第35話 これからの選択
プロのダンジョン冒険者。
それは、ダンジョン運営委員会と契約を結び、委員会からの要請に伴って活動する冒険者のことだ。
俺も詳しいことは知らないが、ダンジョン運営委員会が公布するイベントや求人の広告に起用されたり、ランク昇級試験の審査官を担ったりするらしいと聞いたことがある。
普通のダンジョン冒険者は、モンスターを狩ってその分を金銭に返還できるシステムだけだが、プロの冒険者はどちらかというと運営に近い側だ。
故に半分運営の社員というか、悪い言い方をすると小間使いのようなものである。
「もちろん、この契約をすることでキミに大いなるメリットが発生することは、この私が保証しよう」
スラリと長く健康的な足を組み直し、寺島支部長は言葉を紡ぐ。
「ダンジョン運営協会という大きな後ろ盾ができれば、活動の幅は大きく広がる。それに、今までの活動よりもより多くのお金が手元に入ることになる。それに、新しい出会いもあるだろうな」
「新しい出会い、ですか」
「ああ。具体的には、今をときめく美少女ダンチューバーとかな?」
寺島支部長は、意地悪くニヤリと笑いながらそう告げた。
「美少女かどうかは置いといて。ダンチューバーって言うと、あれですか? ダンジョン攻略の様子を動画投稿サイト“ダンチューブ”にあげてる冒険者の……」
「ああ、そうだ。最近の若手人気層だと……そうだな。「南あさり」とかか? 学校でも話題になってるだろう?」
「?」
南あさり? 誰だそれは。南の海で潮干狩りでもやってそうな芸名だな、おい。
と、怪訝に眉をひそめる俺を見た支部長は、やれやれと肩をすくめて。
「はぁ、その様子じゃ全く知らんようだな。最近のトレンドくらい知っておかんと、学校での話題に困るぞ?」
「いや、今のところ特には困ってないんですけど……」
「そうやって斜に構えてると、話題に乗り遅れて後悔するぞ? 話題に乗り遅れて人の輪の入り方がわからなくなった結果、婚期にまで乗り遅れた私のようにな。ふっふっふっふ、あれなぜだ。目から水が」
勝手に助言して勝手にダメージ喰らってるよ、この人。
豊かな胸元を押さえ、吐血でもしそうな感じで苦しむ寺島支部長を見て、「どうすればいいんだ、これ」と困惑するしかない俺であった。
「――まあとにかく、だ。契約を結ぶことは悪いことではないと思うんだが、どうだろう?」
「逆に聞かせていただきたいのですが、あなた方が俺に声をかけた理由ってなんですか?」
「ん? そんなもの決まっているだろう」
何をわかりきったことを。とでも言いたげな顔で、寺島支部長は言った。
「金になる」
――いっそ、清々しいほど着飾ることなく、簡潔に。
「かっ――」
「キミ、ネットが今どうなっているか知ってるかね?」
「ネット?」
「ああ。キミが大立ち回りを演じた、迷惑パーティー退治。大本の生配信の再生数は未だ衰えず、つい先日1億再生を突破した」
「いち、お――っ!?」
あまりに想像の斜め上を行く事態に、俺は一瞬頭がブラックアウトしかけた。
――いや、真っ白になりかけたからホワイトアウトか?
だが、そんな俺を無視して彼女は俺の脳にさらなる情報をぶち込んでいく。
「それだけではないぞ? ネットニュースもトイッターも、キミの話題で持ちきり。当協会にも連日電話が殺到している。やれあの冒険者は誰だだの、やれ取材をさせろだの。正直、写真集の一冊でも出さなきゃ収拾が付かんレベルだ」
「ま、マジかよ」
「マジだよ」
絞り出すようにそう呟いた俺に対し、彼女はやれやれと肩をすくめる。
なんか知らぬ間に英雄にされてたあげく、むしろ変な方向に加速してないか!?
