第5話 細く折れそうな月

「ただいま」

「おかえり」

その一言をかわして、仕事から帰ってきた空翔は、スーパーで買って来た食材を何も言わずに冷蔵庫に入れる。鍋に水を入れて、ガスの火を付けた。今日は、日中暑かったことあって、麺類が食べたいと思った。空翔が選んだ稲庭うどんを袋から出して湯がいた。いつも食事メニューを作るのは空翔の方。年上ってこともあり、1人暮らしも長いからいつの間にかそれが当たり前になっていた。夏楓も気にもせず、流れに沿ってあてがわれたものを黙って食べていた。本音は好きなものを買って自分で作りたかったのを空翔にずっと言えなかった。2人で同じメニューを食べるのが絶対になっていたからだ。通常の平日のペース。何の代り映えのない夕飯時間。他愛もない話をしてテレビを見てくつろいだ。お風呂をそれぞれ入って、寝室に入る。付き合いたての頃は、一緒にお風呂に入って泡を付け合ったり、ベッドでは一緒に寝ることが日課で肌が寄り添っていた。

 同棲をしてから1つのベッドの上に隣同士寝ているにも関わらず、背中合わせに横になる。お互いそれぞれのスマホを見て、いつの間にか就寝になっていた。

恋人であるはずなのに、ものすごく寂しさが増す。

近いのに遠い。

お互いの愛しさが弱まっている。

 寝息を先に立てたのは、夏楓の方だった。スマホ片手に眠っている。画面は好きなお笑い芸人のコントのYouTube映像が流れている。空翔はそっと夏楓のスマホをスリープにして、棚にスマホを置いた。そっとふとんをかけてあげた。

 空翔は窓際に手を伸ばし、カーテンを開けた。

 真っ暗な夜空を窓の外から1人で眺めた。


 今にも折れそうな細く黄色い三日月が煌めいていた。

 不安になって心が折れそうな空翔と同じだ。


◇◇◇


  近所の公園にいる鳩の鳴き声で目を覚ました。


「おはよう」


 空翔は、台所で朝食の準備をしていた。目を擦りながら、夏楓は台所にやってきた。昨日のことは忘れて気持ちを切り替えた。


「おはよ」

「何やっているの?」


 くたっとなったパジャマ代わりのシャツからブラのひもが見える。空翔は黙って、整えてあげた。ハッと気づいた夏楓は頬を赤らめて、恥ずかしそうにする。空翔は、夏颯に飲んでほしいとデパ地下で珍しい紅茶を買っていた。青いパッケージにレモンのイラストが描かれていた。


「これ、見つけたんだ。バタフライピーティー」

「青いね」

「そう、レモン入れると……」

「あ、紫になった」


 透明なコップに入った大きい氷とティーパックが揺れる。そこにレモンを絞り入れると青かった紅茶がマドラーで混ざり、一瞬にして紫になった透き通った氷に反射して見えてなおさら綺麗だった。日常に変化をつけようとしたんだ。夏楓を四転ばせてあげることに必死だった。でもそれは独りよがりだったのかもしれない。体の関係より、日常の心を満たす行動の方がいいだろうと考えをチェンジした。夏楓本人はもう、空翔のことに思い入れはなく、すでに手遅れだった。







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