第3話 ダンジョンで狩りをします

 その日、学校が終わったあと俺はセンター・ダンジョンに直行した。


 センター・ダンジョンは、県内にある最も大きなダンジョンで、連日多くのダンジョン冒険者が訪れている。

 山台高校の敷地内にあるダンジョンではなく、わざわざ遠くのセンター・ダンジョンを訪れた理由は、単純に最も訪れた回数が多く、慣れている場所だからだ。

 ただ、今日はいつもと様子が違った。


「今日、人多いな」


 ダンジョンの1階層。

 これから攻略に赴く冒険者達が一堂に会する広いエントランスは、普段よりも多くの人で賑わっていた。


「あー……そういや今日は、タイムアタック大会があるんだったっけ」


 タイムアタック大会。

 その名の通り、特定のコースを通ってモンスターを狩りながらゴールを目指し、そのタイムをパーティー単位で競う大会である。

 年に一度、センター・ダンジョンにて行われる大規模なイベントであり、日本全国から猛者達が集まってパーティーの強さを示すのだ。


 そんなわけで、今日この場所には日本全国のハイランクパーティーが集まっているのである。

 まあ、俺には縁のない話だけど。


 俺は、熱気溢れるエントランスを抜け、一人下層に降りるための転送陣ワープポータルへ向かう。


 俺は別に、この大会に参加するつもりはない。

 目立つのは好きじゃないし、そもそもこれはパーティー単位での参加が必須条件だ。

 俺はソロ冒険者でパーティーに入っていないから、参加資格がないのである。


 ぼちぼち稼いで帰るか。

 正直、俺には縁の無い世界だからな。


 そう思いつつ、俺はゴーグルをかける。

 暗視効果が付与されていて、グラスに狙撃用のスコープも表示できる優れものだ。

 準備を整えた俺は、溢れかえる熱気を背にダンジョンの中層――38階層へワープした。


――。


 ダンジョン38階層に入ってから、およそ2時間。

 俺は、ひたすらモンスターと戦っていた。

 

「キュィイイイイイイ!!」


 暗く狭い洞窟の向こうから、甲高い声が響く。

 薄闇の向こうに、二つの赤い光が見えた。

 と思ったのも束の間。赤い光は闇を裂いて、洞窟内を縦横無尽に飛び回りながら肉薄してくる。


 暗視効果を付与されたゴーグルを通し、モンスターのシルエットがくっきりと映る。

 モンスターの名はランクBのケーブ・エイプ。

 赤く光る瞳孔と、灰色の毛並みが特徴的なサル型のモンスターだ。


 鋭い牙と並外れた跳躍力を持ち、凄まじい速度で飛び回りながら得物を追い詰めていく小柄なハンター。

 が、そんなダンジョンのハンターさえも狙うのが、“アーチャー”というジョブである。


 俺は咄嗟に弓矢を構える。

 左手で弓幹ゆがらを押さえ、右手で矢を大きく引き絞り、一気に放った。


「そこだ!」

 

 風を切って飛翔する矢は狙い過たず空中にいるケーブ・エイプの眉間を撃ち抜き、絶命させる。

 が、俺は警戒を解かない。


 威力が弱いと言われる弓矢で、一撃で仕留められるレベルのケーブ・エイプがランクBという高ランクに位置している理由。

 それは――基本的に、一匹で狩りをしないからである。


「「「「キシャァアアアアア!!」」」」


 刹那、甲高い声が洞窟中を満たすように乱反響し、八つの赤い眼光が俺を睨みつけた。

 

「きた!」


 再び弓を構える俺の方へ、四匹のケーブ・エイプがバラバラに飛び回りながら肉薄する。

 狭い洞窟内。接近されるまでに四匹を撃ち落とすには、連射力の低い弓では到底間に合わない――普通なら。


 俺は背中に背負った矢筒から矢を4本抜き取り、それぞれ指の間に挟む。

 4本の矢を同時に弦に引っかけ、めいっぱい引き絞った。


「四発同時発射!」


 刹那、4本の矢を同時に放つ。

 放たれた矢は光の筋を残して、四匹のケーブ・エイプをまとめて刺し穿った。

 断末魔を挙げる間もなく、ドサドサと倒れていくケーブ・エイプ達。


 俺は息を吐きつつ、ケーブ・エイプ達の元へ向かい、死骸を拾い上げるとアイテムボックスへ放り込んだ。

 倒したモンスターは、落としたアイテムや死骸を、そのままお金と交換できるシステムになっているのだ。


「今日のノルマは達成だな。亜利沙も家で待ってるし、早く帰ろ」


 俺は踵を返して、第1階層に繋がっている転送陣ワープポータルへ向かおうとした、そのときだった。

 ゴゴゴゴゴゴ……と、低いうなり声とともに、ダンジョン全体が大きく揺れ出したのだ。


「な、なんだ!?」


 驚く間もなく、洞窟内の天井にヒビが入り、パラパラと小石や砂が落ちてくる。

 これは、崩落しそうな雰囲気だ。


「うっそだろ!」


 俺は咄嗟に崩落から逃れるため、全速力で走り出した。


 ダンジョンに入る際は、保険として“生還の指輪”というアイテムを身につけることが義務化されている。

 名前の通り、ダンジョン攻略中にモンスターに殺されそうになったり、崩落に巻き込まれたりしたときなど、本人が負ったダメージが一定を超えたところで第1階層にある救護室に転送される仕組みになっているのだ。


 だから、天井の崩落に巻き込まれても死ぬことはないが、最悪の場合骨折くらいはしてしまうだろう。

 流石に高校デビュー初日から入院生活なんて、洒落にならない。


「ま、間に合え!」


 背中からイノシシが迫ってくるかのような重圧に耐えながら、ひたすら走り続け――なんとかドーム状に天井が広がる広い場所に出た。


「はぁっ! はぁっ! ここまで来れば……!」


 俺は肩で息をしながら、後ろを振り返る。

 洞窟の天井には亀裂が入り、崩落寸前と言った様子だった。

 どうやら間に合ったようで、俺はほっと胸をなで下ろす。


 と、安心すると同時にとある疑問が俺の中で生まれた。

 どうして突然、天井が崩れるような事態になったのだろうか?

 余程のことが無い限り、ダンジョンの外壁や天井は崩れないようにできている。

 なのに、天井が崩落するというのは異常事態だ。

 もし、可能性があるとすれば――


「他者の迷惑も考えず、?」


 思案に耽ろうとしていた俺だったが、次の瞬間、その思考が断ち切られた。

 俺が逃げてきた洞窟の先に、必死でこちらへ駆けてくる男の冒険者の姿を見つけたからだ。


「なっ! 俺以外の冒険者が、まだあんな場所に!?」


 驚いて目を見開いた瞬間、冒険者の真上の天井が遂にガラガラと音を立てて崩れ落ち、大量の瓦礫が今まさに彼を押しつぶさんとしていた。



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