第34話 過去との対峙

お店の後片づけをすべて終えて、施錠をしてから、夜の街中に繰り出そうとした夏楓の後ろをずっとベンチで待っていた男から数メートルを開けて尾行していた。夏楓は仕事を終えて、すっきり顔をして、歩いていた。後ろの様子など気にもしていない。自宅近くのスーパーマーケットに入ろうとした瞬間、声が聞こえた。


「夏楓!」

 

 ズボンのポケットに手を入れて、胸を張って俺は強いぞアピールしながら近づいてくるのは、元夫の丹野孝俊たんのたかとしだった。金髪女性のバイトの子とアメリカに住んでいるはずが日本にやってきている。嫌な予感しかしない。苦虫をつぶしたような顔をして、足をとめる。


「……日本に帰ってきてたの」

「おう。元気かなと思ってね」

「よく、平気な顔して私の前に現れるよね」

「平気も何もね。親父に日本に帰って来いって言われたからさ。ついでに寄ろうと思って……」

「え、お父さん、大丈夫なの?」

 

 孝俊は、眉をゆがませた。                                                                                                


「俺のことは全然嬉しそうじゃないけど、親父のことになると変わるんだな」

「そりゃぁ、義理でもお父さんだったからね。いろいろ助けてくれたし」

「ちぇ……俺は眼中にないのな」

「それで、何か用事あるの? ついでにというけど、ほかにもあるんでしょう」

 街の飲食店の方に向かいながら、歩き出す。夏楓はお腹がすいていた。


「金、貸してほしいんだ」

「うわぁ、元妻にたかるの?」

「だって、お前お店繁盛してるやん。金は溢れるくらい持ってるんだろ? 俺に貸して罰はあたらないだろ」


 笑みを浮かべながら、夏楓の顔を見る。夏楓の額に筋が増えていく。なんで、夏楓には不利の状態で離婚に至った。さらにひどい思いをしなくてはいけないのか。納得ができなかった。嫌悪感を浮かべる。


「いくらお店が儲かっているからってあなたの生活費のために稼いでないから。渡すお金なんて1円も無いわ」

 そう吐き捨てて、その場から逃げ出そうとすると、孝俊は憤懣ふんまんをぶつけるように夏楓の髪の毛を引っ張った。逃げることは許さない。自分は今不幸だから、夏楓ばかり幸せになることは絶対だめだと感じる孝俊だ。結婚していた時に浮気した金髪のアメリカ人女性と交際していた。傲慢な態度に愛想つかれて、別れたばかりだった。彼女の家に入り浸りだった孝俊は、住む場所を失って実家に帰ることしかできなくなった。飛行機代で一文無しになる。仕事も無職になった。まだ、フリーターをやり続けていた方がお金を稼げていたのかもしれない。外国の水は合わなかったか。孝俊は自暴自棄になった。夏楓にしがみつくという浅はかな考えしか思いつかなかった。


「やめてー!!」


 仕事がうまく行っても邪魔をしてくる孝俊がいる。夏楓が完全なる幸せになるには程遠い。髪を引っ張って、体ごと振り回して、花壇に柔道のようにたたきつける。背中を強く打った。都合の悪いことが起きるとDVをすることがわかったのは結婚してから気づいた。同棲していた時は大人しくて素振りを見せなかった。本性を出したのを見て、ショックだったのもあったが、離婚の決め手ではない。家に帰って来なくなったことが一番の原因だ。仕事に熱心になったことで孝俊と向き合うことが少なくなった。夏楓にも原因があった。背中を手でおさえながら、立ち上がろうとして、孝俊の手が上がった。パシッと腕をつかんで止める人が現れた。


 路上ではたくさんの通行人が行きかっている。交差点の歩行者用信号が青に変わり、通知音が鳴った。夜は深まっていた。











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