第34話 竜、主食がなくなる

「ふむ、冒険者達に正体を知られたのか……」

「ええ、陛下と同じく山に降り立つのを見ていたようです」

「確かにあり得ぬ話ではないが、胃が痛い話だが……他に見られてはおらんのだな?」

「お……私が見たいと言ったので申し訳ございません……! 後、山頂で雲が下に見える場所だったので下からは見えないと思います……!!」


 王都に戻った冒険者達は数日の後、ザミールに連れられて謁見の間へとやってきていた。事情を知る者達のみで構成されていた。

 ガルフ達は膝をつき、下を向いたまま謝罪と状況を説明する。謁見はさすがにザミールが大きく言ったのだろうと思っていた一行は即連れて来られて冷や汗をかいていた。


「いや、別に怒ってはいないから安心してくれ。ディラン殿もああいう性格故、恐らく誰でも聞かれれば隠すことはしないだろうしな」

「ありがとうございます!」

「ただ、本当に口外はするんじゃないぞ? 処刑――」

「「「ひっ」」」

「――とまではいかないが、なんらかの罰は与える」


 モルゲンロートはフッと笑いながらビクッとする冒険者達の反応へ答えていた。

 そのまま推測できる話を続ける。


「実際、他にも目撃した者は居るかもしれないから今回はたまたまお前達だったというだけ。だから咎めるのは違うということさ。しかし、正体を知ったならそれはそれで一つ頼みがある」

「なんでしょうか?」


 ヒューシがそう返すと、モルゲンロートが小さく頷いてから言う。


「ギルドなどでドラゴンを見た、という話を聞いたら教えて欲しい。ギルドマスターには通達してあるが、情報は多い方がいい」

「なるほど、先に牽制するのですね。でのギルドマスターはそんなこと言っていなかったのに……」

「そもそも無口だろギルドマスターのおっさん。……いてっ!?」


 レイカに尻を叩かれて涙目になるガルフを見て苦笑しながらモルゲンロートは頼み事がもう一つあると言う。


「後はたまに一家の居る山へ行って欲しいのだ。妙なのがいないかなどだな。村には宿屋もあるし、そこに泊まる人間の様子など注意してくれれば良い」

「あ、はい! 私達、たまに遊びに行こうかなと思ってるんです! リヒト君やペット、可愛いですし」

「後、山頂付近まで行きましたが、道中、色々と面白い草花などもありそうでした」

「なるほど。それは楽しそうだ、私もあのお茶を飲みに行きたいのだが立場上、な」

「流石に陛下はまずいですよ……」


 遊びには行きたいと言うモルゲンロートにザミールが頭を下げたまま大きく横に振る。


「ギルドマスター経由で私から依頼をかけることもあるかもしれない。その時は頼むぞ」

「「「「かしこまりました……!!」」」」


 四人は断れるわけが無いとそれぞれ胸中で呟きながら承諾すると、モルゲンロートは満足気に頷いていた。

 謁見の間を後にしたザミールを含む五人は帰路に立つ。


「陛下が寛大な方で良かったよ……」

「まあ俺達、悪いことをしているかと言えばそうじゃないからなあ」

「確かにそうなんだけどね。ディランさん達のことは管理者としか伝えていないからアレを見ていたら行く者は居ると思う。君たちは内緒で行ったから周囲に知られないのは良かったかな」


