第78話 とある少女のリアクション
――あえてもう一度言うが、食べ盛りの少年少女を舐めてはいけない。
何が言いたいかと言うと、大人数での突き鍋(しゃぶしゃぶだけど)は、大戦争なのだ。
さっきから肉も野菜も入れまくっているのに、もの凄いスピードで消えていく。
「やはり、しゃぶしゃぶ肉は国産に限るっすね!」
「あらあら、確かさっきメニュー表にはオーストラリア産と書かれていたような気がしますが……」
「え! あー、わかってましたよ!? 日本もオーストラリアも国っていう枠組みは変わらないから、そういう意味で国産って言っただけっす!」
どういう意味だ。少し大雑把すぎないか?
「決して、ウチが味の違いのわからないバカ舌だとか、そういうわけじゃないっすからね!」
う~ん、梅雨さんが必至に弁解しているが、少し難しい気がするぞ?
そんな風に思いつつ、俺は自分の肉を黙々と食べる……あれ、二枚とったはずの牛肉がいつの間にか一枚になってるぞ? おかしいな。
俺は何となく思い立って横を見ると、俺と目が合った七禍が、ビクリと肩を振るわせて目を逸らす。
――おい、吹けもしない口笛を吹くな。
まったく、仕方の無いヤツだ。
なんで怒らないの? って思われるかもしれないが、なんというか……年下の女の子には、つい甘えさせたくなるのだ。
一応言っておくが、シスコンとかではない。断じてない。
そんな風に自分を納得させていると、不意に正面に座る熊猫さんが話しかけてきた。
「そういえば、矢羽さんは今日がプロ冒険者としての初仕事だったんですよね?」
「はい、まあ」
「どうして、プロ冒険者になりたいと思ったんですぅ?」
おっとりした雰囲気で、そう問いかけてくる熊猫さん。
その様子に、動物園でいつものんびりしているパンダの様子を思い浮かべながら、俺は答えた。
「まあ、いろいろです。ご存じの通り、例の生配信で目立ってしまったり、学校の生徒に正体がバレたりして、もう仕方ないというか、毒食えば皿までで、気付いたらここにいたって感じですかね」
「そうなんですねぇ」
「……でも」
「でも?」
俺は少し考えてから、意を決して話した。
「苦労を掛けてしまってる妹のために、貯金したかったっていうのが一番の理由ですかね」
そう答えた矢先。
ぽちゃん。と、何かが落ちる音が響いた。
見れば、右斜め前に座っているあさりさんの箸から、肉が滑り堕ちてしまっていた。
「どしたんすか、あさりさん」
「っ! な、なんでもないなんでもない!」
笑いながら箸を口に運んでいる――何も掴んでいない箸を。
「そうですかぁ。矢羽さんは、妹さんのことが大好きなんですね」
「それはまあ、ずっと一緒に育ってきましたし、好きですけど」
ガシャン!
またもや変な音が聞こえて、反射的にそちらを向くと、またもやあさりさんがやらかしていた。
今度は、お椀を取り落としてしまったようで、ひっくり返っていた。
幸いにも、具は食べきっていたようで被害は少ないが――
「だ、大丈夫ですか?」
「だ、だ、大丈夫です!」
流石に心配で声をかけると、あさりさんは焦ったようにお椀を拾い上げる。
なんなんだ、さっきから。
と、そんなあさりさんの様子を訳知り顔で見ていた梅雨さんが、容赦なく爆弾を放り投げた。
「あー。そういえば、今日最初は食事会に行かないって行っていたのに、あなたが来ると知った途端掌を返してたっすよ。たぶん、憧れの人が話す度に、緊張してるんじゃ――」
「わぁああああああああ! ちょ、梅雨さん!?」
顔を真っ赤にしたあさりさんが、慌てて熊猫さんの向こうにいる梅雨の口を塞ごうと手を伸ばすが、梅雨はそれをひょいと避ける。
「まあ、恥ずかしがることないんじゃないっすか? 全然あなたとは関係ない話題で挙動不審になってるなんて、勿体ないっすよ。気になる人には、もっとぐいぐい行かなきゃ!」
「ちょ、あの、だから違うってぇえええええええ!」
顔を真っ赤にして怒るあさりさんと、ひょいひょいと逃げる梅雨さんの図。
なんというか……女の子のももいろ空間は、思春期男子的にごちそうさまですという感じなのだが、その中心に俺がいるのはちょっと解せない。
嬉しい嬉しくないの問題じゃなく、反応に困るのだ。
だから直人、「モテ男は辛いねぇ」みたいな視線を向けてこないでくれ。
あと七禍、どさくさに紛れてまた俺のお椀から肉を奪おうとするんじゃない。
少しばかりお椀をずらすと、七禍の箸が空を切る。七禍が恨めしそうな視線を向けてくるが、正直こちらはそれどころではない。
この修羅場を前に、俺は空気になることを決める。
そんな感じで、心を無にしていると――不意に事件が起きる。
「っと……あともう少しじゃ」
「七禍?」
鍋の方に、小さな手が伸びているのに気付く。
俺のお椀から肉を奪えないと悟ったのだろう。七禍が、無理矢理手を伸ばして、少し遠くにあるお肉をとろうとしていたのだ。
それも――お肉禁止令を出した、直人の目を盗むために、彼の方に意識を向けて。
「ちょ、危ない!」
慌てて気付いたが、一歩遅かった。
「熱ッ!!」
七禍の悲鳴が場を満たす。
鍋の方に注意を向けずに、無理矢理遠くのお肉をとろうとした彼女の腕が、熱く熱された鍋の縁に触れてしまったのだ。
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