~作家に懐いた記憶喪失~(『夢時代』より)

天川裕司

~作家に懐いた記憶喪失~(『夢時代』より)

~作家に懐いた記憶喪失~

 折りを見て家へと帰り、家(うち)の鍵を始めの内には見付けられずに、家(いえ)の玄関まで上る間(あいだ)の、石垣の内に掘って仕立てたポストを覗いて隈なく探し、界隈(そと)の陽気に順応しながらそそくさ廻った俺の手先は、薄い暗さをほっそり纏ったポストの内の天井を突き、銀に光ったプレート仕立ての板の上にて、誰がしたのか揚々知り得ぬ策に乗じて、〝家(うち)の鍵〟がセロハンテープで奇麗に貼られて付いて在るのに漸く気付いて手中へ遣った。これだけ長らく住まいとしたのに、四季(しき)が過ぎ行き、涼風(かぜ)が吹いたら、一瞬にして、自分の気力は自室へ籠って明るみを見ず、他人(ひと)へ隠れた空想(おもい)の仄かへ埋没するのは、良くも悪くも、俺の精神(こころ)へ上手く逃れた一つの目だとも行く行く頷け可笑しくなって、俺はそれから、気力を絞って家(うち)へと這入る。暗(やみ)に紛れる見慣れた鍵とは、何だか妙に明るい界隈(そと)の景色に揚々気取られ、俺へと居着いた或る瞬間(とき)を観て、急に身軽く飛び跳ねて活き、俺の目前(まえ)へと自宅の前方(まえ)へと、ぽんと置かれた道具に観えては鮮やかに在る。

 家(いえ)に這入って玄関へと立ち、呆(ぼう)っとするまま暗い通路を独歩(ある)いて行ったら、仄(ぼ)んやり灯った内からの灯(ひ)が俺と出会って挨拶しており、時計回りに衝動(うご)いた経過は、ぼんぼん時計を必要とはせず、界隈(そと)の明るい明度に解け得て〝フラッシュバック〟を展開して活き、俺の前方(まえ)では四肢(てあし)を縮め、何時(いつ)か居着いた俺の人形(かたち)を、上手に模し得た精巧完備の技巧の程度を存分揮(き)し得た無重の影などきちんと連れ添い、俺がそれまで使用していた個室で動いてそのまま消え去り、残った俺には〝俺の部屋だ〟と誰に対して何に対して気兼ねを覚えず吹聴して好い暗い気楽を置き去りながらに、個室(へや)の中では家を出るまえ直火(じかび)に掛けつつ温(ぬく)め続けた拉麺茶碗が、麺を頬張り横倒れになり、俺の来るのを待ってたようだ。〝何〟が待つのか遁(とん)と知らない未熟をあいした俺の成りには、直火に掛けつつ家(いえ)を離れた危うい注意が煌めき始めて、狭く成り出す俺の個室(へや)には宙(ちゅう)に浮き出た他人が覗き、〝俺〟の動きに追々近付く個展が芽生えて明るさが在る。

 拉麺茶碗に淋しく残った麺の色には加熱し過ぎた余韻が漂い薄茶を塗した陰が目立って、それでいながら汁を啜った麺の太さは初めに見たのと少々異なり四方(しほう)に伸び切り縮れた形で、日頃に好く食う麺の様子を如実に語って従順にある。従順(すなお)な様子(かたち)が何とも宜しく、麺の独気(オーラ)は食うに適して美しさがあり、微妙な味さえ含んでいそうな体裁(かたち)を調え俺を誘った。俺の腹には麺に取り憑く虫が囁き、はらはら減らした腹の中身を麺が照らした独気(オーラ)へ放(ほう)って呼び鈴が鳴り、〝麺の為に〟と揚々空け得た俺を操る腹の調子はぐうぐう起き出し、俺の気持ちを茶色の麺へもすくすく生育(そだ)てて〝麺〟の在り処を光らせていた。

「あとで食べよう」

と一目(ひとめ)そうした気色に見慣れた際から俺の決意は固まり始めて、俺を誘った〝麺〟を観ながら、〝これだけ熱してよく熱の具合で火事にならなかったな〟と少々感心しながら先ずはその場を後(あと)に残した。

 そうして固まる私室を後(あと)にしながら俺の気配は矢庭に遊泳(およ)いで景色を通り、見慣れた、見慣れぬ、関係無しに、淡い空虚へ没頭しながら昔に知り得た知人の在り処を見付けた様(さま)にて、どんどん深まる周囲(まわり)の気色に人形(ひとがた)をした影など芽生えて日陰を造り、立体的にて俺を頬張る無機の許容(かこい)が具に立たされ温度(ぬくみ)を呈した。温度(ぬくみ)に伴い少々打(ぶ)つかる人間(ひと)との記憶が俺の目に付き知り合いを知り、柔い道具を片手に持ち得る友の人形(かたち)は俺の前方(まえ)にて微妙に明るく、明度を仕分けた細かな感覚(いしき)を俺と友とに上手に放(ほう)ってあとは自然に群像(むれ)を擁して静まり返る。仕方の無いまま俺の心身(からだ)は友へと近付き、友が呈する徐温(やおら)の笑顔に怪訝を観るまま過去へと気遣い、友が呈した遊びの道具を、鵜呑みにしたまま受け入れられない弱い丈夫を思惑(こころ)に見る内、友の体が段々近付く気配に気が付き身構えていた。友の名前は粟井俊太(あわいしゅんた)であって、俺が高校・大学修了したあと社会へ出るのを躊躇(ためら)いはじめて、母が暮れ得た広告ビラから一つ煌めく情報など採り、流行(ながれ)に任せて入学していた専門校にて直ぐに知り得た知人にあって、その後はそれほど近しい間柄(あいだ)の無いまま互いに沿えない経過を要し、卒業後にさえ一度も遊んだ事ない淡い絆でほとほと対した、恋しくならない知人でもある。そんな粟田がふらりと現れ、俺の目前(まえ)へと自然に佇み、何やら見掛けた〝遊びの道具〟を何気に手に持ちにやにや朗笑(わら)い、俺へ対して〝遊ぼう〟など問う振りをしたまま俺の言動(うごき)を具に測って近付くようだ。〝遊びの道具〟を好く好く見取れば、以前に流行(はや)った「ゲームボーイ」を形態模写した様子に在って、そうした型から恐らく中味をそうした類(たぐい)のゲームに奮(ふん)した物であろうと、即座に決め付け首肯してたが、一度注意を他へと向けつつも一度眺めた視点の先では、俺の脳裏に揚々煌めく灯(あか)りが在るのか、確かに知り得た「ゲーム」の形は色を転じて別物を彩(と)り、仕上がる形は〝モバイル〟に見た形と成り得て、表面色(ひょうめんしょく)には灰色(グレーいろ)から黒が目立って、次第にそうした形へ纏める経過の早さは見得なくなった。悶々(もやもや)していた自己(おのれ)に逸した〝怪訝〟の表情(かお)には、友が生やした弱い臭味が矢庭に飛び交い気丈に遊泳(あそ)び、白紙から成る〝ドア〟の取っ手は、友の個室へ来訪したのと同じ様子を俺の眼(め)を借り背後へ仕立て、俺の気色を薄めて活きつつ、友から生れる剛(ごう)の気質を〝個室〟へ酔わせる覚醒がある。

 こうした背後の景色は粟田を飛び越え俺をも越え活き、半ばに生育(そだ)てた淡い気色と結託する内どんどん膨らみ暗夜(やみよ)を設けて、二人に知れない柔い許容(おり)など〝折り〟に見立てて密かに講じ、講じて居るのに周囲(まわり)の環境(かたち)の詳細(こまか)を知れない夢遊に漂う俺の仮面は、粟田の気色をひたすら観るまま自分へ象る徒労の荒気(あらき)を必死に収めて活歩(かつほ)するほか、別の術(すべ)など保(も)ち得なかった。粟田はそうして、消魂(けたたま)しいほど煩(うるさ)い笑顔を晒して俺へと寄って、強引なるうち自分の手にした〝ゲームボーイ〟(粟田自称)が「余程に大した興味を引く」など、俺の手元へ強く投げ売り手早に(てばや)振舞い、俺はそうする粟田の心地を何とも図れず、〝又々彼の独自が他人を廻して騒いでいる〟など動転しながら背後を見送り嫌な気がして、粟田が装う何事にでさえ気性を抗う〝憤怒〟の心地を忘れず儘にて持ち去っている。しかし、仕方が無いので、彼の行為を好意とするまま〝ゲームボーイ〟と彼が称する詰らぬ道具を手中にするのは、俺の気質が以て生れた脆い独気(オーラ)を先取りして行く暴走(はしり)に転じた契機の故だ。相も変らず彼が発する他人へ宛がう虚ろな両眼(まなこ)は、取り付く途(と)の無い気怠い〝脅し〟が散乱していた。

