第36話 新たな騒乱の予感
――その日の夜。
「はぁ~……」
食事の後、ソファでぐったりと寝転がっていた俺は、知らず知らずのうちにため息をついていた。
それが、自分で思っていたよりも大きかったのだろう。
お皿の片されたテーブルの上に座って、ぶらぶらと両足を振っていた亜利沙が、ケータイをイジりながら聞いてきた。
「どったの、頭ハーレム天国お兄ちゃん」
「……その不名誉な渾名、そろそろやめてくんない?」
俺はジト目でツッコミを入れる。
昨日から不機嫌が治らない妹は、ずっとこんな感じだ。
しかも、毎度毎度不名誉な渾名が更新されていくから、恐ろしい。
つい五分前は、確か「八方美人(笑)兄貴」だったか。
「やめてと言われても、まだ私はあんたを許していないのだよ、この脳みそショッキングピンク兄上」
「もうやめて。お兄ちゃんのガラスのハートはもう粉々よ」
「だったら溶かして固めて再構築しやがれ」
「ごめんなさい俺が全面的に悪かったからそれ以上刺々しい言葉を放つのはやめて、家族からの罵倒が一番堪える!」
むくりと起き上がった俺はガクブル震えながら、ソファの柔らかい布地に頭を擦りつけて土下座する。
それを流し見ていた亜利沙は少しの間無言だったが、一体そこにどんな意味が含まれるのか。
「家族、ね……」
「?」
どこか憂いを滲ませる表情でため息をついたあと、亜利沙は小さく息を吐いて俺を見た。
さっきまでの憂いを吐き出したような、いつもの愛らしい表情で。
「いーよ、もう。許す。そんで、なんでお兄ちゃんはまたしなびたキュウリみたいになってたわけ?」
「それが、今日ダンジョン運営委員会から呼び出されまして……プロのダンジョン冒険者になってみないかって誘われたんだよね」
「うっそ、マジ? 凄いじゃん! え、なっちゃいなよ!!」
亜利沙は興味津々といった様子で、身を乗り出してくる。
「うまくいけば、ダンチューバーに生で会えるかもよ?」
「あー、そういえばそんなこと言ってたな、支部長さんも」
えーっと、誰だっけ。寺島支部長が出した名前は。確か――
「南あさり……とかなんとか言ってたな」
「っ!」
「……? 亜利沙? どした」
俺は急に押し黙った亜利沙を見て、首を傾げる。
「いや、意外だなって思って。ダンチューバーとか興味ないって言ってたお兄ちゃんから、その名前が出るなんて」
「あー、俺も今日初めて知ったぞ? 支部長さんが「今人気のダンチューバーだ」って太鼓判を押してた。てか、むしろお前が知ってることに驚きを隠せないんだが。だってお前、ダンジョン冒険者じゃないだろ」
「冒険者じゃなくても、知ってるもんは知ってるんだよ。読書好きな人が、全員小説書いてるわけじゃないでしょ? それと一緒」
まあ、言われて見ればそういうものか。
しかし、ダンジョンとはまるで縁の無いはずの妹も知っているということは、相当有名なんだろうか、その南あさりとやらは。
「まあ、お兄ちゃんがなんでそんな、プロの冒険者になることを渋ってるのかは、わからないけどさ。私は、お兄ちゃんがプロになるかならないかより、誘われたことそのものが嬉しいかな」
「? なんで」
「だってさ、それってお兄ちゃんのことをみんなが認めてくれたってことでしょ? お兄ちゃんを独り占めしたい私からすればちょっとだけ妬けちゃうけど、同じくらい誇らしく思う。最終的にどうするかはお兄ちゃんが悩んで決めればいいけど、私は見てみたいな。お兄ちゃんが、みんなの期待を背負って格好良く活躍するとこ」
亜利沙は、にこやかに笑ってそう言った。
いつもそうだ。彼女はいつも、俺の背中を押してくれる。本当に、心から素敵な妹をもったと思う。
「亜利沙……」
「ま、その方がハーレム帝王☆息吹翔様(爆笑)らしくてお似合いだし」
「この胸の暖かさを返せこのやろう」
そんなこんなで、俺はプロのダンジョン冒険者になるか否か、悩み続ける。
亜利沙の後押しもあり、なることに対して決して後ろ向きというわけではないのだが、やはり最後の一歩が踏み出せないでいた。
素性を明かすことになれば、夢に前見た普通の学生生活は送れなくなる。
クラスメイトとの距離感は大きく変わるだろうし、やっかみや嫉妬をぶつけてくる輩も出てくるかもしれない。
そのリスクを負ってでも、プロになるべきなんだろうか?
俺としては、その一歩がどうしても踏み出せないでいた。
しかし――悩む俺は気付いていなかった。
根本的な問題として、俺は一つミスを犯していたことを。
そう。よくよく過去を遡れば、俺は乃花や真美さんを助ける気持ちが先行するあまり、バズりまくった
だとしたら、俺の知らないところで何が起きているかも、予想して然るべきだったのである。
俺の知らないところ。具体的には、学校のホームページ脇にある生徒用掲示板。そこは、休日だというのにまるで大人気ダンチューバーの生配信チャット欄のごとく、盛り上がっていた。
――。
『おい、知ってるか。三年の山田。例の撃強アーチャーに助けられたってよ!』
『は、嘘だろ!? どこで!?』
『昨日誤作動が起きた学校のダンジョンに決まってるだろ!』
『え!? なんでウチの学校にあの人がいんの?』
『な? 不思議だろ? 山田の話じゃ、ウチの学校の制服は着ていなかったらしいんだが。それでもウチのダンジョンに潜り込んでいたのは偶然とは思えねー』
『それってつまり……?』
『ひょっとしたら……?』
『あの美少女
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