第4話 厄災は、空から降ってくる

 マズい! このままでは、瓦礫の下敷きになる!

 そう思った時、思考より早く俺の身体は動いていた。

 気付けば俺の左手は弓を強く握っていて、右手は弦を強く引き絞っていた。

 

「当たれ!」


 ぱっと右手を離し、鋭く解き放たれた矢は冒険者に降りかかる岩盤をまとめて打ち砕いた。


「ひ、ひぃっ!」

「大丈夫ですか?」


 転がり込むように崩落から逃れた冒険者の方へ駆け寄り、声をかける。


「す、すまん。助かった!」

「何があったんですか? 急に天井が落ちてくるなんて……」


 すると、肩で息をしていた冒険者は俯いて拳を握りしめた。

 それから、怒りに震える声で絞り出すように呟いた。


「アイツ等だ……【ボーン・クラッシャー】が、またやらかしやがった!」

「え……」


 その言葉に、俺は眉をひそめる。

 それと同時に、ガムを吐き捨ててきた盗撮魔の顔が脳裏に浮かんだ。


「じゃあこれ、ダンジョン冒険者が作為的にやったことなんですか?」

「ああ。アイツ等、タイムアタック大会でタイムを縮めるために、規定のルートを使わずにダンジョンの壁をぶっ壊して強引に近道を作ってやがんだよ!」

「そ、そんなバカな。だって、ダンジョン冒険者が直接ダンジョンの外壁を攻撃することは、ルールで禁じられてるはず!」


 俺は思わずそう叫んでいた。

 こういう崩落が起きてケガ人が出るのを避けるために、ダンジョンの外壁を故意に破壊することは禁止されているのだ。


 いくらダンジョン冒険者に尊敬されるSランクパーティーと言えど、やっていいことではない。

 なのになぜ、ダンジョン運営委員会や大会運営委員会からマナー違反のペナルティを受けていないのだろうか?


「ああ、確かに故意に破壊していると断言できる場合はそうだろうな。でも……アイツ等、毎度のごとく今回もルールの穴を突いてきやがったんだ!」

「ルールの穴?」

「そうさ。ワイバーンなんかの大型モンスターを挑発して、ソイツの攻撃を誘導し、ダンジョンの外壁を破壊させたんだ!」

「ッ!」


 俺は思わず耳を疑った。

 確かにそれなら、「ワイバーンの射線上に、たまたまダンジョンの外壁があった」という言い訳ができる。

 だがそれは、故意でやっていると明確に咎めることができないことを知った上で行っている、薄汚い行為だ。


「くっ……アイツ等!」


 俺はふつふつと湧いてくる怒りを胸の内に抑え込む。

 今はそんなことに気を取られてる場合ではないのだ。

 

「とにかく、早く上層階に移動しましょう。下手したら地面まで崩れてしまうかもしれない」

「そ、そうだな」


 俺は冒険者の男性と共に、一刻も早くこの場を去ることにした。


 とにかく、この場を離れることが先決だ。

 もう地響きも崩落も収まってはいるが、いつまた豪気のバカがやらかすかわかったもんじゃない。


「確か、第1階層への転送陣はこの先に……あ、あった」


 開けた空間の先に、転送陣の青い光を見つけた俺達は、そこへ向かおうとして。

 不意に、辺りに影が堕ちた。

 不思議に思い、空を見上げた俺は、思わず呼吸を忘れてしまった。


「んなっ!」


 俺の瞳がとらえたのは、背中を地上側に向けて落下してくるワイバーンの巨体だった。

 漆黒の鱗を赤い鮮血で塗らしながら、白目を剥いたワイバーンの巨体が俺達を押しつぶさんと迫る。


「いや、瓦礫ときどきワイバーンって!! どんな天気だよ今日は!!」


 どうせなら空から美少女が振ってきて欲しかった。などとありもしないことを思いつつ、俺は冒険者を抱えて全力で飛び退いた。

 その瞬間、ズゥウウンと音を立てて、ワイバーンの巨体が目の前に落下する。

 地面がヒビ割れ、砂埃が立ち上がり、突風が身体を掻っ攫う。


「くっ!」


 数メートル吹き飛ばされた俺は強引に体勢を立て直して着地する。

 が、もう一人の冒険者の方は今の突風で気を失ってしまったらしく、地面に倒れて動かなくなってしまった。


 なんで空からワイバーンが降ってきたんだ!?

 俺は一瞬そう考えたが、すぐにある可能性に思い至る。


 Aランクに相当するワイバーンを倒す実力を持ち、なおかつ今の今までそのワイバーンを使っていたと考えられるヤツらなんて、一つしか思い至らない。

 それを証明するように、仰向けになったワイバーンの腹の上に乗っていた誰かが、腹から飛び降りた。


「お役目ご苦労さん。お陰で随分、近道ができたぜ? トカゲモドキ」


 わざわざもう息絶えているワイバーンの身体を蹴りながら、その男は言う。

 青と紫の坂だった髪の毛に、鋭い瞳。

 初対面で、瞬間最大風速ばりにいけ好かない印象を残した男を、見間違えるはずもない。


「……豪気」

「あ?」


 俺の呟きに、豪気が反応する。


「テメェ、ナニモンだ。俺様を呼び捨てたぁ、良い度胸だな」


 見るからに不機嫌そうに表情を歪め、豪気は俺に向かってガンを飛ばしてきた。

 やべ……ひょっとして、目つけられた?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る