星降る夜に誓いを
斑鳩睡蓮
第0話 はじまりの物語とおわりの約束
これは遠い遠い昔の、忘れ去られたはじまりの物語。
真っ白な玉座に座った少女は目を閉じる。いつだって少女はひとりぼっち。だって、誰も側にいないのだから。明るい世界を創った女神はいつもひとりだ。澄んだ蒼の瞳が映す世界は空っぽ。他にもたくさん神さまはいるのに、一番強い力を持った真昼の女神を恐れてどの神も近づかない。これじゃあまるで、いないのも同然。
暗い暗い闇の中に少年がいた。夜の世界を創った王さまは深い藤色の瞳でじっと夜の闇を見つめる。空っぽで虚ろ、すかすかの真っ黒がずっと広がっていた。ここではないどこかに、明るい世界があるらしい。でも、夜の王さまはどこにも行けない。見えない鎖に繋がれて、いつまでも、ずっとここで。
しかし、ひとりぼっちの真昼の女神と、孤独な夜の王さまは出会ってしまった。
光の満ちる場所に夜の王さまは行かれない。闇の深い場所には真昼の女神は行かれない。はじまりの神とおわりの神は会うことができない。それは世界の法則。
それでも声を聞くことだけはできた。だから、寂しがり屋の二人は背中合わせでお喋りをするのだ。顔も表情も何も分からないけれど。
やがて真昼の女神は夜の王さまに恋をした。たぶんきっと夜の王さまも。
会うことも、触れることもできない、淡い泡沫の恋。
「ねぇ、このままどこかに逃げてしまわない?」
真昼の女神は呟いた。すぐに背後から返事があった。
「ダメですよ。あなたは光をつかさどる神で、俺は闇をつかさどる神。いなくなったら世界が壊れてしまう。でも、あなたに触れてみたいとは思うのです」
どこか哀しげに少年の声が聞こえる。少女は小さく息を吐き出した。神と名乗る資格も与えられずに冷遇されているのに、彼はとても律儀だ。
「それなら、力をここに置いていけばいいじゃないの」
「……それは」
夜の王さまは言葉に詰まる。チャンスとばかりに真昼の女神は言葉を重ねた。
「ね、人間にならない? そうすればきっと、あなたに会えるもの」
「人間は寿命が短いです。あなたに会えても長くいられないのなら、意味がない」
不満そうな声が響き、真昼の女神は自分の頬っぺたがかぁっと熱くなるのを感じた。白い手で頬を包み、とくんとくんと速くなった鼓動に耳をすませる。
「じゃあ、何度でもわたしはわたしに、あなたはあなたに生まれ変われるように魔法をかけましょう。そしたら、ずっと、あなたの側にいられるわ」
はにかんだ笑い声が微かに聞こえた。
「それならば、俺は何度でもあなたを探しに行きます」
「わたしも、あなたが世界の果てにいたって探しに出かけるわ」
寂しがり屋の2人の神さまはくすくすと笑う。
「……でも、俺は自由を選んで本当に良いんでしょうか? 壊すことしかできない俺が」
ふと、不安になったように夜の王さまは囁いた。真昼の女神は微笑む。夜の王さまには見えなくても、その気配だけは届けられるように。
「もしもあなたが世界を壊してしまうのなら、わたしがあなたを殺してあげる」
あなたを殺せるのは、はじまりの神であるわたしだけ。
顔も知らない愛しいあなた。あなたが世界を終わらせるというのなら、わたしはあなたを殺して新しいはじまりを始めましょう。
それは忘れ去られたおわりの約束。
自由を選んだ二柱の神さまは人間になった。代わりに世界は少しだけ壊れた。
光の満ちる天に穴が空いて降ってきた神さまたちを昔の人間は精霊と呼んで、深い夜から顔を出した夜の住人を昔の人間は魔族と呼んだ。
そして、光と闇をつかさどる精霊がいないのは、自由を選んだ二人のせい。空っぽの玉座は二つ。誰もが忘れてしまった寂しがり屋の二人の神さまが昔いた場所。
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