 その〝ゲームボーイ〟の扱い方を、俺は手に取り、分らずに居た。「データが消えるから無暗矢鱈に操作をするな。」と貸した最中(さなか)に俺は言われて粟田を見張り、そうした機能を具に知れない自分の無様に少々配慮をしながら、最近こうした流行(はや)り物など一度も手にせず、涼風(かぜ)の流行(なが)れる淡い空間(すきま)へひたすらこの身を押し込め隠れて、何も知らない「流行遅れ」を余計に呈した自分の軌跡は、こうした場面に相応しくなく、更にその上、恥にも化(か)わると、無垢な悩みに燻々(くすくす)浮んだ自分の憂慮を痛感するまま嘯くのだが、粟田の呈した〝言葉足らず〟が、これを俺へと渡した最中(さなか)に充分輝き、〝こんなに悩むは彼の好意に不備がある〟等、沸々呟く俺の眼(め)からは彼へ対する〝嫉妬〟の念など如何(どう)にも拭って落ちない敵意と成り得て当りを称して、弱く跳んでは彼を擁する不毛の砦を工作して居た。〝ゲーム〟の機能に色々並んだ釦の内には、〝押しては成らないデータ消去へ辿って仕舞える不吉な釦〟も存在していて、そんな〝ゲーム〟を手にした俺には俄仕込みに程々離れた強い不安がめっきり浮き立ち、粟田の視線が注意を落さず俺の周辺(あたり)に柔(やわ)んで在るのに緊張し始め、

「使い方も知らない、況して、きちんと教えてもない相手に、舌っ足らずな説明だけして貸してくれるな!」

等々、俺の気迫は腰を落して気丈に身構え、〝相手〟と成り得た粟田の総躯(そうく)を見上げる儘にて怒調(どちょう)を飛ばして恨んでもいた。そうした最中(さなか)で窮地に在るのに、俺の夢想(ゆめ)には頑固が解け得て不真面目と成り、彼を排(はい)する覚悟だけ観て〝ゲーム〟を扱うマニュアルなんかを彼(やつ)に聴くのを億劫がった。

 そんな粟田の肩の向うに、同じく専門校にて淡く知り得た高田の姿勢(すがた)が矢庭に飛び交い、俺へと向かった彼への気力は無言の内にて場面を転じて結託仕上がる〝彼等〟の度合いを揚々固めて宜しく寄り添い、俺の目前(まえ)にて〝彼等〟の気色は、見る見る内にも激しく燃え立ちその場に挙がった上気を仰いで遊泳(ゆうえい)し始め、高田の働く〝現行(いま)の職場〟が粟田の〝ゲーム〟が彼の〝職場〟で流行ってあるのを俺の眼(め)で見て勇々(ゆうゆう)豊かに実らせ始めた初春を講ずる。勢い任せに巧く飛び出た〝彼等〟の派生は、俺の〝気迫〟を薄めて成り立ち静かに仕舞えた〝ゲーム〟の脚色(いろ)など事毎(ことごと)転じて〝淡さ〟を拾い、確かめ合いつつ互いの身元は華(あせ)を落した〝彼等の職場〟で滅法流行り、そうした〝ゲーム〟に転機が訪れ、〝ゲーム〟の中味は俺にも懐いた〝鉄拳七(てっけんせぶん)〟が新たな身を借り分身して活き、三人揃えた景色の内にて、粟田が手にした〝ゲーム〟の大口(くち)には〝未知〟が火照った紅い孔雀が大きく両翼(つばさ)を拡げて生き生きしていて、新たに独走(はし)った流行(はやり)の即座も〝二人〟へ対してまったりするまま加減を見知らぬ体裁(かたち)を仰いで俺の下(もと)へと散らばり始める。粟田の姿勢(すがた)が〝二人〟を目前(まえ)へと侍らせ従え、自分が手にした新たな〝ゲーム〟をゆったり掲げて自慢をして居る。自慢しながら〝鉄拳〟ゲームは俺の馴らしたゲームでもあり、不意とゲームが呈する気丈の場面に三人揃って寄り添うものなら、俺の〝馴らした以前(むかし)の手腕〟が大口(くと)から吐き得る気熱でも見て、二人揃って片付け得るのを夢想(ゆめ)の内にて彼等も嗅ぎ付け、そうした自然(じねん)に箍が外れて邁進するのを景観(けしき)に見据えた彼等の両眼(まなこ)は重々察して気取れた様(よう)で、俺へ近付く〝結託紛い〟は如何(どう)にも通れぬ弱い運河を両者の配した間柄(あいだ)へ見て取り、唯々二人の感覚(いしき)が互いに寄るのを細目に見て取り幻想(まぼろし)を観た。〝彼等〟が配した暗(やみ)の内では片目に気取った哀楽なんかが真横へ独走(はし)って縦列しており、誰にも解け得ぬ弱い腰など、自力で携え宙(そら)へと掲げて、俺の前方(まえ)でも充分煎じた泡(あぶく)を欲しがりうとうと這いつつ、俺の精神(こころ)が気泡を発して上気へ逃げ行く幻想(おもい)を観たのは、それから外れて数分後に観た景色の内にて、〝鍵〟の要らない〝暗い家〟へと埋没して行く未有(みゆう)の傘下が生じた頃だ。事の有無など日射へ乗じて有耶無耶にされ、俺の記憶は〝彼等〟の吐息を暫し忘れた頃にて再生して在り、自然(しぜん)に倣った月(つき)の甲(こう)など、意味を発せず非常に冗(じょう)じた上前撥ね活き溌溂として、俺の〝孤高〟は温(ぬる)い記憶を一杯頬張り、自宅を模し生(ゆ)く家の肢体を講(つくり)に観る儘、深い緑の嵩に塗れる数段離れた玄関迄へと自己(おのれ)を仕向けて躍動して行き要所要所で闊歩を手招き、〝家(いえ)〟の内へとやおらに続いた深い暗(やみ)へと自宅(いえ)の界隈(そと)からてくてく歩いて上手に跳び込み自分に仕留めた弱い心地を家具へ当てつつ気込(きご)んでも居た。よろよろ這入れた〝自宅(じたく)〟の内では暗(あん)に隠れた幾つの書斎が〝誰かの為に…〟と幾つも生じ、俺の気配はそうした暗(やみ)に居着いた個室の主観(あるじ)に巧く気取られ、小窓も咲かない暗い通路で俺を照らして激しく謳い、

「ここまで来れるかどうかは一同揃えて見物にあったが、どうしてどうして、お前の書斎はどこにあるのか見当付くまい。早く還って自室を纏って世間に対して穏泰(おんたい)に就き、決して慌てぬ試算を見つけて隠れて居(お)るのだ。」

 弱々しく鳴る不毛の輪舞曲(ロンド)はそうした暗夜(やみよ)にすっぽり堅(かた)まり俺の〝大手〟を手早に小突いて動こうとはせず、白い〝白紙〟が俺の精神(こころ)へ激しく降り得た野生の無期には、到底止まない無有(むゆう)の主観(あるじ)が野平(のっぺ)り輝(ひか)って夢想(ゆめ)を観ている。何処(どこ)かへ辿って還って来たのは経過(とき)の止まない過細(かぼそ)い廊下で俺の心身(からだ)に円らに咲き得た初春(はる)の花など咲いた時期(ころ)にて、友さえ知己(とも)さえ、知人(とも)さえ忘れた〝気力〟の小片(かけら)は宙(そら)へ宛がう没我の陽(よう)にもすっぽり納まり身固めでもして、友と語らう明るい夜路(よみち)を忘れた俺には、表情(かお)を示さぬ手厚い夢想(ゆめ)など真向きに降り得て〝自宅〟を報せて、家から外れた界隈(そと)の空気を矢庭に吸い得た俺の感覚(いしき)は〝自宅(ここ)〟まで辿れる自生を呈しておっとり居たのだ。そうした背後(うしろ)が俺へと付く為、〝自宅〟が呈する暗い通路は〝友〟と通えた暗い夜路に大して化(か)わらず堰を設け、恥ずかしがらずに未知へと就き得る〝暗い夜路〟を真っ向から観て死生(しせい)を感じ、〝家〟の内にて誰が居ようが何が居ようが、果して結果に空気(もぬけ)が在ろうが臆する事無く迷いさえせず、うっとりする程〝験〟を担いでそれまで通れた延道(みち)の上へと心身(からだ)を遣り得た。うっとりする儘〝誰〟の発声(こえ)をも聞けず儘にて、未知が囀る小鳥の小唄を未熟に漏らして傾聴して活き、書斎へ続いた長い通路を暗(やみ)には紛れず気丈を振舞いてくてく独歩(ある)いた延道(みち)の果てには、あの時見知った暗い個室を少々違った弱い気配をその掌(て)へ牛耳る固い許容(かこい)がその実(み)を表し、俺が来たのを手厚く向かえて歓迎して居た。暗(やみ)に紛れた〝自宅〟の家具など可なりの角度に散乱していて、俺が独歩(ある)ける空(すき)の無い程〝見せない虚無〟など充満させては固室(こしつ)を設け、そうした最中(さなか)にふらふら当った家具の形は俺の足元(もと)にて暗(やみ)を象り、薄ら漏れ得る何かの気配へ灯(あか)りを設けて俺の眼(め)で観てくっきり仕上がる淡い形象(かたち)を充分頬張り租借をし始め、暗夜(やみよ)へ言動(うご)いた未知の〝虚無〟には家具の一つが端正(きれい)に固まり、一つ一つの家具の傍(そば)には俺へ対する仄かなsign(しらせ)が野平(のっぺ)り息衝き、俺の位置まで決定していた。

