第21話 妹の激励
嫌な予感がする。
もしも、高嶺さん達が既にダンジョンにいて、“生還の指輪”が機能していないとしたら。
もしも、17階層にいる“エンペラー・ゴーレム”の強さが跳ね上がっているとしたら。
「これ、相当マズいんじゃ……!」
「落ち着いて、お兄ちゃん」
危うくテンパりかけた俺を、亜利沙が宥める。
「確かに状況はヤバいけど、学校だって犠牲者が出ないように対処しているはずだよ」
「そ、そうか……そうだね」
俺は、少しだけ冷静さを取り戻した頭で考える。
確かに亜利沙の言う通りだ。
ダンジョン内の安全が損なわれた状況で、犠牲者を減らすための努力を怠るわけがない。
現にこうして二次被害が出ないよう一斉メールを出しているわけだし、ダンジョン内に警報なり指示なりが流れているはずだ。
それに、“生還の指輪”がなくても安全に帰る方法は一つだけだが存在する。
それは
全25層ある学校内ダンジョンの各階層に、それぞれ一つずつ設置されているそれは、その名の通り指定した階層にワープできるようになっている。
センター・ダンジョンなどの大型ダンジョンには、もっと多く設置されているが、学校内ダンジョンはそこまで大きいものではないため、各階層に一つしかない。
だがそれでも、
だからきっと、下層を攻略中の人達も、とっくに避難が完了しているだろう。
そう思い込み、安堵の息を吐いた俺だったが――
再度スマホが振動し、メールの着信を知らせる。
差出人は、今回も山台高校。すぐさまメールを開いた俺は、その場で凍り付いた。
『from:yamadai high school group.xyz.com
【緊急・続】保護者・生徒各位
ダンジョン内に、新たな問題が見つかりました。15~17階層のワープポータルが消失しています。該当区域に取り残された生徒の救出は順次開始いたします。繰り返しになりますが、二次被害の発生を避けるため、ダンジョン内には入らないでください』
俺はしばらく無言でそのメールを見つめたあと、意を決して口を開いた。
「――なあ、亜利沙」
「だめ。ご飯が冷める」
「まだ何も言ってないんだけど?」
俺は思わずそう突っ込む。
「何年お兄ちゃんと一緒に住んでると思ってるの? お兄ちゃんが、ダンジョンに入ろうとしていることくらいわかってる。それに、私だってお兄ちゃんの背中を押してあげたい」
「じゃあ――」
「でもだめ」
亜利沙の語気強い言葉に、俺は一瞬気圧された。
「お兄ちゃんが、誰のことを助けようとしてるのかはわからない。でも、きっと大切な人だと思う」
「うん」
「それと同じ。私にとってもお兄ちゃんが大切だから、行って欲しくない」
真剣に訴えかけてくる亜利沙を見て、俺は思い出す。
本来は安全であるはずのダンジョン。
そこでイレギュラーが起きて、高嶺さん達の命が危ないのと同じように、俺の命も100%助かる保証がないことを。
俺がSSランクの冒険者であるとか、そんな強さの基準は関係ない。
異常が起きたダンジョンに入れば、皆等しく死の可能性に縛られる。
でも、だからこそ――
ごめん亜利沙。それでも俺は、行きたいんだ。
そう告げようと口を開いたそのとき。
「――って思ってるけど、どうせ止めても行くでしょ、お兄ちゃんは」
呆れたように苦笑いを浮かべ、亜利沙の方が折れた。
「まったく。学校から「二次被害を避けるために、絶対来るな!」って言われてるのに」
「う……でも、俺SSランクだし。行っても足手まといにはならないから、行く理由にはなるというか」
「うそ。どーせ、Eランクだったとしても迷わず行ってたよ。お兄ちゃんは」
苦しい言い訳を一瞬で見抜かれ、俺は苦虫をかみ潰したような顔になってしまう。
「そんなこと、わからないだろ?」
「わかるよ。お兄ちゃんは昔からそうだから。そのお節介で、どれだけ人の心を弄んでると思ってるの?」
「え」
それに関しては、まったく心当たりがないのだが――一体なんの話をしているんだろうか。
よくわからないが、今はそんなことはいい。一刻も早く、高嶺さんの元へ向かわなければ。
「――ごめん。俺、行ってくる!」
「うん、行ってらっしゃい」
「ご飯、あとで必ず食べる!」
「残さず食べてね?」
「ああ! 絶対残さない!」
「よろしい。トマト多めによそっとくから」
「ああ! ……って、え? いやそれはちょっと勘弁して欲しいというか、控えめに言ってダンジョンより恐ろしいというか」
「絶 対 残 さ な い っ て 言 っ た よ ね ?」
「……はい。美味しくいただかせてもらいます」
亜利沙の圧に負け、俺は首を縦に振るしかなかった。
思わぬ形でラスボスが追加され、俺は半べそをかきながら家を飛び出す。
だから、気付かなかった。
「――ほんと。ずるいよお兄ちゃん。いつもいつも、誰かのために一生懸命で……あのとき私を放っといてくれたら、こんな気持ちにならなかったのに」
どこか寂しそうな、それでいて眩しいものを見るような表情で、呟いた言葉に。
それに気付かぬまま、俺は勢いよく濃紺に染まる世界へ繰り出した。
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