第32話 竜、注意喚起をする
「誰かな?」
「あ、ザミールです! 朝早くからすみません」
「あら、商人さん?」
ディランの言葉に返事があり、それはいつもの商人であるザミールの声だった。
リヒトを抱っこしたトワイトが首を傾げる中、ディランが玄関を開ける。
「看板を持って来た以来じゃな、どうしたのじゃ?」
「少し困ったことがありまして……」
「おー、ここが管理者の家なんだな」
「いい家ね」
「こけ?」
「あーう?」
そこでザミールの背後から今まで会ったことのない人間が居て、なにやら話していた。ジェニファーとリヒトが疑問の声を上げる。
「なんじゃ、また知らんのがおるな? 恰好からすると冒険者か」
「おはようございます! 俺はガルフっていうッス!」
「僕はヒューシです」
「レイカです。初めまして」
「ユリです! わ、ダンディなおじさまと美人な奥さま……!?」
「ふふ、お世辞でも嬉しいわ。なにか事情があるのかしら? 上がってくださいな。私はトワイトですよ」
「ディランじゃ。この子はリヒトという」
ディランが冒険者達に気づくと、彼等はザミールの脇に立って挨拶をした。トワイトが微笑みながら、話を聞くためザミール達を家の中に招き入れた。
「お茶を持ってくるわね。リヒトをお願い」
「わかった」
「あーう」
「「「ぴよー」」」
「えー! 赤ちゃんの胸ポケットにひよこが入ってる! 可愛い~」
「あーう!」
ディランがリヒトを受け取ると、ひよこ達がぴょこっと顔出した。レイカがその様子を見て可愛いと声を上げた。リヒトは自慢げに手をパタパタさせながら声を出す。
そんなリヒトも可愛いと女の子二人が大はしゃぎしていた。
「お主達は冒険者のようじゃな? 狩りか採集でもしにきたのか?」
「おう! 俺はこの山にドラゴンが降りるのを見たんッスよ! で、それを見に来たんだ!」
「ほう」
「まったく、アホなリーダーで申し訳ない。実際、こいつしか見ていないから本当かどうかも分からないんですよ」
「それで、確認しにきたってわけなんです」
目を輝かせて拳を握るガルフに、ヒューシとレイカが事情を説明してくれた。そこでザミールがため息を吐いてから話に混ざる。
「はあ……そんなことはあり得ないとずっと言っているでしょう? ここの管理を陛下から任せられているディランさんが無事なわけないだろう」
「つっても、ドラゴンがいい奴だったらそういうこともあるんじゃないか?」
「いや、なんだかんだで魔物でしょ? いいとか悪いとかあるの?」
「見たことないからな……」
「なるほどのう」
「あーう?」
「ぴよー?」
「ああ、可愛い……触ってもいいですか……」
「いいか? リヒト」
「あーう♪」
ザミールとのやり取りを聞いてディランが事情を理解した。レイカに許可を出していると、続けて質問を投げかけた。
「……ドラゴンが居たらどうするつもりなんだい?」
「え? そりゃあ、見てかっこいいかどうか確認するんだよ!」
「ついでにドラゴンの素材が落ちていたらラッキーかなって話をしていたの。売ったらいいお金になるってガルフが言っていたからさ」
「いやいや!? 見つかって戦闘になったらどうするんだ!?」
楽観的なことを口にする冒険者達にザミールが驚愕した声を出す。戦いになった場合のことを口にするとガルフは自信満々で答える。
「その時は逃げれば大丈夫だろ? 向こうは身体がでかいし、隠れながらなら問題ないって!」
「ふむ、甘いのう」
「え?」
「どういうことですか?」
「あーう♪」
そこでディランがガルフに向かってそう言う。ガルフとヒューシが眉根を顰める。
レイカと遊んでいるリヒトをよそに、ディランが二人へ告げた。
「基本的にドラゴンはでかい。お主の言う通りじゃ。しかし、でかいということは視野も広い。隠れながら移動してもやがてどこかで見つかる」
「で、でも、その時には下山しているかも……」
「下山したら恰好の餌食じゃ。隠れるところがなければ飛んで回り込めばええ。ちなみにその武器や大した魔法が使えないなら勝てん」
「「「ごくり……」」」
ガルフ、ヒューシ、ユリの三人が喉を鳴らす。ザミールがうんうんと、満足気に頷く。そこでガルフが冷や汗をかきながらディランへ返す。
「マジかよ……でもディランのおっちゃんはどうしてそんなに詳しいんだ? やっぱドラゴンはこの山に居るのか?」
「ガルフ君、もういいだろ? 居てもいなくても触らぬ神にってやつさ」
「あらあら、リヒトと遊んでくれているの? ありがとうね」
そこでトワイトがいつものお茶を持ってきた。リヒトと握手をしてニコニコしているレイカに笑いかけた。
「いえ! 可愛いお子さんですね!」
「そうでしょ♪ はい、どうぞ。熱いから気を付けてね」
「あ、すみません。……渋いけど癖になるな……」
ヒューシが頭を下げて口をつけると、不思議な感じがすると少しずつ飲む。ガルフもそれを見て飲むと、目を見開いてから言う。
「おお、これ体に良さそう……おばちゃん……じゃない、トワイトさん、ドラゴンは居るのかな?」
