田舎で出会う初恋の女の子になりました

春宮 絵里

第1話





 雲ひとつない青空と、導かれるような白い何かを追って、僕は木々の中を歩いていた。


 生い茂る葉が日陰となって少し涼しくなる。木漏れ日を浴びながら、ごつごつとした木の根を足場に子どもにしては少し苦しい坂道をのぼりきると、日陰に慣れた目に、眩しいほど輝く青空とひまわり畑が広がっていた。


 瞬きすることに、白みがかった視界の縁がクリアになっていく。目が慣れたところで、目の前の景色を取り込むように見渡した。


 青々とした空に、先が見えないほどのひまわり、そして、ちょうど目の前のあぜ道に麦わら帽子に真っ白なワンピースを着た同い年くらいの女の子が背を向けてぽつんと立っていた。


 突風が吹き抜ける。


「きゃっ」


 女の子が被っていた麦わら帽子が飛ばされて、僕の手に吸い込まれるように舞いながら落ちてきた。


 帽子を目で追っていた女の子と目が合う。長く艶のある黒髪に、透き通った真っ白な肌、目が合って見開いた大きな瞳。


ーーどくん。


 心臓が高鳴り始めた。


 女の子がワンピースの裾を小さく翻しながら僕に駆け寄ってくる。


 慌てて小さな林から離れてひまわり畑に入ると、少し息を荒らげた女の子が麦わら帽子を持つ僕を上目遣いに見上げた。


「ありがとう。ええっと…………」


「僕は一ノ瀬海斗」


「海斗くん。ほんとにありがとう!これお気に入りなんだ」


 女の子は麦わら帽子片手に、長い黒髪を耳にかけながらはにかんだ。


「いや、全然だよ。それより、君の名前は?」


 思わず前のめりに聞いてしまった。父さんの紳士の心得を思い出して背筋を正す。


 女の子は大きな瞳をぱちぱちとさせて、ふわりと微笑んだ。


「私は鈴。藤波鈴」


 鈴、鈴ちゃん。鈴の音のような澄んだ声に、可愛い顔。


「鈴ちゃんか。可愛い名前だね」


「ふふ、ありがと」




◼︎ ◼︎ ◼︎




 顔を近づけてお礼を言うと、海斗くんがぱっと顔を赤面させた。


はい、どーん!


 完全に私に堕ちちゃったね?ブランド子供服に身を包んだ海斗くん。ちゃんと私の名前覚えてね。


「あ、もうこんな時間!」


 海斗くんの腕を掴んでつぶやく。正確には当たり前のようにつけている高級腕時計をだ。


「どうかしたの?」


「お手伝いする時間になっちゃう」


「手伝い?何の……?」


 聞こえないふりをして慌ただしく麦わら帽子をかぶる。


 彼に背を向けて駆け出す。そして、はいここで振り返る!顔が見えるように左手で麦わら帽子を少しあげて、右手で手を振る。


「海斗くん、またね」


「あっ…………」


 海斗くんは手を少しだけ伸ばして、私がいたところの空を掴んだ。




 おーほっほっほ。ごめんあそばせ。私ったら弱冠10歳にして罪な女。


 人ってね、少し尾を引く別れ際の方が忘れないのよね。もっと話したいよね?もっと知りたいよね?わかるよ。その感情だけが大きくなっていくから少しだけ待っててね。


 勝手知ったる林をぬけたところの日陰に、ゴールデンレトリバーがお利口に座っている。


 私に気がつくと、犬は猛進してお腹にタックルを決めてきた。かわいいわ、口臭いけど。


「よくやったわ、ジョン。今日はご褒美にジャーキーあげるわね」


「わん!」


ジャーキーという言葉に反応したのか、しっぽが飛ばされそうなほど振るジョン。


「本当にジョンは賢いわね。覚えさせた甲斐があるわ」


ーーそう、麦わら帽子が飛ばされたのはフェイク!


 実際には風が来たタイミングでひまわり畑の周りに仕掛けた釣り糸を対象者の方へ飛ばすのだ。ジョンは飛ばしたいところを指示すると、なんやかんやで作った麦わら帽子飛ばし機の方へ行き、なんやかんやしてくれて飛ばしてくれるのだ!