 そうして集(つど)った個室の〝家具〟には、大型テレビが二台表れ暗(やみ)に通(とお)った光線(ひかり)の内にて何やら気取れぬ番組等して俺へと囃(はや)し、二台のテレビは夫々点き得た灯(あか)りの内にて全く異なる映画を映して仄(ぼ)んやり佇み、闇に紛れぬ輪郭(かたち)の内には二台を呈した一つの内にて〝砂嵐〟を観(み)せ俺の気分を少々押した。そうして堅(かた)まる二台の内には何やら見知らぬ決まった規律(ルール)が俺の気配を上手に潜(くぐ)って画策して在り、幾つも並んだ通常機能の四角い物が俺から見付けた机の上にて真横にたえ得る気色を灯して仄(ほ)んのり転がり、それを取り得た俺の感覚(いしき)が意図して伝えた〝伝播〟の波から〝つつつ…〟と送れた信号機により、〝パパパ…〟と化(か)わった二つ目に観たTVのナイズは別の明かりを静かに灯して俺の前方(まえ)では明るく在った。〝リモコン機能〟を〝鼠〟と呼びつつ、暗(やみ)に紛れた黒いコードを辿って行ったら、二つに分れた左のテレビに吸い寄せられ行きチーズの臭味にほっそり辿れるか弱い体裁(かたち)がずんぐり表れ、俄かに灯った俺への灯りは、TVナイズに上手く裂き得た白黒調など自活へ浸って相対する儘、ずんぐり肥った〝鼠〟の吐息を〝伝播〟に乗せ活き上々表れ、黒い神器に降れる眼(まなこ)で〝リモコン機能〟かテレビの本機(ほんき)か何れを触って調度を化(か)えたか分らぬ儘に、左へ傾き俺へと対する白黒テレビは美彩を放(はな)って物を映した。静かな個室で誰かの主観(けはい)がドアへと直って向こう観た儘、俺の気色は白黒調へと場面を転じて〝転々(ころころ)〟煩(うるさ)い初春(はる)の畝(うねり)にその実(み)を置いた。

 俺の背丈は暗(やみ)に塗れた固室(こしつ)の内へと丁度すっぽり這入った儘にて界隈(そと)へ這い出て体裁(かたち)を仕留める労苦に在っても一向届かぬ理想を漏らせてそれを見遣った他人(ひと)へ対すも自己(おのれ)の自力を巧く呈して辟易さえ無く、少年(こども)に還った気弱な丈夫を身内へ宛がい独歩に赴き、書斎を脱(ぬ)け出て別の個室(へや)へと冒険して居た。初春(はる)に生れた俺への心地は弱い涼風(かぜ)など暗路(あんろ)へ覗かせ、束の間眼(め)にした自活の居場所を少年(こども)に彩(と)らせて解体して行き、俺の心身(からだ)は見知らぬ段へと穂先を温(ぬく)めて暗躍して活き、誰にも見知らぬ企図を拝して失踪して生(ゆ)く。鍵を手に取り、始めに認(みと)めた書斎を訪れ、〝麺〟の居所(いどこ)が分らぬ儘にて大体知り得た個室(こしつ)の調子を個室(へや)の四隅へ暫く放(ほう)って漫然に在り、自分へ課された淡い旋律(しらべ)を上手に象り再確認して、ぐるぐる見渡す視点の景色に黒の気だけが目立ち始めて物憂く成り出し、飽きが廻った俺への寡黙は俺の感覚(いしき)を次の面(めん)へと直ぐさま投じて気安くなって、俺の心身(からだ)は〝ぐるぐる廻った〟興味の火照りへ吸い寄せられつつ誰かが使った寝室へと来て、そこに敷かれた電動式なるベッドを囲った気色に出逢って沈黙しつつも、心中(こころ)へ芽生えた新たな興味は〝俺〟を割りつつベッドの上へと総身を放(ほう)って元気に成った。

 そうして〝誰か〟を父母に見取って、父の寝床はこうしたベッドに有り付かないのを重々知り得た俺には〝白いベッド〟に父が寝そべる滑稽(おかし)な気色(ばめん)を一層独歩(ある)いて想定し切れず、暗(あん)に灯った純白(しろ)いシーツはベッドで遊んだ過去(むかし)の気色(けしき)を充分照らして解体され活き、俺の肢体(からだ)は仔細に跳ね得てシーツへ飛び乗りまったり横たえ、電動式成る丈夫なベッドの強弱高鳴る愉快な動きに自然に埋れた興味の向く儘、ベッドの高さを上下に揺らせて、俺の夢想(ゆめ)には一時(いっとき)劈く気弱な独走(はしり)が暗(やみ)へ静まる〝無暗〟を取り除け、一服して居た俺への主観(あるじ)が寝首を擡げて独歩(ある)いて来たのは、俺の個室が〝電動式〟にて予定調和に搔き消されて行く父母の寝間へと居着いた頃だ。俺はベッドへ寝転び、自分の体位を大きなベッドの中央辺りへ寄らせて行くのに興味本位に努めて在りつつ、ふとした間(あいだ)に自分を生み得た父母の居所(いどこ)を気取れないのが俄かに気になり静(しず)んで行く頃、派生して行く俺の興味は、延道(えんどう)抜けつつ〝自宅〟の鍵の居所(いどこ)を探し続けた陽(よう)の最中(さなか)の自分を想い、滑稽(おか)しく成りつつ真面目でもあり、〝父母は留守にて、鍵が無ければ休める場所さえ辿り着けずに縋る思いで探して居たのは何も透らず(不自然には無く)自然に在って、それ故焦燥(あせり)を憶えた自分が居たのだ…〟と潤々(うるうる)沈んだベッドにたえて、白で纏った寝間の陽気を片手に従え俺の感覚(いしき)は微睡んでいた。

 白い朝からとことこ離れ、俺の陽気は陰気を連れ添いばたばたし始め、暗い通路へ掛かった頃には微温(ぬる)い気配に漂っていた。如何(どう)して成るのか見知らぬ陽気は誰を主観(あるじ)に纏まり得るのか、素知らぬ体(てい)して生れる〝微温(ぬる)さ〟へふと又直面して活き、人間(ひと)の気配が如何(どう)にも来ぬのを尻目にしながら悪態吐(づ)き活き、自分へ懐いた淋しい過程に気力を付すのは〝主観(あるじ)〟であると、誰にも何にも全く依らずに決めていたのは、これまで観ていた自分の健気が気丈に小躍(おど)って目立ったからだ。現行(いま)に始まる自然の動きは俺へと目掛けて小躍(おど)って行って、如何(どう)した基準へ定着するのか全く分らぬ開祖を固めて揚々気取り、俺の元まで独歩(ある)いて来るが、俺の方でも自然に対した夢想(ゆめ)を手にして、〝白い誇張〟が温身(ぬるみ)に浸って凄んで在るのを自体へ伏し得た僅かな暴挙へ隈なく見付けて相対(あいたい)して居り、果して固室(ここ)から脱出出来るか否かを自問する際、自信が無いのを露わにして生(ゆ)く自己(おのれ)の無様に気付いてもいた。激しく衒った気性へ落ち着き、急倒(きゅうとう)するまま自分に生れた〝活路〟を見出し退屈(じかん)を逃れ、酷く黙った経過を観る儘、自分の孤独を固室(へや)へ掲げて疾走して行き夢想(ゆめ)の限りを然(しか)と観るのを執拗足るうち淡く嫌った。白紙へ転じた夢想の描写は、他人(ひと)から離れて人間(ひと)から離れ、淡い経過を粒々独歩(ある)いた自己(おのれ)の気配を蹂躙し始め何も手にせぬ微弱(よわ)い覚悟へ重々独歩(ある)いて丈夫に成り立つ。一体如何(どう)して何を気にして逃げて在るのか、自分へ生れる正気の程度が何(なに)にも増し活き自然に解(と)け得る未知の記憶へ活歩(かつほ)を呈して四旬へ赴き、決定され得ぬ輪舞曲(ロンド)の未熟は〝気配〟を調度に耽溺している。自分の〝未熟〟が何に対して未熟であるのか一向気取れぬ西日にあっては、自己(おのれ)の拝する神秘の居所(いどこ)も歪曲され得た歴史(かこ)の糧へと舞い込んで活き、巷で枯れ行く稚拙な常軌に一度は知り得た〝基準〟の体裁(かたち)を牛耳り奪(と)られて、幼稚(こども)の態(てい)した青い霞が俺へと跳び付き馬鹿でありつつ一向化(か)わらぬ体温(おんど)に操(と)らせて静(しず)んで行くのが、端(はた)で観ている俺にとっては痛感せるほど現行(いま)に捉える〝自分〟の居所(いどこ)がはっきりする儘、他人(ひと)の〝気配〟も循環して行き無口に落ち着く。

