第2話 石板の謎

マナティは早速アンディに連絡を取り、前回の石板調査の情報だけでは十分でないとの主旨を伝え、再調査の必要性を訴えた。


「僕たち南十字と北十字が集う波照間島で不思議な体験をしたんです。何て言うか、つまり、大空にオーロラのような幕が下りて来て、そこに地球の歩みを振り返るような映像が映し出されるのを観たんです。それもなんとその中に僕らも登場し、過去を俯瞰せよという鯨らしき姿からのメッセージが聞こえて来たんです。そして、明くる日に不思議な老人が『この島は世界の果てる間になるという言い伝えがある』って言うんです。僕ら何か神の啓示を受けたようで怖いながらも使命感に目覚めちゃったんですよね。」


「千葉君、君たちはやっぱりそこに行くべくして行ったようだね。それに『世界が果てる』という意味も気になるなあ。」


「そうなんですよ。だから、波照間島に行くヒントを得た剣山の石板をもっと詳細に調べたらさらに新しいヒントが見つかるんじゃないかと思ったんです。」


「確かに君の言うことにも一理ありそうだなあ。もう一度調査してみるか。」



夏山シーズンたけなわの8月、二人は再び徳島県美馬市の標高2千メートル近くある剣山の頂上を目指していた。その頃、剣山界隈は、前回調査の情報が広まって多くの野次馬的観光客で賑わっていた。劔山本宮劔神社では、神主の宮部さんが、参拝客の急増に嬉しい反面、大変な状況に頭を抱えていた。さらに、地元テレビ局の撮影も重なって、大わらわである。そんなところに、石板の掘り出しを依頼したものだから、柔和な宮部さんもけんもほろろという状況で、とても協力してもらえる状況ではなかった。


二人は困り果てて出した結論が、テレビ局に石板掘り出しのいわゆる宝探し実況ドキュメンタリー番組を持ち掛け、テレビ局から宮部さんや氏子の皆さんを説得してもらうという奇策だった。このアイデアはリスクがあるものの意外とうまく事が運んで今回のイベントを迎えたのだった。



前回と同様、予てより依頼していた劔山本宮劔神社でお祓いを受けると、神主の宮部さんと共に見ノ越駅から剣山観光リフトで西島駅まで向かい、そこから徒歩で40分ほど山を登って劔山本宮宝蔵石神社の磐座に向かう。ただし、前回と違っているのは、テレビ局のカメラが同行しているのと、石板掘り出しのための職人さんと工事用道具一式を携行して行くことぐらいである。磐座に着くと、早速苔むした石板の掘り出しについて、討議が行われた。そして、いよいよ掘り出し作業を始めようとするや否やまた、突然雲行きが怪しくなり、雷鳴と共に大粒の雨が降り出した。しかし、それを気に留めることなく職人の岩多さんが作業を始めると突然落雷が襲い彼は崖下に落下した。皆は急いで救助に向かい救急隊のヘリを依頼したが、病院に担ぎ込まれた時には既に絶命していた。



報道関係者も慌てて実況番組の中止を余儀なくされた。


一般観光客も恐れをなして下山を始めた。そして、石板掘り出し隊一行も仕方なく下山することになったのだが、マナティはまだ諦めきれない様子だった。


「安藤先生、僕はやっぱりここに残りますよ。」


「何を言うんだ。人一人亡くなったんだぞ。君の気持はよくわかるが、ここで無理に決行してもしまた何かあったら、取り返しのつかないことになるぞ。世間の非難や誹謗中傷に晒されることになるんだよ。このまま下山したって、週刊誌の餌食になるのは避けられないだろうがね。」


「やっぱり僕らの行為は神に背いてしまったということなんでしょうか?」


「それは私にもよくわからないが、今はしばらく様子を見て、機会を待つのが得策じゃないかな。我々は開けてはいけないパンドラの箱を開けようとしていたのかも知れない。」


「そうですね。わかりました。」



アンディとマナティも他のメンバーと共に下山して行った。


彼らが下山すると、待ち構えていたマスコミの取材攻勢が容赦なく詰めかけて来た。


アンディは別途記者会見の場を設定してもらい、後日準備をして番組プロデューサーと共に会見に臨むようテレビ局と交渉した。




しかし、マナティはあの時波照間島で見た空の光景はやはり神が自分たちをこの謎解きに導いているとしか思えなかった。


「ねえ、ミオ、波照間島で僕らが見たあの光景は幻だったんだろうか? 僕らは開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったんだろうか?」


「そんなことないわ。私たち二人で同じ幻を見るなんてあり得ないわ。剣山の事件は私たちへの試練と捉えるべきじゃない? 世間がどう言おうと、あなた達のやったことは間違いじゃないと思うよ。」


