第36話 竜、ひよこを訝しむ
「うむ、かなり安定して収穫できる。お主達も虫を食ってくれるから助かる」
「こけ」
田んぼを前にしてディランがそんなことを呟いていた。
モルゲンロート達に米を振舞ってからさらに半月ほど経ち、自分の分の米を安定して確保できるようになっていた。
もちろん、リーフドラゴンの爪垢のおかげで成長速度がかなり早いというのが大きい。
そしてジェニファーやトコト、レイタにソオンが害虫駆除をしっかりやってくれているだ。いい米はみなで協力してできている。
「ぴよー!」
「む、もう虫はおらんか? では戻るとしよう」
ソオンが警邏を終えてディランの足元で一声鳴いた。いつも大人しいのだが、意外なことに泳ぎの上手いひよこである。
トコトとレイタは泳げないのでソオンに声援を送るのみで、代わりに地上の虫はジェニファーと共に食べていた。
ひとまず畑と共に、今日の仕事が終わったので家へと戻る。
「戻ったぞい」
「あー♪」
「「「ぴよ♪」」」
「おかえりなさい、あなた。お疲れ様です」
「こけー」
リビングに行くとリヒトをあやしていたトワイトが気づいた。外で足の泥を洗い流しているのでリヒトの顔が見えたひよこ達は駆け寄っていく。
「お茶を用意します」
「ああ、そのまま座っておれ。立っているワシがやった方がええじゃろ。それにもうひよこ達が集まっておる」
「ふふ、そうですね」
「あーう♪」
あっという間にひよこに取り囲まれたリヒトを見てトワイトが困った顔でディランに頷く。そのままお茶を用意して、ディランはソファに座る。
「それにしてもこやつら、本当に大きくならんのう。村で同じくらいに生まれたのはもうそれなりになっておった」
「ぴよー?」
「そういえばそうですねえ。なにか病気とかだったら怖いわ。動物のお医者さんとかいるのかしら?」
「「「ぴよっ!?」」」
「こけ!?」
「うー?」
トワイトが頬に手を当てて心配そうな顔を見せると、ひよこ達は即座にリヒトのポケットに潜り込み、ジェニファーはディランのシャツの中に潜り込もうとした。
「これ、シャツに潜り込むんじゃない。膝の上におるのじゃ。というか医者がわかるのか?」
「あまり気にしていなかったですけど、賢いですよねこの子達。……あ!」
「どうした?」
そこでトワイトが口に手を当ててなにかに気づいた。ディランが首を傾げると、トコトを手の上に置いて口を開く。
「この子達、私達とずっと暮らしてご飯を食べているから、もしかしたら魔力を帯びているのかもしれないわ。昔、ファイヤードラゴンのイクスさんが山に捨てられていた犬を拾って育てていたらフレイムドッグになったって聞いたことを思い出したわ」
「む……魔物に近くなっているということか。確かにあり得るのう……」
「ごめんなさいね、すっかり忘れていたわ……」
「こけ!」
「「「ぴよー!」」」
夫婦が悲し気にしていると、ペット達はびっくりして大きな声を上げた。
『別に問題ない』と言わんばかりに大騒ぎしていた。
「まあ、こうなったものは仕方が無い。とはいえ、ひよことニワトリじゃから魔物になってもそれほど脅威じゃないのが幸いじゃ」
「リヒトを守ってくれるかもしれませんし、そう考えましょうか」
「ぴよー♪」
「あー♪」
「「ぴよ♪」」
トコトを優しく撫でるトワイトを見て、リヒトも真似をしてポケットに入っている二羽を両手で撫でまわしていた。
自分たちはドラゴンなのでペットの魔物化も些細なものかと思いなおし、それならそれで簡単に死なないだろうと切り替えることにした。
ひとまず、成長しないことについては仮定ではあるがそう思うことにし、またいつも通りの毎日を過ごそうと決める。
そんな翌日。
「今日は畑を見てから田んぼへ行くぞ」
「こけ」
「ぴよ」
いつもの日課で畑仕事をするため外へ出るディランとペット達。畑で育った野菜を収穫し、田んぼへと向かう。
「朝ごはんは食べたのに元気じゃのう」
「こけ♪」
そしていつもの害虫駆除兼おやつを食べるペット達。病気の心配はないかとディランが考えていた。
「おっと、水を少し抜くか。水位が高いわい」
いつもは近くにいるが、虫を食べていてディランが離れたことに気づかなかったペット達。その瞬間、それは起きた。
「くぁー」
「「「ぴよー!?」」」
「こけ? こけー!?」
ディランが離れたところにある水量調節の板の場所へ移動した瞬間、大きなカラスが急降下し、ひよこ三羽を攫っていった。
通常の動物や魔物であればディランの気配で離れていくのだが、鳥類は高いところに居るためその恐怖を感じることなく突撃してくるのだ。以前、ひよこを襲って来た魔物もそうであったように。