 有名処で華(あせ)を散らばせ、散々歌ったロックバンドの稲葉浩志が〝ビーズ〟の単位にほとほと収まり、美顔を呈する黒い外套(マント)を自体(おのれ)の皮膚へと釣らせて生(ゆ)く儘、俺の目前(まえ)では激しい輪舞(ダンス)を紅潮するうち肢体(からだ)を火照らせ、飛び入り客へと自分が呈する奉仕の樞(ひみつ)を手順に従い横行したまま暗い舞台に隠れてあった。〝現行(ライブ)〟の舞台を自身(おのれ)を律した淡い琥珀は照明(あかり)の直下に悶々して在り、生き生きして行く彼の鼓動(ビート)はそれまで観たのと数段離れた高い鼓動(ビート)に自身を貫き快感(オルガ)を求め、快感(オルガ)へ辿れる暗い通路は彼に構えた自然の体温(おんど)がゆったり猛って彼をも装い、彼の顔から生気を奪って何処(どこ)かへ逃げ出す算段にある。家の内でもこれだけ開けた気配(ムード)が漂い、暗い通路をほとほと独歩(ある)いた俺の前方(まえ)では、紙吹雪に舞う他人(ひと)の上手が他人(ひと)に生れた試算に在らずに静まり返った〝琥珀〟の鼓動(ビート)を巧く宿した奇室(きしつ)が在るとの、俺へ対する夢想(ゆめ)の吐息が露わに表れ無類さえ観て従順(すなお)に肖る光明(ひかり)を見たのは、感覚(いしき)を逸した〝覚悟〟を想わせ俺の夢中(うち)へと巧みに這入った〝気力〟が窺え、俺に宿った彼の姿勢(すがた)は〝他人〟顔して端整(きれい)であった。

 経過(とき)の小片(かけら)が静寂(しじま)を潜(くぐ)って黒に咲き得た晴嵐(あらし)を観たのは、俺の心身(からだ)が〝家〟へ這入れて数分後である。自分に生れる主張の在り処を自分の懐(うち)から上手く引き出し白紙(かみ)へ書くのに適した文句(ことば)が見付からない等、俺の心身(からだ)は今まで憶えた出来事(こと)を転じて〝主張(かたち)〟にするのが億劫と成り、これまで憶えた言葉の手数(かず)など端(はし)から端まで奇麗すっぱり忘れてしまって、滑稽味を増す廃人(はいじん)ばかりが自分を律する精神(こころ)の懐(うち)にて横行しており、何を描(か)くにも火種(たね)の尽き得た妄想ばかりがふわふわ浮んで固陋へ生(ゆ)くのは少年(こども)の頃見た景色の内(なか)にて埋没している。そうした挙句に、他人(ひと)から咲き得た品(しな)の類(たぐい)は皆が皆同じ規律(ライン)に並んで在る儘、何やら見知らぬ浮遊の規律へ結託して活き、現行(いま)に居座る分別顔した〝有識者(エリート)達〟が自分の祭りに参戦して行く背後の威を借り、〝多勢〟に倣った〝説明文〟へと沈着するのが有り有り見得ては奇麗であった。物を書くべき火種が消えて自然から成る涼風(かぜ)に吹かれて突っ立つ俺には、〝説明文〟など持論を呈した論文(それ)の類(るい)へと静かに並んで仕舞え込むのが自然(じねん)に倣って当然とも成る。彼(か)の〝有識者(エリート)達〟への界隈(そと)の共鳴(さけび)は何処(どこ)へ向かって肢体(からだ)を黙らせ突っ立ち得るのか、至極自然(しぜん)に分らなかった。悶々して生(ゆ)く俺へ生れた夢想(むそう)の調子は、界隈(そと)で振舞う作者を異にして〝別の固室(せかい)に活き得る対象(もの)だ〟と暗い廊下でぼそと呟き心身(からだ)を丸め、丸めた背中に何も言わずにこつこつ過ぎ行く他人(ひと)の独気(オーラ)が分散し始め、俺の実(み)を推す紅(あか)い独気(オーラ)が狭い個室に並んでありつつ俺の夢想(ゆめ)まで届いて在るのにふと又気付いて耄碌して行く。

 〝ビーズの稲葉〟が他人を呈して舞台へ降りつつ、暗い〝廊下〟に自分を晒して呑気に歌った〝初春(はる)の唄〟などそろそろ教えて手取り足取り、自分と並んだ〝舞台上手〟と肩など組みつつ愉快に在って、人工照(あかり)の直下(した)にて真向きに捉えたもう一人の目を従順(すなお)に受け取り自分に付き添う仲間としたまま真面目であった。桃色(ぴんく)と紅(あか)とに交互に輝く朴(と)っぽい壇には三者が揃って結託して在り、死太い色気に彩(と)られて活きつつ端整(きれい)に撓(しな)んだ薄暗さには、稲葉の表情(かお)など気丈に飛び交う空間(すきま)を保(も)ちつつ厳粛が在り、舞台を操(と)るのに厳しい気配(ムード)が散乱していて熱気が佇む。〝もう一人の目〟は稲葉と俺との中央辺りに腰を落ち着け、舞台に彩(と)られた暗い気配(ムード)を上手(うわて)に操(と)るまま緩衝器を成し、執拗(しつこ)く迫った〝色気〟の類(たぐい)に気丈におっ立つ上気を従え静かに在って、好く好く見入れば彼(かれ)の表情(かお)には見慣れた〝古巣〟が幾つの過去(むかし)を頬張る体(てい)にて、俺へ向け得た黒い人見(ひとみ)が俺に纏わる憂慮に拝して新鮮に在り、俺の〝居所(いどこ)〟へ程好く近付く気力(ちから)が根付いて自然であった。そうして成り立つ〝目〟から発した人工照(あかり)の加減は明暗彩(と)られず暗(やみ)にも輝く効果を灯して何処(どこ)へも逃げずに、そうした明度(あかり)にぶらりと立ち得た人の形は、〝友〟を呈して俺でもあって、二役演じる器用な若輩(やから)に仕上がっている。〝俺〟を模し得た人の形は人工照(あかり)の直下(もと)にて自体を彩(と)り活き、俺と稲葉が所狭しと這入ずり廻った好色漲る舞台の要所へ軌跡を抜かして現れて居り、刹那の内にて臨機に仕上がる淡い体温(ぬくみ)を舞台の上から人工照(あかり)へ投げ付け、俺と稲葉が通った軌跡(あと)など具に見付けて追跡していた。稲葉は稲葉で、自分がそれまでして来た〝現行(ライブ)〟を緻密の程度に再現して魅せ、現行(いま)には見得ない客の動作を具に調べて活動して活き、〝現行(ライブ)〟を操る独力(ちから)の穂先が如何(どう)いう程度で功を見得(みう)るか、訓示を翻(かえ)した叙述を並べて自身の火照った緊張感など羞恥を伴い埋葬している。稲葉(かれ)の表情(かお)にも二人に火照った色香(いろか)が扮して滅法生育(そだ)った自活が表れ、二人に連れ添う〝気力(ちから)〟を睨(ね)め付け嗜好へ耽溺(おぼ)れ、生来掌(て)にした声高を器(き)に存分振舞う精神(こころ)を透して奮戦していた。

      *

舞台の上には怪物が居る。矢庭に生育(そだ)った〝気力(きりょく)〟を呈して呑気に振舞う舞台の上には、これまで観て来た怪(かい)の類(たぐい)と余程に離れた形態(かたち)をしたまま人間(ひと)の坩堝に飛び交い続けた怪物が居る。人間(ひと)の思惑(こころ)が暗い通路を何処(どこ)から這入って渡って来たのか、仔細に気取れぬ〝悶々〟観る内、すっと仰け反り舞台から退(ひ)く〝期限〟を気にした怪物が居た。舞台の裾から壇に宿った暗い粒子が人工照(あかり)から漏れ、暗(やみ)に入(い)っても煌めき続ける兆しの一途(いっと)は人間(ひと)に芽生えた輪から漏れ出て一色(いっしき)化(か)われぬ体温(おんど)の調子を俄かに立たせて有限(かぎり)を呈し、〝俺〟から這入った〝もう一つの目〟を、器用な掌(て)に依り悶え過ぎずの快感(オルガ)に瀕した樞(ひみつ)に遣りつつ無形(かたち)は失くなり、「明日(あす)」に咲き得た小さな〝共鳴(さけび)〟は、他人(ひと)に生れた倣いを手に取りそれまで生育(そだ)てた丈夫の苗(なえ)など人間(ひと)の弱味(よわみ)を然(しか)と付されて淡く撓(しな)んだ界隈(そと)の固室(せかい)へ埋没して生(ゆ)く。…。――。…。

