第53話 ”毒の魔王”戦、決着

《翔視点》


 潮江さんに肩を貸した英次が、後ろへ下がった。

 近くに“《回復師(ヒーラー)”の少女がいるから、彼女に治して貰えるだろう。

 故に、そちらの方は心配要らない。

 俺は、俺のやるべきことに集中しよう。


 起き上がったヴェノム・キング・デーモンが咆哮する。

 それと同時に、瘴気を放とうとするが――


「属性は氷・威力は中・数は100――“アイシクル・アロー・ショット”!」


 それよりも早く、俺が放った100本の氷の矢がヴェノム・キング・デーモンへ殺到する。

 それらは、ドロドロの身体にいくつも刺さり、肉体の一部が千切れて飛んで行く。


ここまでは、通常通り。

が、千切れた肉体のブロックが、まとめて氷付けになった。言わずもがな、氷の矢の影響である。

 

「さっき風で吹き飛ばしたときの反応を見る限り、『再生』とは少し違うみたいだな。お前は、不定形の身体を持っているから、ただの物理攻撃じゃ効果が薄い。肉体をそのまま通過する。そして、攻撃を受けて肉体が崩れたら、散らばったパーツを身体に戻すことで、『修復』しているんだ」


 だったら、なんてことはない。

 前回、ダンジョンの暴走で狂暴化したゴーレムは、核もないのに再生するとかいう、反則級のことをやってきた。


 が、今回は違う。

 敵が無限再生持ちなのではなく、ただ肉体を修復しているだけなら、いくらでもやりようはある。

 例えば、バラバラにした肉体を片っ端から氷付けにして、肉体に戻るのを阻害するとか。


 現に、バラバラに散らばった肉体は、なんとか元の場所に戻ろうとするも、氷の殻が邪魔をして上手くいっていない。


 こんなもの、ジグソーパズルの凹凸を無理矢理加工して組めなくするのと、何ら変わらないのだ。


 こんな簡単なことに、“魔術師マジシャン”である君塚が気付かなかったというのも、失笑ものだが……そこまで頭が回らなかったのか。それとも、恐慌状態でそれどころじゃなかったとかだろう。


 追い詰められたヴェノム・キング・デーモンは、それでも起死回生の一手を撃とうとする。


 攻防のせいで、目に貼り付けた黒い果汁は半分以上が剥がれ落ち、赤い瞳が露わになっている。

 その目で俺を睨み、睨まれた者すべてを恐怖のどん底に陥れる凶悪スキルを放とうとする。が。


「悪いけど、これ以上は油断しない!」


 俺は即座に「爆発矢」を矢筒から二本抜いて、敵めがけて放つ。

 放たれた二本の矢は、狙い過つことなく、今まさに不穏な輝きと共に俺を睨みつけようとしていた二つの赤い目に着弾。


 刹那、深く突き刺さった鏃がオレンジ色に灼熱し、爆発した。

 当然、ゼロ距離――というか、目の中に侵入しているから実質マイナス距離で炸裂の煽りを受けたヴェノム・キング・デーモンの目が、頭部ごと爆散した。


 身体の大部分をえぐり取られ、斜めに傾いたヴェノム・キング・デーモンが、思わず一歩後ずさる。

 それでもまだ、瘴気を吐き出し抵抗を試みるヴェノム・キング・デーモン。


 が、所詮は凶悪な瘴気しか攻撃手段がない木偶の坊だ。


「“ウィンド・インパクト・アロー”」


 無造作に放った風の矢が、全てを後方へ流し、一切を寄せ付けない。

 更に、突風の壁は凍り付かずに残ったドロドロの肉体を引きはがしていく。

 後には、不自然に空中に浮いている青黒い球体が残った。

 これが、散り散りになった肉体を寄せ集める物体――いわゆる、ヴェノム・キング・デーモンを構成する核だろう。


 あれだけ氷の矢の雨を受け、更に真正面からの突風を受けても、そこだけは傷一つついていない。

 試しに、火属性の“ファイア・アロー”を放ってみたのだが、まるで手応えがなかった。

 

 流石は、Sランクモンスターの核というだけある。おそらく、高い魔法スキル耐性があるから、火や水、風、土といった属性を持つ魔法スキルは全て効かないとみていい。加えて、並外れた強度も持っているようだから、生半可な物理攻撃も効かないだろう。

 生半可な攻撃では破壊できない。

 ならば――SSランクの力を使って、真正面からねじ伏せるだけだ。


 俺は、矢筒から矢を取り出す。が、「毒矢」などの特殊なものではない。なんの変哲も無い、「通常矢」だ。

 その後端――羽の更に後ろにある「矢筈やはず」と呼ばれる箇所に、爆発スキルを付与する。その上で、鏃には硬質化のスキルを付与して、鋼鉄よりも固く仕上げる。


 鏃に予め爆発スキルを付与した「爆発矢」ではなく、わざわざ後端に付与したのにはちゃんと理由がある。

 俺は、急造した特殊な矢を弓につがえ、ゆっくりと引き絞る。それも、つがえた弓を弦ごと捻りながら。


 さながら、小学生が赤白帽のゴム紐をねじねじして遊ぶアレのように。

 グルグルと弦を回し、力を蓄えていく。

 そして――限界まで蓄えた力を、解放した。


「秘技――“スパイラル・アロー”ッ!」


 刹那、通常の反発力に加えて、捻った弦が元に戻る過程で回転の勢いが加わった矢が飛ぶ。

 回転しながら高速飛翔する矢は、核に衝突する寸前で、爆発的に速度を増した。


 矢の後端に付与した爆発スキルが起動し、その爆風で加速ブーストしたのだ。

 瞬間的に音速を軽く超えた矢が、硬い核に激突する。

 そして――火花が散った。


 ドリルのように高速回転する硬い鏃が、核の表面をガリガリと削り取る音が、辺りに響き渡る。

 数秒ほどの拮抗。しかし次の瞬間、継続的にダメージを受ける核にビシリと亀裂が走った。


 高速回転する矢の勢いに負け、遂に耐えきれなくなったのだろう。

 硬い核が、バキィイインッ! と甲高い音を立てて砕け散った。


 それと同時に、核の周りに集まろうとしていた肉片や氷付けの塊が、ピタリと動きを止める。

 そのまま、空間にとけ射るように紫色の粒子となって消滅していく。


 どっかのバカが引き連れてきた、Sランクモンスター、“ヴェノム・キング・デーモン”。

 その進行は、現時点をもって終了するのだった。

 

 

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