人生に辟易していた。そして「いっそのこと、このくだらない毎日が終わってしまえばいいのに」という破滅的な願望を胸の内に抱いていた。
(……帰ろう)
そう思い顔を上げると、数十メートル先にふらふらと動く黒い"何か"が視界に映った。
「!?」
一瞬、幽霊かと思ってドキリとしたが、よく見るとそれは人間のようだった。黒く見えたのは日が落ちたからではなく、実際に全身黒づくめの恰好だったから。
(全身黒って……黒の組織かよ)
茨が心の中で毒づくと、その人物は音を立ててどさりと崩れ落ちた。
(なっ……!?)
これには茨も思わず面食らった。慌てて辺りを見渡すが、周囲には人っ子一人見当たらない。人当たりと愛想が悪く破滅的な願望を抱いている茨だったが、倒れた人間を放置して立ち去る程の度胸はない。良くも悪くも彼女は常識人だった。
「だ、大丈夫ですか……?」
「……な……」
近寄ってそう尋ねると、微かに反応があった。どうやら意識はあるようだ。
「な……なに……か……」
「しっかりしてください!」
「た……」
「『た』……?」
息も絶え絶えに紡ごうとしている言葉に、茨は耳をそばだてる。
「たべる……物を……」
「た、食べ物ぉ?」
予想外の返答に気の抜けた茨は、思わず間の抜けた声を上げた。
茨はご満悦な表情でサンドイッチを頬張る目の前の少女を眺めていた。
年は自分と同じぐらいだろうか。大きな丸い目と小さな鼻をした可愛らしい黒髪の少女だ。だが、アラブともヨーロッパとも中央アジアとも何かが違う。どこの民族か見当もつかない顔立ちをしている。
真っ黒いロングのワンピースに、同じく真っ黒いマント、頭の上にはこれまた真っ黒なとんがり帽子をかぶっている。ベンチに立てかけた杖の持ち手の先には、青い宝玉が埋め込まれており、歩行補助の道具にしてはあまり使い勝手が良さそうには見えない。その出で立ちはまるで童話に出てくる魔女のコスプレのようだ。
(急病人かと思って慌てて声をかけてみれば、空腹で行き倒れただけとはね……)
そう、少女はただ単に空腹で目が回っただけだったのだ。そう判明した時点でほっといて帰ろうかと思った茨だったが、このまま放置するのも気が引ける。そう感じた彼女はやむなく近くのコンビニから少女に食料を買い与えたのだった。良くも悪くも彼女は常識人だった。
「いやー、助かりましたー。何しろこちらに来てから、食うや食わずの生活をしておりましてー。それにしてもこのパンは美味しいですねー。まだあるので、おひとついかがですかー?」
「いや、私が買ったんだよ!」
「ごちそうさまでしたー。それではお礼と言ってはなんですが、私のマギシをお見せしましょー☆」
茨のツッコミを意に介した様子もなく、少女は間延びした声でそう宣言した。
「……マギシ?」
聞き慣れない単語に聞き返すと、どこからともなく音楽が流れてきた。それはテレビなどで手品を披露する時に必ずといっていい程耳にする音楽だった。
(こいつ、マジシャンか?)
「それではこの石を握って両手を閉じてください。いいですか? 3、2、1、えいっ!」
少女は落ちていた石を拾って茨の右手に握らせると、そう言って杖を振るった。すると不意に右手から石の感触が消えた。
「それでは両手を開いてくださーい」
指示通りに両手を開くと、右手に握っていたはずの石がいつの間にか左手に移動していた。
「どうですかー? これが転移魔法でーす!」
(やっぱりマジシャンだ)
「それでは続きましてー……」
「うわぁぁぁ! アーノルドォォォ!」
少女が得意気にマジックショーを続けようとした次の瞬間、耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。茨が声のした方向に顔を向けると、十歳ぐらいの少年がへたり込んで泣き叫んでいた。
(次から次へと何なの? 今日は……)
しかしやはり無視をするのは気が引ける。茨はやむなく少年へと近付き、声をかけた。
「ど、どうかしたの……僕?」
「アーノルドが! 僕のアーノルドがぁ!」
見ると少年は、ラブラドールレトリーバーを抱きかかえて泣いていた。どうやらアーノルドというのはこの犬の名前らしい。ターミネーターやファッションブランドのことではないようだ。だが、そのアーノルドの様子がおかしい。全身をピクピクと痙攣させて口からは泡を吹いている。どう見ても只事ではない。
「あぁー、これは中毒症状ですねー」
背後から聞こえてきた間延びした声に振り返ると、いつの間にか例の少女が立っていた。茨は尋ねる。
「……何でそうだと言い切れるわけ?」
「この公園内には、毒が入った食べ物がばら撒かれてるんですよー。おかげで私も危うく死ぬところでしたー」
「いや、食ったんかい! 食うなよそんなもん!」
「えぇ、ですから食べる物がなくて困ってたんですよー。いくらお腹が膨れても、その度に毒を消すのは手間ですからねー。そもそもあんまり美味しくありませんしー」
茨のツッコミを意に介した様子もなく、少女は呑気に答える。そこで茨は気が付く。
「……ちょっと待って。今、『毒を消す』って言わなかった?」
「えぇ、言いましたよー? ちょうどいい機会ですし、お見せしましょうかー?」
そう言うと少女はアーノルドに向かって杖を振るった。すると徐々に痙攣が治まり、呼吸音が聞こえてきた。さらにアーノルドはむくりと起き上がり、少年の顔をペロペロと舐め始めた。
「あぁ、アーノルド! よかった……よかったぁぁぁぁ!!」
少年はアーノルドを抱きしめると、安堵の涙を流し始めた。その光景を見た茨はほっと胸をなでおろすと同時に、少女に怪訝な視線を送った。
少女はただ杖を振っただけだ。そんなことで毒が消えるはずがない。しかし現にアーノルドは元気を取り戻し、少年の顔を舐め回している。茨は再び少女に尋ねる。
「今……何をしたわけ……?」
「先程の石と同じ要領で、体内の毒を体の外に転移させたんですよー」
「『毒を体の外に転移させた』……?」
言っている意味が分からない。そんなことできるはずが……
意を決して茨は
「あんた……一体、何者なの?」
「あぁ、そういえばまだ名乗っていませんでしたねー? 私の名前はユーフラテス。魔法使いですよー」
茨の質問に、
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