第19話 家族との距離感
その日、仮入部中の弓道部の体験が終わったあと、俺は家路に就いた。
時刻は午後五時を回り、西の空はオレンジ色に染まっていた。
俺は、紺色に染まる東の空の方へ歩く。
吸い込まれそうなほどに深く高い紺色の空を見ると、必然的に思い出すのが高嶺さんの深く青い瞳だ。
単に、泣かせてしまったときの顔が頭から離れないだけかもしれないが、なぜかあの目を知っている気がする。
「でも、一体誰だ?」
俺の記憶の中で、少なくとも
もし出会っていたら、特徴的な名前だし記憶に残るはずだ。
なのに、初めて会った気がしない。それがどうにも引っかかるのだ。
考えても答えが出ないまま、気付けば自宅の前の玄関に立っていた。
駐車場には車がないから、叔母さんはまだ帰って来ていないみたいだ。
「ただいま」
「お兄ちゃんお帰り~!」
玄関の扉を開けると、すぐに亜利沙が飛び出してきた。
夕食を作っていたのだろう。可愛らしいエプロン姿のまま、こちらへ駆けてきた。
笑顔で出迎えてくれるのはすごく嬉しい。嬉しいのだが――
「その両手に持ってるヘラと泡立て器は置いてきてもよかったんじゃない?」
「あ」
今思いだしたのか、亜利沙は両手に持ったままの調理器具を見つめる。
「まあ、ついでにお兄ちゃんの調理もしちゃうぞ♪ ってことで!」
「待て待て、どういうこと。意味がわかんないんだけど」
「まずは皮むき。制服を剥いで丸裸に――」
指をわきわきさせ、怪しい挙動でにじり寄って来る亜利沙。
「やめてくれ。普通に自分で着替えてくるから」
「ちっ」
「……何が「ちっ」なんだよ」
「べーつに?」
あからさまに不機嫌になって、ぷいっとそっぽを向く亜利沙。
さすがに、高校1年の男子が中学2年生の女子に着替えさせてもらうというのは、どうかと思う。
いくら
それに――俺と亜利沙は、普通の兄妹の関係ではない。少々複雑な事情も抱えているから、なおさらだった。
「早く着替えてきてね。愛情たっぷりの晩ご飯、作っておくから」
そう言って、ウインクをして踵を返す亜利沙。
いつも亜利沙は、可愛らしい仕草をする。兄に対してというか、恋人でも相手にするかのように。
ただ――
「相変わらずウインクできてないぞー」
「うっさい、練習中!」
ウインクするときに両目を瞑ってしまう、不器用な妹なのだった。
――。
私服に着替えた俺は、リビングに向かった。
料理はもう大半が完成しているようで、肉じゃがに
そろそろ仕事から帰ってくるであろう、叔母さん用の食事も含めて3人分、綺麗に並べられている。
相変わらず中学生離れした腕前だ。
「今日も美味しそうだな」
「へへん。愛情いっぱい込めたからね~」
最後の一品であるナスとピーマンの炒め物をお皿に装いながら、キッチンに立つ亜利沙は答える。
「そっか。将来はいいお嫁さんになりそうだな」
「っ!」
がしゃあんっ!
急に食器を取り落とす音が聞こえ、俺は慌てて亜利沙の方を見た。
「大丈夫か!?」
「だ、だいじょうぶ。手が滑っただけ」
「食器が割れてケガとかしてないか」
「食器は割れてないから、へいき」
とりあえずよかった。
俺はほっと胸をなで下ろす。
「気をつけろよ」
「うん……」
亜利沙はおずおずと頷いた。
しかし、なんでいきなり食器を取り落としたんだろうか。
ドジな印象はないんだけど。
そんなことを考えていると、亜利沙が話題を逸らすかのように、わずかに早口で言った。
「そ、そうだお兄ちゃん。今日押し入れの掃除してたら、昔お兄ちゃんが一緒に遊んでた子の写真出てきたよ」
「一緒に遊んでた子?」
「ほら、母さん達が死んで、叔母さんに引き取られる前まで住んでた場所の」
「ああ、あの子か!」
たった一ヶ月しか一緒にいなかったが、それ故に濃い時間だった。
確か名前はかのんと言ったか。
「今でも元気にしてるかな」
「あれから一度も、前住んでた場所には帰ってないもんね。あ、写真は棚の上にあるよ」
俺は昔を懐かしみながら、棚の上に置いてある写真をとり、何気なく目を向けて。
――ずくん、と。
写真を見た瞬間、心の中にある何かが大きく脈動するのを感じた。
「え。これって――」
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