そしてジェニファーが慌てて突撃をするが、あと一歩のところでカラスは舞い上がって行った。
「こけ! こけー!」
「む?」
「「「ぴよー!?」」」
「なんと、カラスか。おのれ、ウチのペットになにをするのじゃ!」
けたたましく鳴くジェニファーに気づき、振り返るとカラスに捕まっているひよこが声を上げた。
ディランがすぐに気づくと落ちていた小石を指で弾いた。
「くぇー!?」
「ぴよー!?」
「追うぞジェニファー!」
「こけー!!」
カラスに命中し一撃で絶命したがそのまま落下してしまった。それなりに高度があり、距離も離れていたのでディランとジェニファーは駆け出した。
一方、落下するひよこ達。
「ぴ、ぴよ!」
「ぴよぴー!」
「ぴー……」
必死に羽を羽ばたかせようとするトコトとソオン。だが、羽は小さいためほとんど役に立たない。このままでは地上に落下して潰れてしまう。
リヒトのところへ帰れないと落ち込むレイタ。カラスが先に落ちて次は自分達だと目を瞑る。
しかし、潰れることなく三羽は柔らかいものに当たって跳ねた。
「ぴ?」
「ぴよ?」
草むらに落ちたひよこ達は助かったことに安堵しつつ、なにに当たったのか周囲を確認する。
すると、三羽に影が差した。ひよこ達が見上げると、そこには灰色の毛を携えた狼、アッシュウルフが立っていた。
「「「ぴよー!?」」」
「……」
一難去ったが今度こそダメだと身を寄せ合う。横を見ると、落ちたカラスの羽を毟る同じアッシュウルフが二頭見えた。
一口で食べられてしまう大きな口に怯えるひよこ達。そんな彼等にアッシュウルフが近づいて匂いを嗅ぐ。
「ふんふん。……わふお!?」
「「「ぴよっ!?」」」
匂いを嗅いだアッシュウルフは雷に打たれたようにビクンと身体を振るわせて声を上げた。
なぜならひよこ達からディランとトワイトの臭いがしたからである。一度だけ、ディランから狩る必要がないと見逃されたあのアッシュウルフ達であった。
「わふ……」
このままこのひよこ達を食べてしまうことは簡単だ。
しかし、それが知られてしまった場合、恐らくあの『恐ろしい気配を持つ者』に八つ裂きにされてしまうだろう。
そして村の入口に狼の神様の木彫りを作った者と同じ匂いがするとも思っていた。
一瞬、ぶるりと震えた後、アッシュウルフは残りの二頭に声をかける。
「わん」
「ぴよー?」
「わふ」
そして――
「ええい、どこじゃ。他の魔物に食われてしまうわい」
「こけー……」
ディランとジェニファーが落下地点に近づいていく。ジェニファーが不安そうな声を上げたその時、近くで枯葉を踏む音が聞こえてきた。
「む? ……アッシュウルフか。今、お前達に構っている場合ではない。あっちへ行くのじゃ」
「「「ぴよー!!」」」
「お!」
「こけー♪」
ディランが追い払おうとしたその時、アッシュウルフの頭の毛から三羽が顔を出した。
それを見たディランとジェニファーは歓喜の声を上げた。ひよこ達はすぐにアッシュウルフの頭から飛び降りディランの足元へ行く。
「お主が送り届けてくれたのか?」
「……わふ」
「助かったぞ。ふむ、足が震えておるな。ワシが怖いか」
ディランの言葉に尻尾を下げたアッシュウルフは踵を返して来た道を引き返す。見れば他に二頭、姿を見せていた。
そんな彼等にディランはフッと笑い、狼達に声をかけた。
「お主達は狩らんから安心するとええ。もし、食うものに困ったらウチを尋ねてこい」
「……! わふ」
アッシュウルフは一声鳴くと、そのまま森の奥へと消えて行った。ディランはひよこ達を手に納めると下山を始めた。
「すまんかったのう。ちょっと目を離した隙に攫われるとは。魔物に近くなったとはいえ、ひよこはひよこじゃな。気を付けるわい」
「ぴよ♪」
自宅に帰り、トワイトにそのことを話すと次は私も一緒に行きますと力強く話していた。
また、その夜はひよこ達は巣に戻らず、リヒトの枕元で寝ていたのだった。
そんな出来事があった翌日、日課をするためトワイトと外に出る。
そして田んぼに向かうと――
「ぴよ!」
「こけー」
「あら、あんなところに」
「あー♪」
――田んぼから少し離れたところにアッシュウルフ達が日向ぼっこをしているのが見えた。
「ここは切り開いて日当たりがいいからのう。お主達、暴れなければおっていいからな」
「……」
ディランが笑いながら言うと、アッシュウルフは少し目を開けた後、すぐに閉じて日向ぼっこに戻るのだった。
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