      *

 空腹にも似た心身(からだ)の焦燥(あせり)は〝俺〟を従え二人を連れ出し、舞台へ置き去る〝三つの人見(ひとみ)〟を紅(あか)く燃え行く直火(ほのお)へ立たせて徘徊している。〝稲葉〟は自分が生育(そだ)った固室(せかい)に活きつつ、透った心身(からだ)を巧く撓(しな)らせ〝もう一つの目〟を巧みに引き寄せ自分の眼(め)として〝俺〟の居座る〝最初の固室(へや)〟へと赴き始め、〝俺〟達二人は、稲葉の指示にて、〝現行(ライブ)〟で謳(うた)える自分の賛歌(さんか)を、十分(じゅうぶん)延ばした舌の先にて空転(ころ)がず程度に歌い続ける予定を組まれて緊張して居り、仄(ぼ)んやりし出した脳裏(あたま)の内(なか)では、最初に居着いた固室(せかい)の涼風(かぜ)等、〝発声(こえ)〟を荒げた雄鷲(おわし)の体(てい)して〝俺〟と〝彼等〟を廻し始めた。

 〝稲葉〟が保(も)ち得た桃色(ぴんく)のマイクは、人工照(あかり)を受けつつ見る見る〝稲葉(かれ)〟の動作に解け入り落ち着き、桃色(ぴんく)の裏から美肌を呈した艶めかしささえ気丈に持ち上げ自体を表し、肌身を透したマイクの小片(はへん)は、人工照(あかり)の最中(さなか)に端(たん)から仕舞われ見る見る内にも姿勢(すがた)を化(か)え活き張形(はりがた)と成り、桃色(ぴんく)の人工照(あかり)にてらてら煌(ひか)った〝稲葉〟の五指(ゆび)には〝場違い〟呈する脆(よわ)い安堵(オルガ)が未熟に咲き付け仰け反り翻(かえ)り、それまで呈した〝稲葉(かれ)〟の気色は〝舞台〟に華咲く好色漢(こうしょくかん)への死太い姿勢(すがた)を緩く表し静まり返り、一見華咲く徒労の容姿は〝舞台〟の上へと返り咲くまま生気を呑み得る気高い化身へ変って行った。何時(いつ)ものように泥濘(どろ)に塗れる愛露(エロス)へ対した〝稲葉〟の姿勢(すがた)は、張形バイブを巧く模し得たマイクを手に持ち〝俺〟と分身(かわり)を上手く出し抜く試算を携え、舞台の上にて活躍して生(ゆ)く〝稲葉(かれ)〟の姿勢(すがた)は人工照(あかり)から出る執拗(しつこ)い〝粒子〟に酷く呑まれた無様を魅せつつ、快楽に浸る淡い陶酔感など、未熟を気取った〝男娼稲葉〟にとろとろ鞣され記憶を調え、舞台に咲き得(う)る新たな気配に敏感成る儘〝共鳴(さけび)〟に対せば華美を彩る。〝男娼〟気取った〝稲葉〟の容姿(すがた)は舞台を操(と)るのに包容され得た〝関連業者〟へ、一定され得る気味の悪さを無性に呑めない錠剤(くすり)に仕立ててぽんぽん放り、そうした好意の態とらしさは俺の懐(うち)へと寒気(さむけ)を放(ほう)った一つ覚えの問題行為に何ら変らず無様であった。暗(やみ)に浮き出た張形バイブをマイクと称して歌う〝稲葉〟はマイクのコードを巧みに捌いて舞台を空転(ころ)げて活き活きして居て、〝歌うマイク〟は〝稲葉〟の唇(くち)から程好く離れててらてら滑(ぬめ)り、人の華(あせ)など〝真綿〟に包(くる)んだ〝生気〟を灯してうっとりして在り、活き活きしたまま個体を称する〝怪(かい)〟を評して確立して生(ゆ)く従順(すなお)な素顔(かお)さえ持ち合せていた。少々誇張し過ぎたマイクの先端(さき)には〝稲葉(かれ)〟に保(も)たれて都合の好いよう、五指(ゆび)の届かぬ笠が出張って形成(かたち)を納め、そうした固体の下方に延び得た余身(よしん)の程度は他人の扱(つか)える一般(ふつう)の固体(からだ)に落ち着いて在り、それにも変らず忌々しいほど光沢(ひかり)が飛び散る人間(ひと)を呑み得た肌理の肌色(いろ)には、〝三者〟が集えた〝舞台〟の在り処をくっきり示したリアルの気色が如実に語られ活き活きしていて、俺の這入れた固室(こしつ)の空気を仄(ほ)んのり和らげ家の間取りを平面にした。〝現行(ライブ)〟が始まる直前(まえ)の気色に、〝俺〟の気配は潤々(うるうる)し始め〝稲葉〟へ近付き、〝張形バイブ〟をリハーサルにて触らせて貰う淡い経過(じかん)へ這入って行った。そうして触れ得た〝張形マイク〟は、熱い吐息を人工照(あかり)へ向けつつ解放した儘、真上へ倒れた虚ろな表情(かお)して直立(た)ってはいたが、解(ほど)けた〝下方〟は軟(やわ)みを帯びつつ肌色に在り、〝俺〟の五指(ゆび)には〝稲葉(かれ)〟を通(とお)った柔い肌理など底光りをした淡い軟さが期待通りに無垢の表情(かお)してじんわり緩々、「明日(あす)」に映えつつ這入って行った。

 これまで観て来た空虚な小片(かけら)を自分の脳裏に緩く拡げて宙(そら)を飛び跳ね、此処まで独歩(ある)いた自分の体(からだ)へ対面したのは誰にも観えない奇問の成就に吊られた頃だ。誰の主観へ這入って行っても所々で仰け反り剥がれる〝興味〟は瞬間(とき)の駆け行く身軽に吸い付き一体化して、〝白紙〟を呈せる自分の肢体(からだ)は自由の白虎へふらふら寄り添い、肢体(からだ)を伸ばして飛び乗る体(てい)にて夜明けの立たない霧の内にて問答している。男も女も身分を呈せぬ夜霧に於いては幻想紛いの須臾に浮んでその身を細(ほそ)らせ、尖った気色は未知を拝した野火の麓へ揚々生(ゆ)く儘〝電車〟を観ている。自分に向かって走る電車は何にも変らず天(そら)まで上がった銀のレールを、ごとごと立ち得る騒音(ノイズ)を放(はな)って周辺(あたり)を確かめ、〝黒〟い眼(まなこ)に一つの銀河が悠々在るのを腕組みするまま眺めて在るのだ。誰に疎まれ帳が降りても、今日を飾った景色に在るのは自分を象る生命(いのち)でありつつ還元して生(ゆ)き、星降る夜空へすらりと上がった巨躯の主(あるじ)は、俺へ排され、何に見惚れて変って行っても常に輝く昼夜に在るのは、俺が隠した性根の在り処に報知され得る。

 俺の耳には何処(どこ)かへ遠退く男女の笑いが始終絶えずに浮び上がって、〝電車〟が織り成す汽笛が鳴っても一向芽生える当てをも知れず、ずんずん遠退く〝無駄〟に見取れた気色が取れ行く悶絶紛いの辛酸を知る。俺へと懐いた友の体温(かけら)は何処(どこ)へ遠退き、此処から連なる〝夜霧〟の内へと埋没したのか。来春から成る自分へ課される仕業(しぎょう)の程度は許容を伝(おし)えずぱらぱら散り行く迷路を示し、黒い夜目には朝陽(ひかり)が蔓延り、窮屈に鳴く鳥の姿勢(すがた)を真っ向から観た銀幕が成り、何処(どこ)へ行っても一向途絶えぬ朝陽の姿勢(すがた)は俺から離れてうとうと眠る。形成(かたち)の付かない哀れな道化師(ぴえろ)は四旬を嫌って徘徊して活き、人間(ひと)から離れた固い態度に憂いを招き、堂々巡りの迷路に対した我が身の独歩に気取り奪(と)られて仄(ぼ)んやりしている。人間(ひと)から生れた俺の脚(あし)には何処(どこ)へ行くとも捗れない儘、紋々する内、時計に撓(しな)んだ目下の主観(あるじ)が己を寄らせて豪語へ解(と)け合い、主張へ託した自我(おのれ)の〝脚(きゃく)〟へと進行して行く経路を報せてほっそりしている。そうして浮き立つ両腕(かいな)の許容(うち)には黄色く輝(ひか)った朝陽が飛び出て未熟とも成り、〝未熟〟を知り抜く俺の気色(ようす)を一目散へと美化に努めた白い盤へと脚光を着せ、俺から始まる独自の流儀へしどろもどろに展開して行く。

