第51話 頼れる存在と失いたくない距離
夏楓は、カフェの休憩室でスマホの画面とにらめっこをしていた。誰にどこに電話をすればいいか悩んでいた。若干、パニックを起こしている。いつもトラブルに遭った時は、孝俊が対応していて夏楓はやったことがない。特にアメリカでの店舗はキッチンの方で仕事をしていて、人間関係はすべて孝俊に任せていたこともあり、どうすればいいか右往左往だ。英語は元々好きだったため、日常会話くらいはできる。でも、トラブル対処には慣れていない。相談したいと思う孝俊と連絡は取りたくない。頼りたくもない。もどかしい気持ちだが、どうすればいいかわからない。
思わず、スマホ画面にある人の名前をタップしていた。今頼れる人はこの人しかいないと思い出す。
電話をかけて2コールしたところで声がした。
『もしもし?』
『あ……』
『仕事中だろ? どうかしたのか?』
『うん。ごめんなさい。そっちも仕事だよね』
『まぁ、そうだけど』
『忙しいんじゃないの?』
『……別に。用件は? 何かあるんだろ。電話かけてくるの珍しいから』
空翔の投げかけてくれる言葉に不意に涙が流れた。いつもこんなに優しく声をかけてくれることはない。それは別れる前も今もそうだと思っていた。孝俊がシェアハウスしてから家を出て、いつの間にか2人暮らしになってからもう2か月は経とうとしていた。今の時間は仕事で忙しいはずなのに、2コールで出てくれるとは思わない。無視されてもいいって思っていた。
『仕事でちょっとトラブルがあって……』
『トラブル? どんなことよ』
空翔は、仕事で取引先の電話応対がたまっていたはずを夏楓の話を真剣に聞くため、デスクから喫煙ルームに移動した。その行動をしっかりと見ていたのは石澤だ。またあの彼女との電話なのかとデスクからジロジロと見る。木下は石澤の表情を隣で見つめる。
「奈緒美、まだ部長に片想いしてるの?」
「……まだって。ずっと前からだよ。私はあきらめてない」
「しぶといのね。というか、この前、彼女さん来てなかった? 結構、美人だったよね」
「美人?」
「うん。結構、お似合いのカップルだと思うけど……」
「亜由美は私の事応援してくれないんだ?」
「応援してもいいけどさ。見込みはあればなぁ。応援し甲斐がないよね」
「むぅ……。私だって、自分磨きに一生懸命なのに!」
デスクの引き出しから小顔マッサージの美顔ローラーをぐりぐり動かした。
「奈緒美。ちょっと方向性間違ってるかもしんない」
「え?」
「奈緒美は顔も良いし、スタイルも良いけど、何かが欠けてるわ」
「顔がいいならいいじゃない。スタイルも、体形維持のためにトレーニングジム行くの欠かさないし、好きなスイーツも我慢してるよ?」
「うん、頑張ってるけど! けどね」
木下は、石澤の横に立ち、肩をたたいた。
「部長は諦めて、違う男にしよう? 年上じゃない若い子行こう?」
「ひどーい。追いかけちゃダメなの?」
「うん」
石澤は、ハンカチを噛んで伸ばし、悔しい気持ちを表した。近くにしても部長に好かれるのは難しいぞと木下は分かっていた。空翔部長は、夏楓に対する思いは強いんだと2人の様子を見て気づいていた。
◇◇◇
空翔は、禁煙ルームで電子タバコを吸いながら電話越しに夏楓はどんな状況でトラブルになったかを詳しく聞いた。夏楓は、話していくうちにだんだんと落ち着いている。冷静に対処できそうだった。
『……何か、話したら落ち着けた。やっぱり誰かに相談しないと頭の中パンクしちゃうね』
『夏楓が気になってるのは孝俊のことだろ。元は従業員な訳だし、責任持って仕事してもらえばいいんだ。もしかしたら、原因はあいつのせいかもしれないぞ』
『孝俊が?』
『確か、孝俊に前聞いた時、従業員に追い出されたとか何とかぼやいてたぞ』
『嘘。そうなの? それは初耳だ。やっぱり連絡取った方がいいね』
『もし嫌なら、俺から連絡するか?』
『え、でも、それだと空翔の仕事に影響かけるからいいよ』
『時間はかかるけど、孝俊を飲みに誘ってさりげなく聞くんだよ』
『そういうことか……んじゃ、お願いしようかな』
『ああ。何か分かり次第、連絡するから』
『うん』
夏楓はそういうと通話終了ボタンをタップした。深呼吸して、安堵した。何とか解決の糸口を見つけた。休憩室のテーブルの上、ふとコーヒーのカップを橋浦は置いた。仕事にひと段落がついて、スタッフが順番に休憩に入ったようだ。
「これでも飲んで落ち着きましょう」
「あ、うん。ありがとう。橋浦くん。いただきます」
テーブルの上に乱雑に置かれた書類の山、隅に置いたマグカップ。夏楓はため息をつく。コーヒーの香りを嗅いで一口飲んだ。
「これはキリマンジャロだね。飲みやすい。フルーティでちょうどいい苦味」
「さすが、言わなくても分かりますね」
「当たり前よ。でも、ありがとう。大事なこと忘れていた。こうやって、人間関係がドロドロになっちゃうとさ、何が大事かとか忘れちゃうのよね。一番はお客様に美味しいコーヒーを淹れて提供し、幸せな気分を味わってもらうこと。カフェを経営するうえで大切にしなくちゃいけないことだったわ」
「アメリカ店舗の件、解決したんですか?」
「ううん。少しずつ、やっていくわ。それまで、残りのメンバーでやりくりして頑張ってもらうしかない。真実が見えてこないから、何とかするわ」
「ブラックコーヒーだけにブラック企業とか言われたりしません? 大丈夫ですか?」
「……何それ。面白いね。でも、向こうはブラックコーヒーよりもカフェオレが人気なのよね。グレーよ、グレー」
「白でもない黒でも無いグレー?」
「そう。まぁ、大丈夫。何とかするわ。ほら、混んでいるんでしょう。お昼ごはん食べちゃいましょう。私も行くから」
「大丈夫ならいいんですけどね」
橋浦は、近所のお弁当屋で買っていたから揚げ弁当を広げて、箸を割った。夏楓は、空翔に作ってもらったお弁当を広げて、食べ始める。頬を赤らめて、鼻歌を歌う。
「ご機嫌っすね」
「別にぃ……」
自分で作るより、誰かに作ってもらうお弁当は美味しい。ありがたく、空翔が作ったオムライスを食べた。いろいろ大変なこともあるけども、このままでもいいじゃないかと思えて来た夏楓だ。橋浦は何となくご機嫌ななめになっていた。
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