 ヒューシが胸に手を当ててため息を吐き、ガルフが状況を考えると妥当かもしれないと口にする。

 ザミールもそれには同意し、ギルドで言いふらさなかったことを評価していた。


「まあ、あの一家は平穏にさせたいもんねえ……言わないわよ」

「だな。さて、とりあえず飯を食ってから適当に依頼でもするか!」

「少ししたらまたディランさんのところへ行ってもいいかもね」


 そう言ってガルフ達は城を後にするのだった。


◆ ◇ ◆


「今日の飯も美味かったわい」

「ありがとうございます♪ でも、さっき食べた分でお米が殆ど無くなってしまったわ」

「なんと。そういえば備蓄を食べ続けておったしな。村で買ってくるか」

「後、二回くらいは炊けそうですけどね。村に行くならミルクも補充しておきましょう」

「あーう♪」


 ディラン達が毎日食べているお米が、今日の朝食で無くなってしまったとトワイトが告げた。

 そして一家は再び村へと向かうが、そこで衝撃の事実を知ることになる。


「米……? そりゃなんだい?」

「ん? 米は米じゃ。おにぎりとかにするパンと同じ主食じゃないか」

「パンはわかるけど……なあ?」

「うん」

「あらあら、お米は村に無いんですね」


 村ではパンが主食で、国全体も同じくパン食だった。そのため、別の国にある竜の里から飛んできたディラン達はこの国に米がないことを初めて知ったのである。


「むう、米を食わんと力が出ないのじゃ。どこかに売っているところは知らないか?」

「いやあ、俺達じゃ分からないなあ。ザミールさんに聞いてみたらどうだい?」

「確かにあの人なら知っているかもしれませんね! それじゃ今日はミルクだけ買って帰りましょうか」


 トワイトがそう言ってひとまず自宅へ帰り、ザミールへ見せるための米を残してから最後の米を食べた。

 そして後日――


「……申し訳ない。米、というのは初めて見聞きしました……」

「なに、お主でも分からぬのか!? もう米はないというのに!?」

「あなた、落ち着いて」

「あーう」

「こけ」

「ぴよぴよ」


 珍しく焦った声を上げるディランをトワイトやリヒトが諫めていた。一応、探してみるとザミールが言ったものの、期待はできない。なにせ出回っていない代物だからだ。


「……」

「とりあえずパンを食べましょうよ。目玉焼きに合いますし、バターも買えたんですから」

「……うむ」

「あー」

「ぴよー……」


 目に見えて落ち込んでいるディランに、リヒトが胸ポケットに居るひよこたちと共に心配そうにしていた。


「困ったわねえ。髭がしんなりしているし、久しぶりに落ち込んでいるわ」


 リビングのテーブルに突っ伏したディランを見て、リヒトを抱っこしてソファに座るトワイトがリヒトをあやしながら困ったように呟く。


「お米、なんとかならないかしら……」

「うー? ……ふああ」

「こけー」


 リヒトの顔を見て首を傾げると、膝の上にジェニファーも一緒に首を傾げていた。

 そこでリヒトがあくびをしたのでおねむだと思い、ベッドへ連れて行った。


「すー……」

「おやすみリヒト♪ あなた達、ちょっと見ていてね」

「「「ぴよー」」」


 寝入ったのを見てからひよこたちを枕元に置いてトワイトは奥の洞穴倉庫へと向かう。里では稲作をしている家庭もあったことを思い出したからだ。


「……えっと、この辺かしら?」


 自分の荷物が入っている宝箱を探し出して中身を確認する。しばらくごそごそと探していると、目的のものを見つけることができた。


「あったあった♪ これで少しは元気が出るといいのだけれど」


 トワイトはいそいそとリビングへ戻ると、ディランの背中をゆすって、見つけた品を見せる。


「あなた、これがありましたよ」

「これは……」

「種もみです。マイヤードラゴンのマッドさん、お米を作っていたでしょう? 餞別にもらったのを思い出したんです」

「おお、あいつか! ということはそれで米が作れるな! 田んぼ作りと田植えはワシも手伝ったから覚えておる」

「ええ、私もお手伝いしますよ」


 元気になったディランを見て嬉しそうに手を合わせて微笑むと、リヒトが寝ている間に早速準備に取り掛かった。

 引いてきた川の近くには畑があるが、日当たりのいい場所を耕していく。


「うおおおお……!」


 自らの爪で腕でどんどん耕していく。

 土地が瘦せていては育たないため、またしてもリーフドラゴンの爪垢を一帯に撒いた。


「これでいけるじゃろ」

「そうですね。水路は掘っておきましたよ。こうやって水量の調整もできます」

「さすが婆さんじゃ」


 川から引いてくる水を流すため、水路を引いたトワイトは、さらに木の板を加工して段階的に水の量を調整できる水止めを作っていた。

 そして種もみは苗にするまで別で育てるというのを聞いたとディランが言い、適当な桶に種もみを撒いて育てることにした。


 そしてそれから何日かが経過した――


「こんちはー! ディランさん居るかい?」

「こけ? こけー」

「ありゃ、ジェニファーか。なんで玄関に居るんだ?」


 ――ガルフ達が家を訪ねてきた。玄関の鐘を鳴らすと、玄関先に居たジェニファーが声を出した。そこでガルフ達だと気づくと、スッと立ち上がった。


「こけっこ」

「お、立ち上がったわ。どこかへ案内しようとしている?」

「こけー」


 こっちだと言わんばかりにジェニファーはとてとてと歩き出しどこかへ向かう。

 ガルフ達はジェニファーについていくことにした。


「こっちは畑だっけ?」

「そうだけど違うところへ行っているわよ?」

「お、なんか森にしちゃ明るい……うお!?」


 そんな話をしていると程なくして広々とした場所へ出た。そしてやけに日当たりがいいその場所を見て驚いていた。

 青い稲が大きな田んぼにたくさん立っていたからだ。


「ん? おお、お主らか。どうした?」

「いえ、ちょっと山を散策しに……って、これはなんですか? 畑にしては水が多いような……」

「これは田んぼというのよ。お米を作るための畑と言えばそうかもしれないけど」

「あー♪」

「ぴよー♪」


 ヒューシが疑問を投げかけるとトワイトが答えた。ディランは泥だらけだった。トワイトの手に居るリヒトが四人を見ると嬉しそうに手を振り、ひよこたちはポケットから顔を出した。


「やっほー、リヒト君。遊びに来たわよー」

「で、コメってなんだ?」

「食べ物じゃよ。こいつがもっと成長して実をつける。それを水で炊いてやると大層うまい主食ができる」

「食べ物なのか。ちょっと気になるなあ」

「まあ、後もう何日かすれば収穫できるじゃろう。その時は食べさせてやるわい」


 ディランがそう言うと四人は『ドラゴンの作った食べ物だ』と喜んでいた。

 実際にはそうではないのだが、この国に出回っていない以上、彼等にしてみればそういうものだったりする。

 ひとまず田んぼは収穫まで待つことになり、ガルフ達は予定通り山の散策をする。

 その時、ディラン達がついてきて安全に採集ができた。


「……! これは鎮痛剤に使えるカノーコ草! 知り合いの薬師に売れるぞ」

「こっちは食べられるキノコね」

「木の実とか採っていいのかなあ」

「いいと思うぞ。ワシらはそれを食っておるし」


 ヒューシは調査が好きらしく、珍しい草花を見て興奮していた。満足げに帰った彼等は再び山へ来ることになる。

 米を食べに。

 それをモルゲンロートへ報告すると――

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