「君がそう言ってくれると多少なりとも救われた気分になるよ。」




あの事件から半年が経ち、ネット上の誹謗中傷や嫌がらせの電話も落ち着きを取り戻そうとしていた。



「でもこれからどうすればいいんだろう? もう剣山に登って調べるなんてことはできそうもないしな。」


「そうね。安藤先生は何て言っているの?」


「最近は表立った行動はしていないみたい。ひっそりと大学の研究室に籠って何か本を書いているらしい。」


「マナティ、あなたも本を書いてみれば?」


「何の本を書くんだい?」


「私たちが見た光景についてよ。あれは私たちに来るべき未来について備えるために世界の歴史を俯瞰するようにとのメッセージだったと捉えるわ。」


「確かにそうだな。じゃあ、僕らが見た世界の歴史と来るべき未来についての預言を本にするってこと?」


「そうね。でも、安藤先生も同じようなことを考えているのかも知れないじゃない? そうだとしたらマナティも私たちが見た光景についてもっと詳しく先生に伝えて執筆に協力してあげればどうかしら?」


「君の言う通りだね。安藤先生の実績を以てすれば、一冊の本でも世の中に広まり賛同者を増やすことができるかも知れないな。」



明くる日、マナティはアンディに連絡を取った。


「先生の書かれている本は今回の剣山の一件を題材にされているんですか? 」


「そうなんだ。剣山の件で皆が困惑していると思う。僕はその誤解を解く必要があると思ってね。君たちが見たという光景も参考に聞かせてほしいと思っている。」


「それはちょうどよかったです。波照間島の光景を見た僕たちも先生の執筆に是非協力させてほしいと思っていたところなんです。」


「ありがとう。それは助かるね。それじゃあ、前に出会った時のように、君の最愛の人と僕がお世話になったその友人も交えてゆっくり語り合いたいと思うがいかがだろうか?」


「もちろんです。ミオとハルも交えて一緒に話する場を設定しますね。少しお酒も入った方がいいですよね?」


「そうだな。そのほうがザックバランに話ができていいかも知れないね。」


「わかりました。では、来週の金曜日18時くらいからでいかがですか?」


「大丈夫だよ。」


「じゃあ、場所を予約してまた連絡します。」


「ありがとう。よろしく頼む。」


そう言って、再び4人が会することになった。




マナティが設定してくれたカフェは、教会通りを過ぎて、夕暮れ時に明かりが灯り始めた荻窪界隈の少し外れにあった。


アンディは中央線を東京方面に少し上って荻窪駅で降りると、スマホで場所を確認して、青梅街道を北西にしばらく歩いて行った。


店に入ると、やはり皆揃って待っていてくれた。


「皆さん、久しぶり。変わりなかったかね? 」


「先生お久しぶりです。例の一件は応えたけど、みんなもう大丈夫ですよ。」


マナティが笑顔で答えた。


「そうか、それを聞いて少しほっとしたよ。僕もあの一件があってから、世間から遠ざかっていたが、このままじゃいけないと思って古代エジプトから日本へと延々とつながるソロモン王の系統を本に書き始めたんだが、千葉君たちが波照間島で見たという不思議な光景が気になってね、その情報も踏まえた形でまとめられればと思い、千葉君に今日こんな場を設定してもらったわけだ。そういうわけで、今日は千葉君と立花さんには波照間島での出来事をつぶさに振り返ってもらいたい。そして、僕の仮説でもあるヨセフ=ソロモンという観点で、クリスチャンの井川さんには、聖書などの視点も交えてお知恵を拝借したい。」


「わかりました。」


一同が賛同を伝えた後で、ハルが口火を切った。


「先生、そうでしたね。ヨセフとソロモン王は同一人物という大胆な仮説を打ち立てられたんですよね。でも、確かに日本にその痕跡があるような気がするから、私も固定観念に捕らわれずに自由に発想してみたいと思います。」


「ところで、ハル、あなたはいつもすぐ近くの荻窪の教会に通っているんだよね。」


ミオがハルに声をかけた。


「そうよ。プロテスタントでは古くから日本のキリスト教の先駆けになってるとっても素敵な教会よ。病院も併設されているわ。」


「そうなんだ。僕がここに来る途中に教会通りってあったけど、その辺りかな?」


アンディが確認するとハルが相槌を打った。


「そうです。」


「じゃあ、みんなお腹が空いていると思うので、まずは適当にツマミやパスタなどを頼んでビールで乾杯しましょうか?」


そう言ってマナティが早速オーダーを頼むと、皆で乾杯した。



ひとしきり酒や食事に興じた後、アンディが自説を切り出した。


「例のソロモンの秘宝なんだが、ユダヤの王の宝が日本につながっているって不思議だとは思わないか? 僕は聖書を読んでいて思ったんだが、ソロモン王とイエスキリストがつながっているんじゃないかと思えて来たんだよ。」


「ええっ、先生はイエスキリストもソロモン王と同一人物だっておっしゃるんですか? 」


「でも年代がまったく違うでしょ。」


「そうなんだが、イエスキリストそのものはユダヤ戦争などで磔に会った殉教者たちを象徴しているんじゃないかと思っててね。」


「実在の人物じゃないってこと?」


「まあ、そんなところかな。」


「確かに、イエスの父親はソロモン王に比定したヨセフと同名で、その父もヤコブだから何となく類似した系譜だけど、イエスキリストはヨセフの子だからソロモンの子ということになりますよ。」