「ま、そんな感じで、こちらとしてもキミをみすみす手放すなんて手はない。というわけで、いさぎよくウチの会社の金蔓になってくれ!」
「いやいやいやいや! 少しはオブラートに包みましょうよ!?」
「そういえばキミは、今日怒られるつもりで来たんだったな。よし、キミの懸念については不問にするから、そのかわりプロの冒険者に――」
「さっき不問にされたことを蒸し返された上で悪条件が追加された!?」
「はっはっは。流石にこれは脅迫になるから冗談だ、済まなかったな」
「全体的に話がぶっ飛んでて、冗談と本気の違いがわからない!」
俺は思わずそう叫んでいた。大体――
「あなたさっきから自重まったくしてませんけど、俺を勧誘する気ないでしょ!?」
「ああ、そうかもな」
「……え」
半分冗談のつもりで言ったことが肯定され、俺の方が思わず口ごもってしまった。
「確かに協会全体としては、なんとしてでもキミを囲い込みたい。これは嘘偽らざる本音だ。企業というものは
寺島支部長は小さく息を吐いてきったあと、俺の目を真っ直ぐに見据えて口を開いた。
「だが、私個人としては、実はキミにはいまのままであってほしいと思っている」
「なんで……」
「キミの映っている動画を見た。SSランクという高い実力を持ちながら、力に驕らず、暴力の前に倒れた知りもしない者を憂い、それを行った者に対して心からの
「…………」
「キミがきっと、そういう人だから、ここまで動画が拡散されたんだと思う。ただキミが最弱ジョブで無双したというだけじゃ、ここまで多くの人の心を打たなかった。だから、お金という打算的な関係でキミのようなヒーローを縛るのは、なんか違うと思ったんだ。ま、キミのことを知りもしないのにこういう勝手な感傷を抱かれても、はた迷惑な話かもしれんがね」
彼女は真剣に語っていた。
一団体の利益を追求しなければならない立場にいながら、それでも俺個人の思いを優先させるために。
ひょっとしたら、何もオブラートに包むことなく、利益のためという理由をまず述べたのも、打算ありきの関係に縛る事への罪悪感があったからかもしれない。
「まあ何にせよ、決めるのはキミだ。こちらとしてはあくまで“提案を持ち込む側”だからな。受け入れるのも蹴るのも、キミの自由だ」
俺としては、実はプロの冒険者になることそのものは、実はやぶさかではない。
元々ダンジョン冒険者になったのは、両親が死んで悲しみを紛らわすためのはけ口がほしかったのと、妹と俺自身の今後のために少しでも小遣いを稼ぎたかったからだ。
妹と自分の将来のため、貯金が増えるならむしろ望むところだ。
ただ――。一つ問題があるとすれば、プロの冒険者になって顔を売ることになれば、素性を隠して学校生活を送れなくなる。つまり、俺の望む学校生活は、永遠におさらばすることになるのだ。
俺は少しの間思案して、答えが出ないことを悟った。
「――少しの間、考えさせてください」
「ああ。大事なことだ。よく考えるといい」
支部長はふっと笑みを浮かべて、「そういえば」と何かを思い出したように呟いた。
「キミがもし即決でダンジョン冒険者になってくれたらって時のために、コイツを渡されていたんだが――入ってくれたとしても、どのみち使い道がなかったな」
「へ?」
小首を傾げる俺の前で、彼女は紙の束を取り出す。
そこにあったのは、何やらダンジョン冒険者用の衣装のラフ案だった。ただし、そのどれもがプリーツスカートだったり、童話に出てきそうな可愛らしいドレスだったり。いわゆる、全部女性用だった。
「な、あっ――!?」
「ふむ。てっきり皆女性だと勘違いしていたみたいで、全て衣装の案はボツになりそうだな。いや待て――もし入ってくれたら、これを着てもらえればいいのでは!? そしたら、衣装案を発注した分の代金は無駄にならずに済む! おいキミ、もしも入る意志が決まったら、どれがいいk――」
「どれも却下だこのやろぉおおおおおおおおおおおおお!!」
俺の魂の絶叫が、22階のフロアで反響したのだった。
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