第50話 身バレする決意

《翔視点》


 ――時間は、現在に戻る。

 

 目の前に現れた悪夢のような現実。

 だが、それよりもまず、その理不尽に虐げられている少女の方が目に入った。


「あれは――ッ!」


 ぐったりとして意識を失っているらしい少女は、潮江さんだ。

 苦しんでいる様子は一見見えないが、あれだけの瘴気を浴びて、何もダメージがないなんてことはありえない。


 よく見れば、額に汗の珠がびっしりと浮かんでいる。

 あの状態が長く続くのはマズい。肉体的ダメージがほとんどないデバフ系のスキルは、“生還の指輪”に反応しない。

 あのまま誰の救助もなければ、精神を壊す可能性だってある。


 一刻も早く助けなければ――

 それと、もう1人の方は――


「ひぃいいいいいっ! だ、だずげでぇえええええ!」


 涙と鼻水で顔をぐっちゃぐちゃにした、例のドアホだった。

 大方、俺に負けたことが認められなくて、大した実力も無いのに大ボスを仕留めようとしたのだろう。

 その結果、返り討ちに遭ってしまった……って感じか。

 取り巻き達が先に逃げてきた辺り、手駒と思っていたヤツらには見捨てられたみたいだな。


 完全に恐慌状態に陥っているから、一瞬可哀想だとも思ったが、考えてみれば当然の報いと言えよう。

 とにもかくにも、まずは潮江さんを助けなければ。……あと、ついでに君塚も。

 君塚への説教は、その後だ。


 正体不明の難敵が現れた今、この第1階層ホールは上へ下への大騒ぎとなっていた。


「な、ななな、なんで! なんでこんなバケモンがいるんだよ!」

「し、しまった! 変なガスに触れ――っ!」

「なんだこれ、身体が動かな――」

「ひぃいいいいいいっ! なんなんだよぉおおおおお!」


 敵の暴威が、人が密集したこの場に波及していく。

 混乱が場を満たし、パンクするのも最早時間の問題だ。そうなる前に、潮江さんを助ける!


「お、おいおいおい。これ相当マズくねぇか。どう収拾つけんだ……って、翔?」


 英次が顔を青くして唸るが、そんな彼を置き去りにして俺は一歩前へ踏み出す。


「かっくん」


 そのとき、俺の腕を柔らかい少女の手が包み込んだ。

 言わずもがな、俺の腕にしがみついてきたのは、乃花だった。

 ただし、引き留めるのとは少し違う。俺が、前に出るのがわかった上で、背中を押すために手を置いたような――そんな雰囲気だった。


「本当に、いいの?」

「……」

「もし、あなたがここで全力を出したら、正体が……」


 彼女の言いたいことは、よくわかる。

 俺が、SSランクの弓使いアーチャーとしての実力を見せた瞬間、俺の目指す平穏な学校生活という儚い夢は瓦解する。


 両親を失った悲しみから、まともな中学校生活を送れなかった俺が、ずっと夢に見てきた普通の高校生活。

 それが、日本全国に名が知れ渡ってしまった今、正体がバレれば日常は大きく様変わりするだろう。もう、俺の望む高校生活は叶わない。

 今ならまだ、君塚と2人の手下、乃花と真美さんの計5人しか知らない。だからまだ、誤魔化せる。

 それでも――


「構わない」


 俺は、そう即答していた。

 ただ1人、理不尽に巻き込まれて雁字搦めに縛られてしまった少女が、すぐそこにいるのなら。

 俺は、自分の夢くらい捨てられる。

 それに、だ。


「あそこにいる潮江さんを傷つけてしまった原因の一端には、俺も含まれるから。ちゃんとケジメはつけなくちゃ」


 俺がもう少し早く、正体を明かす決断をしていたら。

 潮江かやさんは、君塚の横暴に振り回されることもなかったはずだ。一匹狼の潮江さんが、君塚の手駒として行動していたことが、彼女が巻き込まれた何よりの証拠である。

 だからこれは、自分自身にケジメを付けるための戦いだ。


「……そっか」


 乃花さんは、呆れたような、安堵したような複雑な表情を浮かべていた。

 その表情が、乃花を助けるために家を飛び出したときの亜利沙いもうとと重なって見えた。


「そういうあなただから、私は――」

「?」

「ううん、なんでもない」


 乃花は首を横に振って、それから俺の背中を押した。


「行ってらっしゃい」

「ああ、行ってくる」


 俺は、腰に下げたバッグからあるものを取り出す。

 それは、話題の誰かさんと俺を結びつける、黒いゴーグルだ。

 それを、自らの意志で頭に装着する。


 “ヴェノム・キング・デーモン”

 ランクS

 スキル類:瘴気(各種状態異常)、状態異常“極”


 などのステータスが、ザッと画面の中で踊るが、そんなものは眼中にない。

 俺は、この場で助けるべき少女の方だけを見て、愛用している弓を取り出した。


「それじゃあ、いっちょやりますか。今世紀最大の身バレってヤツを!」

 

 


 

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