「そこなんだが、イエスはヨセフの妻マリヤが処女のまま受胎したとされているので、実はヨセフ自身がイエスとなったと言えないだろうか?」


「面白い推理ですね。そうすれば確かにヨセフ=ソロモン=イエスキリストということになりますね。」


「そうだろう。聖書を始め多くのキリスト教に関わる書ではイエスはイスラエル王家の血筋を引いていることになっているんだ。」


「先生の言うとおりね。新約聖書の巻末にも『ヨハネの黙示録』という預言書があるんですけど、それにもイエスキリスト自身が自分は『ダビデの若枝』と述べるくだりがあるんですよ。旧約聖書に収められた三大預言書の一つに数えられるイザヤ書によると『若枝』とはダビデの父エッサイの株から芽が出た若枝とされるので、つまりダビデ王家の子孫ということになるんです。直下の子孫とすればソロモンということになりますね。そして、このイザヤ書は紀元前8世紀頃、つまり、ソロモン王の治世の後のバビロン捕囚に至るまでの間の時期に成立したとされており、正義に基づいて統治することが謳われ敵味方双方が許し合う平和の預言書として、キリスト教発足の礎になったとも言われており、プロテスタント系キリスト教派でも重要視されているんです。」


「でもヨハネの黙示録だって新約聖書の一つだし、イザヤ書だって旧約聖書の一つだから、結局はキリスト教徒やユダヤ民族だけの話じゃないのかな?」


「それは違うと思うわ。何故ユダヤの民が流浪することになったのか、キリスト教の伝道者が命の危険を顧みず海を越えて世界に福音をもたらしたのか、私はそこにはきっと神の意思があると思うの。ヨハネの黙示録には、14章6節に『私は、もうひとりの御使が中空を飛ぶのを見た。彼は地に住む者、すなわち、あらゆる国民、部族、国語、民族に宣のべ伝えるために、永遠の福音を携えてきて、・・・』とあるのよ。2章には7つの教会への指導教化の指示内容が書いてあって、7つの教会とはエペソ、スミルナ、ペルガモ、テアテラ、サルデス、ヒラデルヒヤ、ラオデキヤと記されているけど、これらは同時にカトリック、プロテスタント、正教会、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教、ユダヤ教などの現在に至る世界の七大宗教を暗示しているとすると、さっきの『あらゆる国民、部族、国語、民族』という記述が現代にも当てはまるのよ。そして、7章には小羊が第七の封印を解く前に『日の出る方から上がって来る御使い』が神の僕である聖徒たちに印を押すまでその災害の発生を待つよう告げる場面があるんだけど、その日の出る方が日本だとすると、ユダヤ同祖論や剣山のソロモンの秘宝伝説の信憑性も高まって来ますよね。」


ハルはさらに続けた。


「4章6節に『御座の前は、水晶に似たガラスの海のようであった。』と記されていて、15章2節に『また私は、火の混じったガラスの海のようなものを見た。そして、このガラスの海のそばに、獣とその像とその名の数字とにうち勝った人々が、神の立琴を手にして立っているのを見た。』というくだりもあるのよ。この『ガラスの海』が何を指すかは不明だけど、例えば御座が南十字星と北十字星を指すとすると、その前に横たわる『ガラスの海』とは波照間島から見た透き通った紺碧の海を指しているとは言えないでしょうか? それがミオやマナティが波照間島から見た南太平洋の光景に象徴されるとすると、それは世界の果てる間に出くわしたということになるような気がするわ。そして、立琴とは竪琴のことで、南西諸島の沖縄や奄美、鹿児島などに伝わる琉琴、奄美竪琴、薩摩竪琴かも知れない。」


「そうだな。千葉君たちはそれを告げるために波照間島の光景を見せられたんじゃないだろうか。そして、世界にそれを伝える使命を与えられたとは思わないか? 」


「わかりましたよ。確かに僕らがそのために世界のこれまでの歴史を俯瞰して見せてもらったとしよう。でも、これからの未来の姿はどうすれば見えるの? 」


「例えば預言書であるヨハネの黙示録に記されていると思わない? そして、過去の姿はその黙示録と波照間島で見た光景とを照らし合わせて行けばわかるかも知れない。必ずしも時代を追って記述されているとは限らないけど、これらの照合によって、現在の姿も概ね浮かび上がって来るような気がするわ。」


「確かにそうだな。預言書は比喩表現が多いから具体的に発生する事象を特定することは難しいかも知れないが、概ね予測できるかも知れないな。例の石板に何か新しい情報が埋め込まれていたとしても、僕らが今考えていることに近づくためのヒントなのかも知れないしな。まあ、今となってはどうしようもないが。」



そして、マナティとミオが見た光景を反芻しながら、皆でヨハネの黙示録と照らし合わせて行った。


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