大学生の僕と君(彼女)は尋常じゃないほどの頻度でエッチをしていた。快楽主義的な幸せが幸福の全てであったならどれだけ幸せだっただろうか。とどのつまりNTRは向こうから……
第1話 刹那的快楽の連続にある無限性に閉じこもっていたい
大学生の僕と君(彼女)は尋常じゃないほどの頻度でエッチをしていた。快楽主義的な幸せが幸福の全てであったならどれだけ幸せだっただろうか。とどのつまりNTRは向こうから……
ネムノキ
第1話 刹那的快楽の連続にある無限性に閉じこもっていたい
お上りさんとして、
竜介は、実家から離れるとき、特になにも感じなかった。あの窮屈な、地方の廃れた、何も残すことのできなかった、物腰の低い町としての、向上心に欠けた雰囲気から逃れることができたと思うと、本当にせいせいする。
あの町は、すでに諦めていた。なにもかも。腰がエビのように曲がった人ばかりだったし、話の合うやつなんて、家族の兄弟くらいしかいなかった。なにせ、小中高が同じ一つの敷地に詰め込まれているような、ド田舎であったわけだから、若者と呼ばれるものは必然的に少なかった。若者が集まってくることなんて、当然なかった。
あの町に入ってくる人なんて、ほとんどが都会の孤独に圧し潰されてしまったような(正直にいってしまえば)部外者であったし、出ていく人はといえば、その問題として取り上げられている、若者であるわけだ。つまり、マイナスだけが、この町の本質……。
しかし、大学へ入学して少し落ち着いてきたころに考えてみると、マイナスであること、プラスであることの価値基準、そのベクトルの方向性とでもいうのだろうか。それは一体なにによって決定されているのか。そういったことを考えてみたことがあった。要するに、どうしてプラスであることが良しとされるのか、と。
マイナスとプラス。プラスでなくてはならない。それは、どのようなプラス?何の価値基準によって比較検討される、プラス……?
竜介はそういうことを考えると、決まってとても憂鬱な気持ちになる。それは出口の少しも見えない問題であるからのように思う。経済的状況や人間の精神的状況、環境的状況など。その全てに、いってしまえば、プラスとマイナスのような二極化された価値観の構造が見えてくるように思える。そしてそこには、無言のプラスへの執着があるように見える。それが、あらゆる幸福、様々なる定義の幸福の根底に、静かにそして原理的なものとして流れているように思えてきてしまう。
夏目漱石の『こゝろ』という小説に『精神的に向上心のない者はばかだ』というセリフがあったように思う。それもまさしく、そのような無言のプラスへの執着を暗示しているともいえる……。
二極化された構造。それは言語体系において、物事を整理するため、簡略化するために、非常に重要な役割を担っているといえる。そしてその言語的体系に囚われる身として、二極化された概念領域のなかに、プラスとマイナスという方向性を定義し、向上心的なものを是とする、幸福になるための実際的な精神的手段を獲得する……。
しかし、そのような主観的な解釈を通してそれらを見つめていると、その幸福になるための実際的な精神的手段を無条件に肯定するばかりでもいけないのではないかと思えてきてしまう。それは大学生になった竜介としても、個人的な問題になりつつあったし、年上の先輩たちの話を聞いていると、かなりの実感を伴わざるを得ない現象として、露呈しているのだ。
研究室で何もやることを見つけられない先輩
留年をし続けているようで、同期にも関わらず2つも3つも年上の…先輩?
受験戦争で燃え尽きてしまったのか、講義中にPCでツ〇ッターばかりしている、教室内の学生……?
