第29話 慌ただしい朝の始まり
東京のとある小さなカフェで、夏楓は慌てて、入って行った。扉についているベルが鳴った。まだオープンしていない建物だけのお店だ。
「ごめんなさい、遅刻しました!」
「「「「「おはようございます」」」」」
「あ、おはようございます」
1日ずっと家でぐったりと寝ての次の日、ぎりぎりに目を覚まして、寝ぐせもそのままにレディーススーツに身を包んだ夏楓は、カフェの扉を開けた。まだオープンしていないカフェで、スタッフ5人がミーティングしていた。テーブルの上に椅子が上がっていて、これから掃除する時間だった。夏楓はここの経営者であり店長でもあった。
「店長、遅いですよぉ。もう、ミーティング終わりました。みんな今日が初めての顔合わせで和気あいあいでしたよぉ。ねー?」
お店のとりまとめ役でもあり、夏楓の相棒である
「そうです。もうプライベートで飲みに行く約束しちゃいました」
「そうそう、仕事終わったらお昼から飲み会です」
大学生同士のバイトの2人の
「飲み会は強制じゃないから無理しないでね」
夏楓は時代に合わせた会社にしようと考えていた。小さなカフェだが、福利厚生はしっかりしないとと思っていた。
「俺、社員ですけど、パスしていいですか? お酒飲めないですし集団行動も……仕事はしっかりしますので」
「も、もちろん。でも、橋浦くんだっけ。社員だからさ、今度時間設けるからサシ飲み会はぜひ参加してほしいです。それは大丈夫かな?」
「ええ、2人なら気にしないっす。デートじゃないっすよね」
「あ、当たり前。デートではないよ。しっかり社員の愚痴や不満は聞いていきたいからさ」
「俺は愚痴は言わないっす。ただ、要望は言うかも……」
「例えば?」
「給料上げてほしいとか」
「す、素直だねぇ。でもそれって愚痴にもなるんじゃない? 給料少ないって言いたいのかなぁ?」
夏楓は橋浦の顔をジロジロと見る。恥ずかしくなってそっぽを向く。
(コミュニケーション取れない子は案外仕事できる子なんだよなぁ。むしろお喋りが多い大学生2人が気になるかなぁ?)
腕を組んでスタッフの様子を確かめる。人材を育てるのは大変だなとため息をつきながら、鼻息を荒くして意気込んだ。
「よし、今日はスタッフ育成強化でオープン前にロールプレイングしよう。ゲームみたいに私たち2人がお客さんするからスタッフのみんなは本番と同じようにやってみてくれないかな」
「「「はーい」」」
3人は元気に反応するが、社員の橋浦はぺこっとお辞儀して終わりにした。
相反する反応に少し面白くなってきた。
経営にまわることになって、さらにやる気になった夏楓は仕事に夢中だ。
家庭のことなど全然考える余裕もない。一時的に仕事をしない間は料理をすることもできたが、疲れて帰ることが多く、お惣菜や外食が多くなっていた。それはアメリカにいたときから一緒だった。孝俊は理想の奥さん像を昔からあったようで、結婚してからご飯は作ってくれる、洗濯掃除はやってくれるという思いが強く、ずっと待っていて、頼まれてもずっとスマホをいじっているだけだった。ご飯ができなければ、1人で食べて来るということもあった。仲良く外で食べに行くということは孝俊がご機嫌でなければなかなか行けることはなかった。同じ職場で働いて、同じ屋根の下で住んで、良いところだと思っていたものがすべて覆り、全部嫌なところばかりになった。夏楓は料理も洗濯も掃除も本当はできる人だったが、強制されるのは嫌だった。疲れた時くらい誰かの料理や外食にしたかった。すれ違いが増えた。
なおさら、結婚してからなかなか子どもができず、不妊に悩んでいると実家の両親からの孫がまだかにストレスで耐えられなくなる。ことなおさら、夫婦関係は衰退していく。家の中は夏楓の1人の部屋になっていた。孝俊は金髪のアメリカ女性にうつつを抜かして帰って来なくなった。料理上手で胸もでかく、美人だというらしい。褒れたのはそれだけではなさそうだった。犬が好きだからと共通点を見つけたからと言って結婚生活がうまくいくわけではない。身に染みて感じた。仕事には軌道に乗って、アメリカの他に日本に店舗を増やそうと今回日本に帰って来た。当分はアメリカじゃなく日本で住むことにした。日本に来たと同時になぜか離婚届が送られて来た。愛想つかされたらしい。夏楓は喜んで離婚届にサインと判を押した。
区役所に届けて肩の荷が下りた。新しい人生が始まるんだと気持ちを切り替えて今の生活を楽しんだ矢先に元彼の空翔に会った。何だかもやもやした気持ちが残る。
「社長? 大丈夫ですか?」
大衆食堂でみんなで飲み会をすることになった。本当はパスタのお店でやることになったが、食べ物に好き嫌いがあるという佐々木さんのためにみんなが好きな物があるところを選んだ。お酒の種類も多い。夏楓は上司であるにも関わらず、お酒をがぶがぶ飲んだ。木下美佳が、夏楓の背中をさすった。体調を案じていた。
「えー? もう何だか、ここは天国のようだよぉ。お酒は美味しいし、みんな優しいしさ。私はもう仕事人間で生きようかなぁ~……むにゃむにゃ」
テーブルの上で腕を組んで顔をうずめた。だんだんと眠くなる。
「あーあ。もう、夏楓は飲む場に行くとすぐ酔いつぶれるんだから……いろいろストレスたまってるのかなぁ」
水川輝音は、夏楓の様子を見て、ボヤいた。そこへ、会社の上司とともに訪れていた空翔が近くを通り過ぎた。どこかで見たことある光景だなと凝視する。テーブルで自分の腕を枕に寝ている夏楓がいた。はっと息をのんで驚いた。
(またこんなところで寝てる。デジャブ?)
後頭部をぼりぼりとかいて通り過ぎようとした。すると酔っぱらっていた夏楓が
突然立ち上がった。通り過ぎようとしていた空翔が後ろを振り返った。
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