第16話 竜、売った品物を吟味される
「ふう……いつ来ても緊張するね」
商人のザミールは王都に戻ってからトワイトの編んだ絨毯を仲間内に見せた。
本人的には当然だったが、やはり『こんな高価なものをどこで仕入れた』と羨ましがられた。
すると商人の友人の一人がそんなに立派な絨毯なら陛下に献上してはどうだと提案をしてくれた。
それは名案だと、ザミールは鑑定と値段の交渉をするつもりで謁見を申し入れたのだ。
「すみません、本日謁見の申し入れをした商人のザミールと申します」
「はい、少々お待ちください。……はい、謁見申請は通っておりますね。こちらからお進みください」
「ありがとうございます」
城の裏口ともいえそうなところに謁見申込者や商売人を通す入り口があり、基本的に来客はそこで対応する。
パーティなどで貴族を招待する際は正面のホールからになるが、広すぎるためあまりここを使うことはないのである。
そんなザミールは謁見のため城の中へと入っていく。
「お、ザミールさん。久しぶりだね」
「こんにちは。元気そうですね」
「なにかいいものを仕入れて来たのかしら? こんにちは」
「陛下に合うものをちょっとね」
ザミールは城にもよく出入りするため、兵士やメイドの覚えもいい。お互い人柄も良いため挨拶をすれば話に花が咲く。
今日は謁見ということもあり話は少しにしてザミールは謁見の間へ向かった。
「いつも厨房や庭で販売しているのに、謁見とは珍しい」
「はは、たまにはこういうのもいいかなと。服、変じゃないですかね?」
「大丈夫だと思うよ。それでは、粗相の無いように」
謁見の間をガードしている騎士がお決まりの文句を口にすると、扉を開けてザミールを中へと誘う。
奥へ進むときれいにされている赤い絨毯を踏んで間の真ん中ほどまで進んだところで彼は片膝をついた。
「モルゲンロート陛下、ローザ王妃にご挨拶を申し上げます。商人のザミールにございます」
「うむ。久しいなザミール。謁見の申し出とは珍しいがどうしたのだ? まあ、私もちょうど聞いてみたいことがあったから助かる」
「聞きたいこと、でございますか?」
「それは後で良い。まずは目的を聞かせてもらおう」
出兵の準備をしていて忙しいモルゲンロートだが、珍しく顔合わせを申し出て来た商人のため時間を作っていた。
目的を尋ねるとザミールは持っていた大きめのカバンを降ろして中から例の絨毯を取り出した。
「本日お見せしたいのはこちらの商品です」
「……! ほう、これは見事な刺繍……!」
「立派な絨毯ですわね!」
ザミールは早速、絨毯を広げてモルゲンロートとローザの前に差し出す。すると二人は目を見開き、驚愕する。
「これを売りに来たというわけか」
「その通りでございます」
「これは即購入でもいいくらいですわね。あなたのお部屋に敷いておけば映えるのではありませんか?」
「そうかな? ヴァールに威厳をつける意味でもあやつにやってもいい」
「ありがとうございます」
すでに九割がた購入してくれるであろうという勢いにザミールは頭を下げて礼を口にした。しかし、すぐに困った顔で夫妻へ言う。
「この商品、驚くべきことに値段が決まっておりません」
「なに? 商人なのに値段をつけていないのか? どうやって仕入れたのだ……?」
「それが――」
と、尋ねられたザミールはディランとトワイトのことを話すことにした。
数日に一度尋ねる村に新しい夫婦が来たこと、その妻が絨毯を作ったということ。
まったくもって普通の夫婦なのにとてもつもない魔力を持った絨毯であることなどを。
「――というわけで、その村の近くにある山に居を構えているらしいのです。魔物に襲われていることもないようで、不思議な夫婦です。小さい子を拾ったとかもあり、優しいようでした」
「山……」
「……? どうされました?」
「いや」
山と聞いてふとドラゴンのことを思い出すモルゲンロート。様子が変わったなとザミールが首を傾げるも、モルゲンロートはなんでもないと返していた。
「ではおいくらで買ったのですか?」
王妃のローザが話を変え、モルゲンロートはホッとしていた。値段の話に戻るとザミールがまた困った顔で首を振る。
「……ひとまず手付金で金貨十枚を支払いました。お金は持っていないようで、子供のミルク代が欲しいから作ったそうで」
「まあ。金貨十枚!? こんな立派なものをそんなに安く……」
「私もそう思いました。しかし欲のない夫婦で、別に構わない、と。なのでこれが売れたら六割の差額は彼等に渡そうかと思っております」
「お主も大概、欲がないな。独り占めしてもいいだろうに」
ザミールの山分け宣言にモルゲンロートも呆れていた。しかし彼はにっこりと微笑みながら言う。
「がめつく金を稼いでもいいことはありませんからね。売り手と買い手が満足いくようにし、商品を広めていく。それが商人だと思っております」
「若いのに立派ですわね。でも、そうしたら値段はどうするのがいいのかしら?」
「なにか案でもあるのか?」
モルゲンロートがそう尋ねると、ザミールは小さく頷いた。
「はい。陛下と私、同時に理想の価格を言い、だいたいこれくらいだろうという算段をつけましょう」
「ふむ。私を試そうというのか?」
「いえ、決してそのようなことは。陛下の慧眼であれば、恐らく私とほぼ同じになるであろうと予測しております」
「言いおるわい。では――」
と、深呼吸をしたモルゲンロート。それに合わせて軽く息を吸うと、ザミールは口を開く。
「白金貨一枚」
「白金貨一枚に金貨十五枚、というところでしょうか」
それぞれ同時に口にした金額はザミールが宣言した通りほぼ同じであった。
白金貨は金貨百枚に相当し、一般の平民であれば贅沢なしで一年は軽く生活できるほどである。
「少しお主が高かったか」
「そこは商人ならではということでお許しを。では白金貨一枚に金貨十枚はいかがでしょう?」
「良いぞ。では」
モルゲンロートが手を上げると、宰相らしき男が困った顔で笑いお金を用意しに行く。
「ではこちらを」
「確かに。……陛下、お納めください」
騎士の一人が絨毯をザミールから受け取り、そのままモルゲンロートへ献上した。
玉座を離れた二人は手触りを確かめだす。
「これは……素晴らしいな」
「絨毯と言っていましたがこれを敷いて寝ることもできるくらいフワフワですわ……」
「でしょう。私も最初に見た時は驚きましたよ……これを一日で織り込むことができるそうです」
「一日……?! その者は魔物の類か……?」
「普通の女性でした。まあ、材料次第で大きさを変えたものをもっと安価にというのはできそうですね」
ザミールが青写真を口にすると『商売が上手いな』とモルゲンロートが肩を竦めていた。
「ふう、久しぶりに感嘆した。……さて、それでは私の話だが、ザミールと二人だけにしてくれないか?」
「あら、どうしてですか?」
「ちょっと、な。絨毯をヴァールにみせてやってくれ」
少し真剣な顔をした夫になにかを感じたローザはたおやかに微笑んで騎士達と共に謁見の間を後にした。
そして、今、自分の置かれている状況を話しだした――
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