「上手く釣れたわね」

「わん」


 にやにやする口元を隠しながらジョンと共に家路を辿る。




◼︎ ◼︎ ◼︎




 私は転生者だ。別に魔法が使える異世界だとか、種族変わっちゃってエルフになっちゃいました。とかでは無い。普通に前の人生の記憶を持ったまま、人間として生まれた。


 しかし生まれた場所が悪かった。ここはクソ田舎、ド田舎である。観光業なかったら、多分市に昇格とかできていなかったと思う。


 ギリギリ市と言える田舎でも学校がある。

小学生は総勢100人くらいで、大体1学年30人前後。ガキどもに共通しているのは、皆日に焼けていて眉毛が太く、髪も寝起きのままだということ。


そしてーー。


「おい、鈴。宿題やれよ」


 上から目線で私に宿題を頼むガキは、老舗旅館“菊庵”の孫、菊池健太。


 ここは、避暑地としてそこそこ有名なところで、夏は都会の熱を冷ましに多くの客が来る。特に“菊庵”には前の主人の手腕により、財政界の大物たちがこぞって泊まりに来る。


 ここではこの旅館を主に利益が成り立っている。端的に言うと、この家には逆らえない。

例外なく私の家も“菊庵”で従業員として働いている。




 齢六歳で私は気がついた。こんなはなたれ小僧ではなく、坊ちゃんとコネを作って結婚もしくは、雇ってもらうしかないと。




 あの日から、都会の国公立大学に入学するための勉強と、お金持ちと結婚するための自分磨きを始めた。

勉強では、数学と化学の勉強を。自分磨きとしては、常に日焼け止めを塗る、眉毛をお手入れする、全身剃る、スキンケアを始める、などだ。


 お年玉で通販でヘアオイルとピンクの色付きリップ、肌が白く見える日焼け止めを買う。

しかし、これらは日々のしょんべんくせえガキどもと会うときは使わない。夏休みか大型連休のとき、引き出しの封印を解き、開放されるのだ。




 美少女を想像してみてほしい。


 みんな真っ白い肌に、無駄毛ゼロ。つやつやな髪を持っていたでしょ?そう、つまりそういうことよ。


 元々女将として働いている母の遺伝か、顔は悪くない。元はいい部類に入るだろう。しかしそれは、希望的観測でしかない。


 学校でも元がいい、将来綺麗になるだろうなという子は何人かいる。しかし、もともと整った顔立ちかつ、美少女武装をしている私に勝てるわけがない。はーはっはっは。


 次に、洋服!


 田舎の美少女にはやっぱり真っ白なワンピース。


 美少女になるには、制約がある。濃い発色の服を着てはいけないということだ。

なぜなら、儚いあの夏の思い出というイメージが全部ぶち壊しになるからだ。

黒なんてもってのほか、絶対にありえない。


 私は服が小さくなったとかで母親をごまかし、ネットで白いワンピースを5着ほど購入した。汚れやすい白に不満げな母だったが、「健太が白い服好きだって言ってたよ」と言うと、ころっと態度を変えて、るんるんで購入してくれた。


 つくづく御しやすい母だ。


「いーい?鈴ちゃん。健太くんとは、いっぱい仲良くするんだよ」


 母が両肩を掴んで刷り込んできた。

理由は分かりきってる。母よ、夢を見るのはやめろ。それにあんなガキお断りだわ。




 それから、現在。

旅館でいい身なりの坊ちゃんをロックオンした後は、子供が退屈になって外に出る時を見計らい、綺麗なところで待ち伏せるのだ。


 坊ちゃんとの夏物語には、二パターン存在する。さっきの麦わら帽子吹き飛ぶパターンと、寂しそうな女の子だから話しかけて?パターンだ。


 コミュ力が高そうな男の子には、一人で退屈している女の子を演出した後、ちらっと視線をおくるのがポイントだ。


 背の丈ほどの向日葵を穴が空くほど見つめていると、


「なにしてるの?」


 男の子の声に、顔を上げて男の子を見る。


「退屈していたの」


「それじゃあ……あの僕と遊ぶ?」


 手を差し出した男の子の、顔と手を見比べる。


「うん!」


 ここで満面の笑みを浮かべるのがポイントだ。




 田舎の夏の美少女との思い出では、気をつけないといけないことがある。


 その一、常に武装は整えておくこと。

白ワンピースに夏でも髪をおろし、ロングヘアーは常にいい状態を保つ。


 そのニ、坊ちゃんの目に入るときは自然の中にいること。

コンビニとか温泉とかはイメージ崩れちゃうし、都会の女と被る。自然が大好きな純粋無垢な子であることが基本だ。


 その三、ターゲット同士の接触は回避すること。

A君を狙ってるときにB君が来たら自分と彼女の二人だけの思い出感が無くなってしまうから絶対NG。




 ターゲットの名前や写真、会話の内容も全てノートに書き記してプロファイルしている。


 初恋の女の子になるのは、無数の努力と少しの打算。そして、子どもの話を根気よく聞くコミュ力が必要だ。




「鈴ちゃん?」


旅館で偶然を装って再会する。驚いたように目を見開いてひっそりとつぶやく。


「海斗……くん……?」


嬉しそうな彼に満面の笑みを向ける。


田舎で出会う初恋の女の子になりました。


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