第3話 見たくないものを見た
後ろ髪を引かれるようにふと夏楓が出かけた後、玄関掃除をした。
いつもはこまめにしないのにほうきで軽くはいた。
砂ほこりが少しあるなと目についた。ほっとした。
掃除をして少し心が軽くなった気がした。
靴を整えて、棚を見ると、夏楓のスマホが置いてあった。
急いでいたわけじゃないのに珍しいなと思い、空翔は、まだ近くにいるだろうとサンダルを履いて夏楓を追いかけた。大事な物だ。
バタンと玄関のドアが閉まる。鍵は閉めずに慌て駆け出した。アパートを出てすぐの歩道に出ると、夏楓は笑顔で誰かに手を振って横断歩道を渡っていた。
手を挙げて呼び止めて、スマホを渡そうとしたが空翔は躊躇した。一度挙げた右手をおろす。歩行者信号機の音が耳に大きく響く。
空翔は、遠くから夏楓と仲睦まじいそうに会話する人を見て、自信をなくした。
話していたその人は、空翔の高校の同級生だとは絶対に夏楓には言えない。3年間ずっと同じクラスだった友達だ。
比べられて、余計に自分が惨めになるのが嫌だった。背恰好と年齢も一緒。大学は違うけども、同じ土俵に立ったところで勝てるわけじゃない。学歴とか収入とか関係ないんだろうなと感じる。別に稼いでないわけじゃないし、不自由をさせたこともない。よりにもよって、どうして僕の知っている人と一緒にいるのだろう。紹介したわけじゃない。高校卒業後、しばらく会ってない。
空翔は夏楓を追いかけるのをやめて、遠くから2人を眺めていた。
何がそんなに楽しいのか笑い合っている。空翔には見せない顔だ。
大学サークルの飲み会に行くと言っていたのにコーヒー専門のカフェに2人で入ろうとしている。珈琲のことを詳しい夏楓に空翔が一緒に行こうと言っても嫌がった所だった。右回りに振り返り、夏楓のスマホはポケットに入れた。
世間は狭いというが、こんなに狭いのは神様のいたずらかとさえ思う。
がっくりと絶望した。夏楓のスマホは元あった玄関の棚に戻した。気づかなかったことにしようと考えた。
家のリビングのテレビリモコンの電源をつけたが、どんなチャンネルを変えても面白いと思うものが見つからず、何度もチャンネルを変えて、ただただ時を過ぎるのを待った。だめだ、今はテレビを見ない方がいいんだ。すぐに電源を落として、ソファに横になった。腕で顔を隠して、目をつぶる。
忘れようと思っても頭の中は、さっきの夏楓の笑う姿が思い浮かぶ。
空翔の前であの顔を見せたのは最近だといつだったのか。
思い出そうとしても思い出せない。そんなことを考えながらいつの間にか眠りについた。
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