 明日(あした)へ芽生える勇気の華(はな)など、何処(どこ)かへ散らばる幻想(おもい)の内にて上気を見立て、端から散らばる柔い現実(ひかり)に自分を誘(さそ)った触手が在るのに疎く気付いて這(ほ)う這(ほ)う歩き、誰かに観られる〝銀〟の場面を想定しながら、俺の体(からだ)は虚構に紛れる主観(あるじ)に寄り添い閉口している。知人が幾つか俺の自宅へ携え来る時、門戸を潜(くぐ)って陽光から成る〝白銀(ぎん)〟の光沢(ひかり)に彩られる儘ぱっと消される如実を想って愕然とした。影を示さぬ知己(とも)であったが、これほど自分へ懐かず遠退く容姿(すがた)はそれまで未だに悟り切らない幻影仕立ての胸裏を突かれて落ち着いて行き、慌てた俺には門戸を潜(くぐ)って直ぐ在る段の上から知己(とも)が跳ぶのを、下段に身構えゆっくり象(と)るのに精(せい)が無かった。俺の口から飛び出る独言(ことば)は誰へも懐けず生粋に居て、所構わず嚏(くしゃみ)をしていた一時(いっとき)等でも、知己(とも)を労い高揚して行く自棄を嘆いて算段していた。ぽんと置かれた幻覚(まぼろし)等には電子に送れる愚鈍を講じて四肢(てあし)が固まり周辺(あたり)を見廻し、誰にも気取れぬ微温(ぬる)い四肢(てあし)が俺へと懐いて安直に在る。〝誰の愚鈍(にぶさ)も俺の実(み)をして付いては来れぬ〟早々語った俺の口実(くち)には緩い〝火の粉〟が逆に彩(と)られて稲光(いなびかり)を吐き、容易(やす)い始動(うごき)に自身(おのれ)を乗じて小首の辺りを揚々気にする。〝誰に懐いた天使の羽でも、通り縋(すが)りの拙い貌(かお)して俗な仕業(しごと)に出向いて行くのだ。誰から何から外れる幻想(ゆめ)など俺の許容(うち)には輝(ひか)って居らずに、由無(よしな)に夕べに気取れる姿勢(すがた)は献辞(けんじ)に伴う遠慮へ懐く…〟。俺から離れた無休の〝姿勢(すがた)〟は宙(そら)へと還った無体を呈して無形を象り、虚無へと気取る〝極致〟の規定(ルール)は、俺から離れて主観(あるじ)を離れ、晴天(そら)へと返ったあの日の夕べにしっとり死んだ。再び還った〝生(せい)〟の主(あるじ)は俺へと募った〝精(せい)〟の在り処へ浸透する儘、未完に終った気色の類(るい)など忙し気にして拾い集める。

 自分が独歩(ある)いた軌跡へ向いては経過(とき)を隔てて暗(やみ)にも沿うが、田舎に観て来た人間(ひと)の言動(うごき)が余りに速くてろくろく語れず、個室へ訪ねた分身(かわりみ)が居た。個室の在り処は宙(そら)へ返って吊られて在って、毎晩夢見た御殿の在り処を模索しながら、模倣している〝覚悟〟の姿勢(すがた)は生きる覚悟に相違ないのだ。「私の生身(からだ)は誰に詰め寄り、何を語って相撲を取ったか、土俵際に立つ儚い女神は何に揺られて還って行くのが、何時(いつ)まで経っても〝模倣〟を続ける生(せい)の独歩は、何れ緩んだ土台の上にて欲を頬張り、誰かに付き添う奴隷に変って無機を愛する。抽象ばかりに彩(と)られ続けた空気(もぬけ)を掲げる快感(オルガ)の気色は、幻想(ゆめ)を慕って細笑(ほくそ)み終えたレトロを愛して相対(そうたい)して居る……」、こんな文句は青春(はる)へと返って高揚に富み、硝子に透った拙い〝レトロ〟に束の間対して空気(もぬけ)を破れず、明日へ歩いた向春(こうしゅん)仕立ての明度を放(はな)って他人(ひと)と俺とを切り分けて行く。〝電車〟へ乗り込み俺が呈した青春(はる)の生命(いのち)は何へ向かって対局するのか?………。

 自宅へ着くのは日暮れを揺らした秋の最中(さなか)で、子供の声など遠くで湧き立ち、紅葉して行く緑の葉裏は涼風(かぜ)を通して揺ら揺ら蠢く。空の青へと身近に懐いた俺への遊戯は涼風(かぜ)をして立ち、ほっこり微笑む冬の夕日をひっそり抱え、俺に対する淋しい景色を他人(ひと)へ見立てて透って在った。俺の姿勢(すがた)は態度が変らず齢二十歳を過ぎ足る頃にてすでに仄(ほ)んのり宿した熱気は性格破産を講じて居ながら、夜半(よわ)に集(つど)った〝屯の在り処〟を自分のベッドへゆっくり誘(いざな)い、どこどこどこどこ、どこどこどこどこ、〝明日(あす)〟を頬張る〝未熟〟へ対する準備を始めてしいんとしていた。朝陽を浴びれば俺へと懐いた思索の殻などほろほろ剥がれて地に落ち行くのに、俺へと宿った独気(オーラ)の気熱は何かを間違え霧消に失(き)え行き、白きが勝(まさ)った春の早朝(あさ)へと熱気を鎮めて変態するのは特別変った〝遊戯〟に在らずに、他人(ひと)に敗れた仄かな羅刹を手懐け相対(あいたい)して行く自分の無様を謳って在るのだ。遠い閃光(ひかり)に当てなど捜さず、日々の暮らしへ邁進するのは自分の仕業(しぎょう)に何と適って峻厳足るか。他人(ひと)の熱気が向かった矢先(さき)から仄かに浮んだ駄足(あし)など飛び跳ね、女性(おんな)に見て取る雄姿の希望(ひかり)は如何(どう)とも変らず俺の背後で裏声など出し、〝何やら談議〟を延々始める仕業(しぎょう)に暮れては呆(ぼ)んやり微笑(わら)う。そんな気色が俺を過ぎ行き青春(はる)の景色に冷たくなる頃、一人の男子(だんじ)が俺へ対して突っ立って居る。寒さを上げ生(ゆ)く涼風(かぜ)の内(なか)での問答の事。

      *

男「君の呈する怪訝の偶数(かず)には全く呆れて物さえ言えない。解(と)けぬ試算に揚々暮れ行く〝無敵〟と活きがる君の幻想(ゆめ)には、他の誰もが付いて行けずに傍迷惑すら感じて在るのだ。君の解(と)き得る〝無敵〟の説など自然に問われる教義(ドグマ)に成り立ち、君が阿る無機の白紙は何も語らず沈黙している。それでも独歩(ある)いた君の背後に輝(ひか)る物とは端(はな)から生きない試算を講じてうっとりしていた。一体全体何を呈して他人を招き、誰へと向かって暴言するのか」

      *

 男の態度は俗へ紛れる柔さを見せては俺の背後へほっそり佇み、毒味の漂う舌を絡めて他人(ひと)の耳へと聴える程度の小声を携え固く馴染んで、俺の方ではこうした男をそれまで何度か説得して行き落して来たが、男の文句(ことば)に巧く沿い得る脆(よわ)い姿勢(すがた)に馴染んで居た為、上手く気取れぬ嫌味を吐くのは未熟に並んで変らなかった。

      *

俺「※△▽〇×…なら、そうした笑みにも君が呈する脆(よわ)い立場を構築して見ろ。出来たんだろう。明日(あす)へと向かっ※▽〇△□…君〇※△▽の※△▽調子〇□▽※ェ…所々で萎れて廃れて、君の帰りを待つのじゃないか?」

      *

 明日(あす)は我が身の言葉の通りに、何時(いつ)か落したこういう男が俺へ現れ対して来たのは、これまで敗れた〝男〟の挽歌を謳ったものにて終(つい)にも失(き)えずに、弱い朝陽に少し惹かれた俺の精神(こころ)に暗(やみ)が落した仄かな夕べがきらきら飛び交い交流していた。

      *

俺「○※▽□…華(はな)が無いのは好い事である。文士に生れて華を競えば忽ち枯らして水面(みなも)を求め、夕べに書き得た試算の成就も朝日に紛れて解(と)かされ行くのだ。羞恥に悶える文士の卵はこうした朝への自負に囀り滅気(めげ)て行く為、初めに文句(ことば)を携えなければ、気落ちに悩める試算も付くまい。かた▽□※○の付かぬしどろもどろの文言なんかを、この期に及んでけは○□※▽、□○▽※△、初めに馴染んだ君の気配を払拭出来まい…」

      *

 男の様子は高みに立ち得る姿勢を表し、俺へと対する無言の巨躯など短身痩躯(たんしんそうく)に騒いじゃ居るが、ちっとも興味を俺へと向けずに、そのまま立ち去る度量を浮べて明日(あす)への岐路へと赴いていた。そうした〝岐路〟など俺の方では〝帰路〟へと映って平静に在り、何も飛び出ぬ無機であるのは不変であるが、矢張り失くした生気の在り処は俺から離れて微笑している。〝神から受け得た賜物なのだ!!〟と文士へ目覚めた俺の生身(からだ)は悦び囀り、明日(あす)へ灯した脆(よわ)い希望(あて)には自然の〝水面(みなも)〟が存在していた。