……
……
……
竜介は少なくとも、その向上心というものに駆られて都会の大学に入学してきたうちの一人だ。そしてそれは、竜介だけでないことは確かだ。みんながみんな、それぞれの向上心というものに駆られて、ここにやってきているはずだ。
しかし、竜介は学んだ。向上心というものにも、限りがあるのだと。そしてそれは、今現在の日本人の場合、とても早くに訪れてしまうのだとも。程度の差こそあれ。必ず、それはいつかは擦り切れてしまう……。
「なんだ、これは?」
竜介はそのとき、大学生というものの、性質を見た。大学生活をしばらく送っている間に、その実態を見た。コロナ禍を挟み、受動的で強制的な要因はあったとしても、その向上心の擦り切れてしまうものの、多さを見た。
……
……
……
そもそも、向上心とはなにか。擦り切れやすく見えてしまうのは、竜介の錯覚であるのか。それが大学時代において訪れやすくなってしまうのは、勘違いなのか…?
向上心の喪失に直面して、どうしてこんなにも多くの人が絶望したような表情をして、日々を生活しているのか…?
まだ若いのに。まだまだ健康的な肉体であるのに。どうして、そこまで思いつめてしまっているのか…?
向上心。それは何の理解もえないままに、従ってしまっていいものではないように、竜介には思える。
向上心を綺麗さっぱり捨て去る生き方をするか、それともそれにどっぷりと浸った生き方をするか。人生はその二極化のなかにあるともいえるし、そのグラデーションのなかに、人々は点在しているともいえる。中庸を選択しなさいと抽象的な言葉で済ますのではなくて、竜介を含むあらゆる存在は、少なくともその意味において、個人的な判断のもとで、具体的な選択を強いられることだろう。それが合っているか、間違っているかに関わらず……。
……
……
……
竜介は竜介で、その自らの存在に対して、悩んでいる。どのように生きれば、幸せであれるかと。それは一生の命題であるように思えるし、投げ出そうと思えば、簡単に投げ出せるような些細な悩みであるかもしれない。
しかし、竜介は大学生だった。平日を休みにしようと思えば、いつでもそのようにできたし、毎日が休日になったり、毎日が仕事的な日になることも、自由に選択ができる身分だった。
だからこそというべきだろうか。竜介は嫌でもそのような『満たされた人生』というものについて、際限なく考えてしまう。そのようなご身分であるからこその、贅沢な悩みともいえるのかもしれない。ほんとうに、客観的にみてみれば、ひどく馬鹿げた贅沢すぎる悩み……。
「あれ……僕はなんのために上を見続けているんだろう?」
大学1年生の春休み。期末考査が終わって、単位取得の結果がわかるまで、まだまだ時間が掛かかるといった、そのような時分。
竜介の頭のなかにふと、そのような意識が芽生えた。それは唐突な出来事だった。何の前触れもなかった。やることがなくなったときに、ふっと訪れる、刹那的で底の知れない、存在自体へと響くような、そういうぼんやりとした恐怖だった。
「そもそも、今まで目指してきた上とはなんだったんだろう。この大学? 具体性の欠けた夢? それは虚構だった? そもそも目指すべき対象を僕は個人的なレベルで設定できていたのか…? そもそも向上心はその精神状態の持続性にこそ価値があって、その対象となるものは特に重要ではないのか?」
自分で人生のあらゆる物事を選択してきたつもりでいて、実際には少しもそれは選択ではなかった。選択のように思えている、受動的行動。価値観へのフリーライド。
竜介は価値観へのフリーライダーだった…!?
