第13話 勘違い

 ちょっと待て!

 何か今、とんでもない爆弾発言を聞いた気がするのだが?


 思わず一歩後ずさる俺へ、追い打ちをかけるように高嶺さんは目を輝かせて。


「昨日はありがとうございました。それと、 

「うぇっ! あ、あー……ど、どういたしまして」


 俺は苦虫をかみ潰したような顔になりそうなのを我慢して、必至にポーカーフェイスを作る。(なお、本当にポーカーフェイスができているかは、はなはだ疑問ではあるが)

 

 ヤバい。

 そういえば昨日廊下で高嶺さんをフォローした時も、俺のことを“弓使い”と称していた気がする。

 つまり昨日、俺がミニ弓矢で豪気の盗撮スマホをぶち抜いたのを見られていたみたいだ。

 そして、全国ニュースになってしまうレベルで昨日の一件が鬼バズりしているこのタイミングで、「 」という核心的発言。


 これはもう確定だ。

 この子、俺の正体に気付いてるっ!!


「どうかされたんですか? なんか、汗が凄いですけど」

「え!? あ、だ、大丈夫大丈夫! 今日ちょっと暑くて汗掻いてるだけです」


 4月の夕方で「暑い」とは、これいかに。

 100%無理のある言い訳を連ね、俺は愛想笑いを作る。

 そんな俺に対し、不意に高嶺さんは、胸元に手を当ててもじもじし出した。


 あ、これマズい。

 なにか、後戻りができないことを言われる予感が。


「……あ、あの!」

「な、なんです?」

「私の勘違いだったらごめんなさい! たぶん私、かっく……、――息吹くんのこと、というか……その」

「ッ!!??」


 上目遣いで聞いてくる高嶺さんに、俺は二つの意味で心臓をぶち抜かれた。


 可愛い、可愛すぎる! その仕草はズルいだろ。

 いやでも、この質問にどう答えればいいんだ俺は!

 これあれだよな? 「昨日の“弓使いアーチャーが俺だって、私知ってますよ」ってことだよな!?


「そ、それは――」


 暴れる心臓の音を感じながら、乾ききった口を開いた――そのときだった。

 不意に地面が震動し、ドドドドドという音が聞こえてくる。

 何事かと音がする方角を見た俺は、唖然とした。

 

「クソッ! 帰りのホームルーム長すぎだろ! 遅くなっちまったじゃねぇか!」

「マジそれなぁ!」

「ねぇあかね、あんたダンジョン鉱石研究部に入るって言ってたじゃない! なんで弓道部なのよ」

「うっさいわね! あたしは流行に敏感なの! あんたこそ、集中力ないくせに弓道部に仮入部なんてどういうつもりよ! あんたこそミーハーなんじゃないの?」

「アーチャーがあんな強えって知らなかったぜ! ここで練習して、俺も“弓使いアーチャー”でヒーローになってやる!」


 見ただけで、ざっと50人。たぶんもっと多いだろう。

生徒達の大群が、年始のバーゲンセールばりの勢いで迫ってきて――俺達の横を通り過ぎ、弓道場に吸い込まれていく。

まるで嵐が過ぎ去った後のように、辺りには土煙だけが残った。


「ま、マジか……」

「凄いですね。人気の運動部でも、毎年10人入れば良い方だって話なのに……」


 俺達は、人の波が去った方を見送りながら、唖然としていた。


 ダンジョンに関わる部活ならともかく、運動部にこれだけの人数が仮入部するというのは異常事態である。

 たぶんこれは――


「――やっぱり、昨日の配信の影響ですよね」

「え? あーうん、たぶん」


 たぶんというか、それしかない。

 これは面倒なことになった。もしここで、高嶺さんの予想を肯定してしまえば、噂はたちまち学校中に波及するだろう。

 何せ彼女はこの学校のアイドル。あらゆる方向に繋がりコネクションを持つ、有名人だ。そんな彼女の口から放たれた言葉を疑う者など、誰もいないだろう。


 そうなれば、ようやく掴んだ平穏な高校生活はジ・エンドである。

 それだけは絶対に避けたい。


 中学に上がってすぐに両親が事故で他界し、それから三年間、俺はまともな中学生活を送ることができなかった。

 遠く離れた土地に住んでいる叔母さんに引き取られ、今は妹と三人暮らし。


 慣れない土地、会ったとことのない叔母、両親を失ったショックが重なり、妹は二年近く家に引きこもっていた。

 俺も引っ越した先の学校に馴染めず、妹の世話で学校を休むことも珍しくなかった。

 そんな俺に引け目を感じていたのか、クラスメイトはどこか遠慮じみた距離感で接してきていたから、友達と呼べる人もいない。


 だから俺は今度こそ、部活に励んで、放課後フライドポテトを食べながら友人とテスト勉強をして、真面目に授業を受けて――でもちょっぴり居眠りをして。

 そんな当たり前の学校生活を送りたいのだ。

 ゆえに――

  

「ごめんなさい、高嶺さん」

「え?」

「さっき、俺のこと知ってるって言ったけど――それ、

「っ!」


 俯いたまま、俺は噛みしめるようにそう告げた。

 これでいい。たぶん高嶺さんは、ただ俺が昨日の“弓使いアーチャー”であるという確信を得たかっただけだ。

 申し訳ないけど、ここは真実を伏せておこう。


 そう思いつつ、顔を上げた俺は、そのまま凍り付いた。

 目の前に立つ高嶺さんの頬を、冷たく透明な雫が伝っていたから。


「え……なんで。高嶺さん?」

「……そう、ですよね」


 高嶺さんは消え入りそうな声で呟く。

 彼女の小さな肩は、何かを必死に堪えているかのように、小刻みに震えている。

 あまりに予想外な事態で、俺は一瞬思考が停止してしまった。

 

「ごめんなさい、困らせちゃって。やっぱり、私の気のせいでした」


 そう言って涙を拭うと、高嶺さんは踵を返して走り出した。

 おそらく、彼女も入ろうとしていたであろう、弓道場を背にして。


「ちょ、待っ――」


 我に返った俺は、彼女に手を伸ばす。

 が、既に高嶺さんの背中は小さくなっていて、俺は伸ばしかけた手をゆっくりと戻した。


「……どういう、ことなんだ?」


 俺は、やり場のない気持ちを抱きながら、力なく呟く。

 なんでこうなった? ただ、高嶺さんの認識は間違いだと言っただけなのに。確かに期待を裏切ったのは悪いことをしたと思うが、泣くほどのことじゃないはずだ。

 ただ、期待していた人物ではなかっただけで、「私の勘違いでした、ごめんなさい」で済む話。どう考えたって、あんなに落ち込むのは不自然……ん? 


「もしかして……」


 俺は自分の口元に手を当て、とある可能性に思い至った。


 もし、高嶺さんが“知っている”と言っていたのが、例のアーチャーの正体ではなく。俺と彼女に関わる、何か別の重要なことだとしたら。


「俺、何かとんでもない勘違いをしていたんじゃ……?」


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