 男の俗世は俺から離れた小さな山村辺りに小さく佇み纏められ得て、気忙(きぜわ)が飛び交う漁村の気風は一切彩(と)られず小さな供すら身軽に連れ添う可愛い気配は従えながらに、俺へ対した刹那の間隔(あいだ)は無言の内にて滑走している。俺へ宿った気軽な白紙は澄ました表情(かお)して微動だにせず、淡く佇む知己(とも)の姿勢(すがた)も絵柄に載せ行き活発を彩(と)る。

      *

男「もういい。もういい。君の吐くのは独言(どくげん)ばかりで他者に対して真面に居れ得ぬ独創(こごと)の周辺(あたり)で散乱していて、そうした多弁を相手とするには余程の気力が必要とも成る。俺の周りで散らばる友には君が呈した文盲・蒙昧・愚痴の例(れい)より遥かに高尚足るまま目下失せ得ぬ〝サウンド上手〟が結託して居て平易に愉しい。何かに憑かれた君の愚痴など聞いているより、彼等に対する須臾の季節が俺にはさっぱり楽しく、明朗足るまま〝浮かれ気分〟を献じてくれ得る。」

      *

 男の話はここで終った。痩せても枯れても〝謳い文句〟の青春(はる)を飛び抜け男へ対した俺の気色は気配へ途切れて分断され生(ゆ)く。初めに帰った自宅の内には未だに浮んだ白いシーツが暗(やみ)を伴い揺ら揺らふらつき、俺の思惑(こころ)が返って来るのを期待して在る。俺の方でも気長に立ち得た石の段にて青春(はる)が来るのを願って居ながら揚々知らない男の話についつい聴き入(い)り笑いに逸(そび)れて、「明日(あす)」を象る未熟の自分を歓待していた。何でも男は〝俗世〟で言われる国立大へと通(とお)った様子で、その後(ご)に少々世間に紛れて自分の為にと進んだ道には、新たに遊べる場所が見付かり私立大へと這入ったようだ。元は政治やメディアを愛して、文士と成るには少々退(さ)がった気力に駆られて躊躇をしたが、辟易して行く僅かの刹那(とき)でも勿体無いなど、商人心(あきんどごころ)を丈夫に携え銀色に彩(と)り、〝自分の為に〟と独歩(ある)いたそうだ。政治・メディアを放(ほう)ったその後(のち)、男の黒目(ひとみ)は濛々足るまま奇麗に茂った文語(ぶんご)の在り処へ邁進して活き、他人(ひと)の麓ではにかみながらも自分の奏でた〝解釈眼(かいしゃくがん)〟には微々にも退(の)かない自然(じねん)が立ち行き横行している。そんな男に嫉妬を保(も)たれて噛まれた俺には男に対する欲の礫が葛藤し始め、男の周囲(まわり)を洗い出すのに専念していた。俺も男と一緒の文科で暫く学んだ学生である。男が習った幾多の講義は俺も習って自然(しぜん)にあって、男が興じた文学作家は俺に伝わり知る処となる。そうした男は三島や遠藤、斎藤茂吉をこよなく愛して傾倒して居り、政治を扱う三島の作には堅さが目立って自分に好いなど、聴えぬ声にて仄(ぼ)んやり呟き何時(いつ)でも決った位置にて着席している。この男の名は毛利小松と、名字が二つ揃った如何(いか)にも古風で煩い漂う見慣れぬ字面がほとほと並び、以前(むかし)に憶えた他人(ひと)との談議が横行するほど俺の気勢を損なうものにて、白紙に沈めた俺の意識は、遣りたくないのに義務を課される無情の繊微(せんび)を顧みて居た。男の黒目(ひとみ)は俺の内からほろほろ零れて俗世に巻かれ、雲散霧消、煙雨(えんう)の漂う過去の墓石へ辿って行っては、底から眺める俺の気色を足蹴に準え、供を引き連れ将来(さき)の事など心配して在る。黒い砂塵が俺の固室(こしつ)へ流行(なが)れ込んでは埃が漂う有様(ありよう)だけ観(み)せ、後(あと)の事など俺へ任せて自分の手先は勝者を振舞い端整を取る。俺から奪った縷々の喜楽は彼等を透して霧散に仰け反り、「明日(あす)」を観て死ぬ依り場の無い瞳(め)を総身へ付(ふ)させて相対(あいたい)して活き、奇麗に並んだ奥歯の数には〝駱駝〟が取られる〝買い取り相場〟をぽつんと据え置き俺から離れた苦労の意識は俺の頭上へ舞い上げられ行く。この男の名をも一度叫んで憂慮へ辿り、周囲(まわり)の世界に何も無いのが却って静まり退屈であり、男が与(くみ)した柔い世界に、自分も辿って落ち着きたいなど〝生みの労苦〟は俺を悼んで熱狂して在る。

 白紙を奏して〝友〟を生み行く奇問の陰にて悶絶しながら、俺の躰は空気(もぬけ)に取られた哀れな空慮(くうりょ)を念頭に置き、誰に付いても払拭され得ぬ鬼畜の負債を追い駆けて居た。都会と田舎の区別も付けずに真っ直ぐから成る俺の徒歩には、嘗て知り得た旧友(とも)の姿勢(すがた)は一切付かずに昼夜に割かれる暗い路地など揚々彩(と)られる既成の明度が成り立っていた。シルクの柔らに潤々(うるうる)問われた級友(とも)への想いに絆され始めて、俺へ懐いた旧友(とも)の姿勢(すがた)は自分を隠して身分を明かさず、日の流れる儘、遠い死地へと俺を放(ほう)って団結したまま還ったようだ。俺の黒目(ひとみ)はそれでも何でも丸々肥った千里眼への淡い巧(たく)みを妙に繋げて級友(とも)を追い駆け、還元され行く既成の巨躯を何気に捕えて憤悶(ふんもん)している。柔い〝姿勢(すがた)〟に成り得た我が身はこれで旧友(とも)へと追走出来得る術(すべ)など携え落ち着くものだと、疑心暗鬼に型(かたち)を透して空気(もぬけ)に向かって対峙し得るが、級友(とも)の肢体(からだ)はそれから暫く放(ほう)って置いても離れずに居て、俺の幻想(ゆめ)へと舞い込んだりして、中々丈夫な足場に固まり並列している。多勢から成る旧友(とも)の気色は俺へ対して透明であり、透明足るまま色々変じる脚色(いろ)など付け得て払拭されない原色(いろ)の気丈を深く掲げて浮遊に暮れて、日々を流せる源力(ちから)に委ねる総身を洗って俺へと対せば、無機に静(しず)めた淡い表情(かお)など褥に飛び交い解体され行く。

宙(そら)へと出向いた小鳥の声にていっとき忘れた空慮の浚いは俺の〝白紙〟へ帰順する儘、到底解(と)けない自然の神秘(ベール)にちょこちょこ動いた〝足場〟を損ねて闊達に向き、私闘に暮れ得る弱い矛盾を片手に取り上げ相対(あいたい)して生(ゆ)く。霞を食えない人間(ひと)の躰は俺と級友(とも)へと暫く懐き、その身を掲げる晴天(そら)の重きを表情(かお)の無いまま伝(おし)えているが、俺にも旧友(とも)にも拍車の掛からぬ〝未熟〟の妙味が暫く絶えずに道理へ沿う為、刹那(とき)を隔てた無為の爵位は美麗に象(と)られず呆(ぼう)っとするうち、端整(きれい)に仕舞える小首の程度に伸縮している。

この世を離れて、男の住み生(ゆ)く〝俗世〟を離れて、独り淋しく、こうした住まいを〝隠れ家〟とも呼び、人に隠れて生きゆく描写を、若者顔して公表するのは、如何(どう)であろうか。俺に浮んだ思索の程度は出し抜けでもあり、人から観られて幸先良くない遠い〝死地〟など表すけれども、生れてこの方、人を知らない俺の方では、こうした行為が重大でもあり童(わらわ)を呼び込み、茂みに隠れた大根役者も花形となる。美白を纏った可愛い少女が、俺の家から二、三歩離れた小庭(こにわ)に降り立ち、すっくと立つ折り百合(はな)を揺らして、嚏をしたのは六月初めの梅雨頃だった。少女の醸した小さな匂いが涼風(かぜ)に揺られて俺へと這入り、俺の両脚(あし)には少女の隠した枷が跳び付き重さを合せ、以前(むかし)に根付いた夢見の素顔が満面(かお)に火照らす奇妙を引き連れ、遠く離れた彼女の肢体(からだ)を薄ら欲した哀れな気熱(ぬくみ)は俺に纏わり少女を揺らせる百合を観ながら頬杖突いた。

