第16話 ふたりの出会い《後編》

 《三人称視点》


 年格好は、乃花と同じくらい。

 透き通るような白い髪に、理知的な黄金色の瞳を持つ少年……いや、たぶん少女だ。

 その人物は、不良達がはびこる路地の奥へと躊躇いなく足を踏み入れていた。


「あん? なんだテメェ、今なんつった!」

「そういうのやめたらって言ったんだけど。寄ってたかって女の子苛めてさ、凄くダサいよ。恥ずかしくないの?」

「ッ! んだとぉ!」


 煽られたことで、荒太は逆上する。

 乃花を掴んでいた手を離し、その場に堕ちていた鉄パイプを拾い上げると、一息に現れた人物めがけて駆けだした。


「ダサいかどうか、喧嘩の強さで示してやるよぉ!」

「そうだやっちまえ、あーくん!」

「ボコボコにしてやるでやんす!」


 取り巻き達にはやし立てられ、荒太は鉄パイプを容赦なく振り下ろす。


「痛っ!」


 その瞬間、苦悶の表情を挙げた。

 謎の人物――ではなく、荒太の方が。

 と同時に、荒太の持っていた鉄パイプが空中へ放り出される。


 謎の人物の右手には、小さなが握られている。

 その小型弓矢で放った太い輪ゴムが至近距離で荒太の手に命中し、不意の衝撃と痛みを感じた荒太は、反射的に鉄パイプを離してしまったのだ。


「て、め――」


 体勢を立て直そうとする荒太だったが、その前に謎の人物は荒太に足払いを仕掛けて転ばし、地面に押さえつける。

 水が流れるように自然な動作で荒太の身動きを封じると、重力に従って落ちてくる鉄パイプを空中で掴み、そのまま荒太の喉元に突きつけた。

 一瞬の反撃すらも許さない、電光石火の早業だった。


「ば、かな……俺が負けた? こんなヤツに……!?」


 自分が手も足も出ずに完封された事実に気付いた荒太は、その場で声を張り上げた。


「おい! 何してる手下ども! さっさと俺を助けろ!」

「で、でも……!」

「あーくんで勝てない相手に、俺達が敵うわけないでやんす」


 取り巻き達は狼狽え、口々にそう告げる。

 無理もない。喧嘩の強さでは右に出る者はいないと信じていた荒太が、あまりにもあっさりと完封されてしまったのだから。


「バカが! 頭を使え! この状況を写真にとって脅すとかいろいろ手はあるだろうが!」


 荒太に急かされた取り巻き達は、あたふたとスマホを取り出す。

 が――間髪入れずに謎の人物は小型の弓矢の照準を2人に向け、迷いなく輪ゴムを放った。

 空気を裂いて飛翔する輪ゴムの弾丸は、正確無比に2人の持つスマホに命中し、吹き飛ばした。


「なっ! そんな早撃ちで、俺達のスマホをピンポイントで――ただものじゃねぇぞコイツ!」

「に、逃げた方がいいでやんす!」


 謎の少年が無造作に行ったワンアクションで、すっかり怖じ気づいてしまった2人は、リーダーを助けるのも忘れて一目散に逃げ出した。


「ちょっ! テメェら、待て! 俺を置いて逃げるな!」


 どう頑張ってもこの状況を覆せないと悟った荒太もまた、強引に拘束を解いて手下を追っ手駆けだした。


「こ、今回はこのくらいにしといてやる! お、覚えてろよ!」


 去り際、子悪党よろしく鉄板ムーヴをかまして、尻尾を巻いて逃げていく荒太。


「えぇ……別に覚えていたくないんだけど」


 謎の人物は小さくため息をついて、そう呟いたのだった。


(す、すごい)


 一部始終を眺めていた乃花は、舌を巻いていた。

 あんなに小さな弓矢で、いとも容易く撃退してしまうなんて。

 そんな風に乃花が思っていると、不意にその人物は彼女の方へ近寄ってきた。


「大丈夫ですか?」

「はい。助けてくれて、ありがとうございます。あの、あなたは……?」

「僕は息吹翔って言います」

「翔……もしかして、男の子ですか?」

「正真正銘男です!」


 そう言って、翔と名乗った謎の少女――もとい少年は、あまり筋肉の付いていないふにふにの腕で力こぶを作った。


「すいません。てっきり、女の子かと」

「う~、やっぱり女の子に見えるのか。一人称「俺」に変えようかな」


 そう言って翔は、ガックリと肩を落とした。


 ――この日。

 絶望に打ちひしがれていた高嶺乃花と、彼女の憧れる弓使いヒーロー――息吹翔は出会った。


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