「おばちゃんでいいですよ? そうですねえ、この方たちならいいかもしれませんよ」
「いや、しかし……」
ガルフもお茶が美味いと笑顔で言う。ついでにトワイトへドラゴンについて尋ねていた。トワイトが顎に指を当ててディランへ『いいのでは』というと、ザミールが冷や汗をかく。
「ふむ。まあ、ワシらは別に構わんからのう。じゃが、モルゲンロート殿がなんというかじゃ」
「ああ、それもそうですねえ」
「どういうことだ?」
「いや、気にしなくていいんだガルフ君達は。……陛下に断りをいれた上で口を堅く閉ざせば……」
「ザミールさん?」
ザミールが険しい顔でぶつぶつとなにか呟き出し、ユリが首を傾げていた。そこでディランが口を開く。
「そうじゃなあ。折角ここまで来てくれたし、後でモルゲンロート殿に伝えておいてもらえるかのう」
「ディランさん!? まさか……!?」
「あの、あなた達、いいかしら?」
「? なんでしょう」
「お茶美味いな! おかわ……ぐは!?」
焦るザミールをよそに、トワイトが頬に手を当てて四人に話しかける。ヒューシがガルフの頭を引っぱたきながら答えていた。
「ドラゴンのこと、もし見たら秘密にできる? もし、喋ったら王様が黙ってないかもしれないわ。それでも会いたいと思う?」
「こ、国王様……? なんで王様が出てくるんだ?」
「この山の管理者にしたのは陛下だよ。色々とこの二人には権限があるんだ。もし今の約束を破ったら……極刑もあり得るかも」
「きょ……!?」
「処刑ってこと!? ガルフ、もう帰ろう。もしドラゴンを見れても命がかかってまでは見たくないでしょ?」
レイカがため息を吐いてガルフへ申し出ると、腕組みをした彼は目を瞑って考える仕草を見せた。しばらく考えた後、彼は言う。
「……見れるなら俺だけでも見たい。もし俺が口にしても他の三人は大丈夫だろ」
「ガルフ!」
「止めておきましょう。パーティは一蓮托生。ガルフが良くても、お前が居なくなったら僕達は困る」
「うん」
ガルフの答えにヒューシとユリが諫める。だが、ガルフは笑いながら答えた。
「そうかもしれないけどよ。冒険者になったのは金の為でもあるけど、色々なものを見たいってのもあったじゃねえか。それで村を出たんだからな!」
「ガルフ……はあ、ホントにあんたって馬鹿ねえ」
「酷い!?」
「でも、そんなあんたに着いてきたんだし、いいわ。私は乗ってあげる。彼女だもんね?」
「おお、レイカ……!」
「はあ……まったくこのバカップルは……」
「ま、親友がいくなら、まあ仕方ないかー」
ガルフの決定に仕方ないとレイカとユリが言い、ヒューシは眉間を抑えながら自分だけ帰るわけにはいかないと口にした。
「ええんじゃな? では行くか」
「本当に行くんですか……?」
「ザミールさんはここに来ただけですから気にしないでくださいね。私達がそうすると言っただけなので」
リヒトをディランから受け取り、外へ出るように言う。そのまま頂上を目指すため歩き出した。
「う、上の方にいるんだなやっぱ……」
「これはきつい……」
「なんじゃ、冒険者なのに情けないのう。ワシの知っておる奴等はみなこれくらいでは根を上げなかったぞ」
「くそ……おっちゃんが体力お化けなんだよ!」
「トワイトさんは子供抱えて軽快に歩いてるわよ……」
「こけー!」
「「「ぴよー」」」
山道はどんどん険しくなり、ザミールもディランの家から上には行ったことが無いので苦しそうにしていた。
ジェニファーやひよこ達が声援を送る中、頂上へ到着した。
「ついたぞい」
「や、やっとか……ってドラゴンは?」
「なんか物干し竿があるけど……」
「ああ、それは私が夫に設置してもらったの」
「こんなところで干すの!?」
レイカが驚愕の声を上げる中、ディランは一歩前へ出た。
「では、他言するでないぞ?」
「え? いや、だってドラゴンは――」
ガルフが言いかけた瞬間、ディランはドラゴンへと姿を変えた。その様子を見て四人は目を見開いて固まった。
「「「「……!?」」」
「あー♪ あーう♪」
「お父さんのドラゴン姿が好きねえリヒトは♪」
「どうじゃガルフ? お主の見たドラゴンはワシじゃろ?」
「……」
ガルフはディランにそう言われても反応しなかった。ただディランを見上げて呆然としていた。
「ど、どうしたんだいガルフ君……?」
「す――」
「「「す?」」」
「すっげぇ! でけぇえ!! おっちゃんがドラゴンだったのかよ! マジですげえな! リヒト、お前の父ちゃんドラゴンなんだな!」
「あーい♪」
身体を震わせたと思った瞬間、やはり目を輝かせて大興奮していた。リヒトの小さい手を握り、ディランを指さしながら満面の笑みを浮かべていた。リヒトもそれに釣られて笑う。
「ま、まさか人間からドラゴンになるなんて……」
「そりゃ山の管理者にうってつけよね……」
「口が裂けても言えないし……そもそも信じてもらえないだろうな……」
大喜びのガルフを見ながら三人は呆れた笑いを向けるのだった。
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