……
……
……
大学1年生の春休み。二月上旬頃。
竜介は、多くの大学生と同じように暇を持て余していた。それまでは、その暇を埋めるために様々なアルバイトに手を出したり、飲み会に参加したり、友達と遊んだり、無駄に予定を詰め込んでいた。暇を非目的性の行動ばかりで埋め尽くして、わざと忙しいフリをしていた。
しかし、それも長くは続かなかった。忙しくなることに酔いしれるほど、竜介はその単調性に順応することができなかった。
暇のなかにある竜介自身の、存在の意味について、訳の分からないほどに不明瞭な自問自答を繰り返し続けていた。
そして、それに疲れ果ててしまったとき。
竜介は彼女の
冬の寒いなか。暖房も一切かけることなく、極寒ともいえるような室内のなかで、汗をかくほどに、情熱的な交わりを凄まじい頻度で繰り返した。
そうすることで、何事も少しずつ、前に進んでいくような気がしていた。それはとても根拠の乏しい、前向きな希望だった。そして、その希望はまだ出現したばかりのものだった。
そのような時分。
竜介はいわば、どっぷりと大学生の長くて短いともいえる、4年間モラトリアムの只中に浸っていたのだ。深く、相互的に……。精神的に、肉体的に……。
快楽主義的な幸せの麻薬のなかで……。
刹那的な快楽の連続のなかで、その無限性の錯覚に陥っていたのだ。これでいい、これでいいんだ、といったふうな、安心の連続から得られる安寧。それが今の竜介の存在のリアル。難しいことを保留しつつ、今は一種の幸せに満たされていること。気持ちのいいことのなかで、いつかは『それ』も解決するだろうというふうな心持ちでいること。
それが竜介の存在のリアル。自らのアイデンティティについて、その悩みをいわば、肉体的快楽で中和しているといったふうな現状。
「竜介、いまは私のことだけ考えて。それだけでいいの。そうするだけで、ほら。私たちはこんなにも幸せになれる。だからさ、人生はその連続で満たされればいいんだよ。気持ちのいいことだけで、満たされれば私たちはもう何も、悩み続けることはないんだよ。これは、とても簡単で、そして根源的な幸せに直結していると、そうは思わない…?」
快楽の連続、そしてその総量。
寧々は、なにやら統計的に国民を幸せにする方法を模索する政治家のような口調と内容で、竜介と肉体的に交わっている。
寧々の女性的なふくらみのなかに、竜介は顔をうずめる。
なるほど。確かにそのときに、竜介は幸せだと思った。寧々の体温とふくらみの柔らかさと、汗の濃厚な官能と……。そのような快楽が頭をくらくらとさせる。そんな幸せ……。
……
……
……
「僕たちはこのままでいいんだろうか。たまにある親からの仕送りと、無利子の奨学金とで、何不自由のない生活を送れている最中に、何か大切なものを見失ってはいないだろうか。コロナ禍ですっかりと増えてしまったオンライン授業で、僕たちの向上心について、その虚構性を強制的に考えさせられる機会が与えられたと考えることはできないだろうか。『君の目指していたもの』は用意されていたものに過ぎず、目指すべきものは本来『君のこころのうちにあるべき』だったということについて、僕たちはいまこそ深く考えるべきなんじゃないだろうか」
竜介は、寧々と一つになりながら、そして寧々の上に覆いかぶさって、そのようなことを語りかける。それは、快楽のなかにあるからこそできる、とてもネガティブで抽象的な悩みであるように思える。
寧々は快楽で顔を歪ませながら、竜介に接吻を求める。そして、一応の言葉を竜介に送る。
「竜介は向上心に毒されているのよ。どうして快楽だけでは満足できないのかしら。ねぇ……竜介。私はいまとっても幸せだよ。それでいいじゃない。たったのそれだけで」
寧々が次第に過激さをもってして、竜介をその刺激的な快楽へと誘い始めた。それは竜介にこの上ないほどの、頭が真っ白になるほどの、快楽を与える。たしかに、そこには、幸せがあった。
それだけでは足りないと思うような、竜介の幸せがあった……
「ね、ねね。寧々……」
竜介の孤独な声が、カーテンを閉ざした、夕焼けの都会の存在が漏れ入る部屋のなかに切なく響いた。
大学生の僕と君(彼女)は尋常じゃないほどの頻度でエッチをしていた。快楽主義的な幸せが幸福の全てであったならどれだけ幸せだっただろうか。とどのつまりNTRは向こうから…… ネムノキ @nemunoki7
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