最凶の均衡者《エクリブリウマー》〜転生したら世界中の標的になるよう育てられました〜

餓狼人

プロローグ

第1話 父がやばい顔してるんですけど

異世界転生者は前世の後悔や無念を晴らすため全力で楽しもうとする。

どんなに女の子から罵声を受けてもご褒美と受け止め、どんなに性格の悪い豚にバカにされても安易に手など出したりしない。

なぜなら彼らは前世という長い試練を生き抜いた誇り高き戦士なのだから。

ならば私も、叶うのであればその誇り高き戦士たちの仲間入りがしたい。


そう願ったのはちょっとした出来心みたいなものだった。しかし、今俺は銀髪美女に抱えられ、笑顔を向けられている。

横には黒髪イケメンが真顔、いや少し怒りが込められているような顔でこちらの様子を伺っている。

「ーーヅーーーーーバィーー」

「ーーーブォーーーーーギャー」

言葉は分からないが男が女に話しかけ女が返事をする。きっとあまり良い話では無いのだろう。彼女の笑顔に曇りが見える。

女の反応など気にも止めず男は部屋を出ていってしまった。

「ーーラーーー」

女はこちらに向かって何か言い少し引き攣った笑みを浮かべた。




再び意識が覚醒したのは俺が5歳の誕生日を迎えた頃だった。この5年間の記憶はあるがまるで本能のままに生きていたような感覚だ。

この5年間で言語は覚えたようで母の言う言葉がよく分かる。

「お誕生日おめでとう!朝ごはんはできてるから早くおいで」

母は優しい人だ。この家はかなり広いにも関わらずいつも笑顔で家事をやっている。

父はよく分からない。あの日、初めて彼の顔を見た日から一度も会っていない。

もしかしたら既に離婚をしたのかもしれない。


「来たかレント」

「父さん?」

ダイニングに行くと母ともう1人、男がいた。記憶を遡る限りおそらく父であろう。

「よくわかったな。食事をしたら2階の私の部屋に来い」

実質初めて会ったのにも関わらず彼が口にした言葉はそれだけだった。

異世界の価値観は分からないが母を見る限り、この態度は普通ではないのだろう。

父は既に食事を終えていたようで俺が座るのと同時に立ち上がり2階に行ってしまった。

「レント、お父さんは本当は優しい人なのよ」

母の不格好な微笑みに体中に鳥肌が立つ。今まで見た事もない彼女の顔は少し不気味で恐ろしかった。

そして、これ程の美女と話すのは人生(前世)を通して初めてだったため緊張もした。

「ひゃい」

あ、噛んだ。


「入りなさい」

父の部屋の前に立ちノックをしようとすると声をかけられる。

「失礼します」

緊張のあまり家族なのにも関わらず上司と面談をしている気分だ。

「そこに座ってくれ」

少し古びたステア側の椅子は4年間寝てきたベットよりと柔らかい。

「まず、この5年間相手をしてやれなくてすまなかった」

「え」

「私はお前の父であり、この柏国の王だ」

柏国。大陸に存在する八国のうちの一つで武力こそ優れていないものの知恵で他の国との争いを乗り越えてきた明敏な国だ。

そして俺が過ごしている国でもある。

「今世界で争いが起こっていることはしっているか?」

「はい」

あれは争いというより戦争だ。国家間で領土や己の欲望を無理に押し通そうとし全面的に戦っている。

「私はそれを止めたいと考えている。しかし我国は武力による戦いが得意では無い。まず人口が少ない。どう足掻いても正面からは絶対に勝つことが不可能だ」

「だから、私はここを使うことにした」

父の指は頭を当てている。武で勝てぬのならば知で勝つ。当然の判断だ。

「しかしどんなに考えても勝つ算段が見つからなかった。手段など考えれるほど余裕もなかった。レント、今から話すことは4歳の君には酷な話だ。けれど私の願いを聞いて欲しい」

ここでようやく目の前にいる男のことが理解できた。俺に隠していた左手は震えていた。

つまり、彼の威圧的な態度は緊張から来るものだったのだ。

うむ、嫌いじゃないぜ。






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