 俺の家には如何(どう)にも堪らぬ悪寒が居座り、白さに感けて純白気取った丈夫なベッドが寝室に在り、それに寝るのは何時(いつ)しか観て来た淡い霊など仄かに残った形成(かたち)であって、少女の這入れる隙間の白さは何処(どこ)を見たって一切無いのに、俺の体はほっそり痩せ生き、如何(どう)にか斯うにか這入れる隙間を幾日掛けては図太く探す。冷笑(わら)いながらに涼風(かぜ)が吹くのは自宅の軒下(ふもと)で家屋にはなく、俺が選んだ少女の影など少々吃って後退りをして、見る影無いほど少女の重荷は俺の前方(まえ)から姿勢(すがた)を消し去る。消えちゃった。少女の影など消えちゃった。少女が失(き)え生(ゆ)く家屋の陰には得体の知れない物憂きが満ち、果てしないほど紅(あか)へ飛び込む烏の群れなど所狭しと跳び活き交尾し、俺と少女の微かな景色を無様に象り、結局最後は誰の元へも決して寄り得ぬ家宅を呈してずんぐり突っ立つ。紅(あか)い夕日を、少女が此処(ここ)へと辿った後(のち)にて何日知ったか、俺の方でも数えが付かずに、少女の夕日はほろほろ滅んで俺の目前(まえ)では怜悧を振舞う気丈を発する。貧しい仕事を〝隠れ家〟へ遣り、せっせせっせとやっつけ仕事と名目替えつつ独歩に活き得た俺の姿勢(すがた)は、鬱積する儘、自然が鞣した〝神秘(ベール)〟の軌跡を幸先好いほど取り上げ済まし後(のち)に死地へと対する我が身に、少々哀しみにも似た分厚い器量を少女に当てては夢想へ落ち着く歪んだ孤独(ベール)を着飾らせた儘、少女の還った暗(やみ)へと対し、再度独歩(ある)いた言動を知る。再度言動(うご)いた気球の軌跡(あと)など辿って行っては、如何(どう)とも出来得ぬ死地での孤独に幻想(おもい)も遣られて熱気が途絶え、自宅を象る塀の隙間に露わに凹んだ穴の果(さ)きには、少女を立たせた小庭の様子はちっとも輝(ひか)らず奇麗で在って、家を取り次ぐ凹凸さえ無い平面図表がぽっきり浮んで撓垂(しなだ)れてある。項垂れ講じた自宅の在り処を、めっきり冷え込む外界(そと)の隙間に、独歩を緩めてそうっと近付き自分の居場所を問えずに捜した俺の背後を淋しく見て取り、垣根に揺られた蛇の尻尾は、蜷局を巻け得ぬ外界(そと)の明度に巧みに遣られて石陰へと逃げ、俺に似通(にかよ)る哀れを呈してずんぐり耽った茂みの内から俺を睨んだ。睨みを利かした蛇の貌(かお)には人を象る髑髏の軌跡(きせき)がぽつんと浮き立ち撓垂(しなだ)れ折れ得て、暗(やみ)に付された明るい話題に即座に講じた女神の姿勢(すがた)を仄(ぼ)んやり映して陣取っている。そこに映され俺の孤独へ歩幅を利かせて独歩(ある)いた女神は、人間(ひと)に彩(と)られた先祖を写して俺に対する哀れな末路を柔く観せ活き、凡庸とも成る無敵のきらいに程好く捧げた理知の絵図など仄かに立たせて腕組みして在る。俺の姿勢(すがた)は蛇の呈したそうした態度に順折り並んだ奇跡を以ては「明日(あす)」に小波(さざ)めく人間(ひと)との絆を十分(じゅうぶん)探せる度量を身に付け落ち着け始めて、昨日から成る俺の覚悟は幻想(ゆめ)から外れて自然を愛し、独自に相(あい)せる不敵の学(がく)など生きる儘に丈夫に象る学士の徒労を大事として居た。

 「明日(あす)」へと掛かった空気(もぬけ)の橋には死力を尽した無様の態度が翻り活き、表情(かお)を知れずに内実(なかみ)も知れえぬ新たな知己(とも)など捜し始めて、人間(ひと)から離れた牙城(とりで)を保(も)ちつつ見慣れた大学門(だいがくもん)への隠れた小路(こみち)を、肩で風切り弱々しいまま俺の覚悟は独歩(ある)いて在った。白い牙城(とりで)が大学門での守衛に象(と)られて俺の方でも終ぞ嬉しい勉強社会の許容が図られ、野平(のっぺ)り浮き立つ人間(ひと)に頼った髑髏の滴(しずく)は、俺の家宅へ暫く寄り添う蛇の貌(かお)への涙にさえ観え、旧友(とも)を頼った俺の姿勢(すがた)は無様に見え活き、「明日(あす)」に伴う〝知己(ちき)〟の在り処を俺の孤独は発見して行く。家宅を離れた俺の精神(こころ)は見る見る内にも肥り始めて、少女が忘れた僅かな肥しも見る影さえ無く霞に解(と)け得て涼風(かぜ)の吹くまま気の向く内にて、肥やしに成らない立派な馬酔木に肢体(からだ)を固め、黒い瞳に涙の昇らぬ哀れな写真に浸透している。

 朝陽ばかりが奇妙に昇った大学内での俺の場所には、息衝く間(ま)の無い忙(せわ)しい言動(うごき)が人間(ひと)と俺とを取り巻いて行き、俺が座った木枠のベンチは、人間(ひと)の寄らない遠い熱気に象(と)られ始めて、俺の足元(ふもと)はびゅうびゅう吹き抜く冷風(かぜ)が遊泳(およ)いで揺らめいてある。人間(ひと)の熱気はどんどん離れて俺の見知らぬ界隈まで行き、愉しい会話を続けられない脆(よわ)い希薄に操(と)られたようだ。大きく聳える図書館が在る。そこで埋れた俺の意識は何時(いつ)まで経っても人間(ひと)へ沿えない不断の知識に巻かれてあって、容易く越えない人間(ひと)への意識を上手に束ねて口へと放り、誰にも見得ない地下へ隠れてじっとしていた。肌の乾いた浅黒女(あさぐろおんな)が独りてくてく俺へと独歩(ある)き、突飛から出た自分の感情(こころ)を俺へと呈(てい)すが、周囲(まわり)に彩(と)られた静かな場面が自ずと冷笑(わら)って囃した為に、結局実(み)の無い返事を為し得た俺の体裁(たて)には、行き場の無いうち彷徨して行く男女の真摯が跳び付いていた。俺から離れた彼女はもう直ぐ二十四(にじゅうし)に成り、朝陽の当った〝感嘆上手(かんたんじょうず)〟をあやす人間(ひと)へと脆(よわ)く寄り添い走って行った。俺へ懐いた春風が又、自然の妙味に疎く囃され、孤独を連れ添う人間(ひと)の類(たぐい)を亡失したまま俺の下(もと)から離れて端整(きれい)に写真と成った。

 物を書くのに必要なのは、先ず、環境にある。ペンを走らせ暗雲逃げ行く労苦を採っても白紙に睨んだ目的(あて)は消えずにふらふら蠢き、俺の下(もと)へと多大な賛歌(さんか)を微妙に奏でてほっそりしてある。長い文にて問われる手腕(うで)には、根気が振(ぶ)れずに主題(テーマ)を離れず、難解・奇怪を観て来た体(てい)にて明るく語り、話術・記述に重きが表れ、他人(ひと)の胸中(むね)まで丈夫に通せる孤踏(ことう)の仕種が具に挙げられ、迷文成れども第三者をして〝うむ〟と言わせる、奇術に長け得る行の成果は有名無実な未解の文にも必ず表れ度量を制する。しかし作者は此処(ここ)まで書き付け、既に死に得た「作家」の定めを具に知り抜き、死んだ果(さ)きから十数年経つ現行(いま)の土台をしっかり把握し実践するから、宙(そら)に透った自分を掲げて牛歩で勇んでこうした文句を書き連ねてある。「俺に宿った作家の思惑(こころ)は十五年前に亡くなったのだ」が書斎(ここ)で呟く作者の加減に事々(ことこと)居残り、界隈(そと)で吹き抜く南の涼風(かぜ)へは幻想(ゆめ)を放(ほう)ってもたついてもいる。あと先に記(しる)した「環境」とは又、この世とあの世へ仁王に立ち得た両脚(あし)からでも成り、両脚(あし)の麓へちらほら転がる個人(ひと)として成る発想(おもい)の丈には、何分(なにぶん)曲らぬ直が根付いて息衝く幻想(ゆめ)には未来(さき)が聞えて惨敗し得ない。俺の肢体(からだ)はベッドに転がる僅かな著作へ思いが這い行き、そこで撮んだ他人(ひと)の妙味を我が物顔して無性に頬張り、無理に頬張る頬では足らずに胸中(むね)へ転がり脳裏へ浮び、骨の髄まで影響(ひびき)が立ち行き、居ても立っても居られぬ焦りにほとほと疲れて四肢(てあし)が曲がり、野心を灯した広い外界(そと)へとひらひら上がって雲の行くのを確かめながらも脱出出来ない自分の寝屋へと還って行くのだ。

 俺の心は自宅へ向かって小庭(にわ)へは向かわず、既に手にした鍵を片手に階段上(のぼ)って玄関へと着き、明るく火照った自分を冷やせる家屋の影にてぽつんと突っ立ち、心地好いまま暫くその儘、自分を含めた家に居座る静謐の音(ね)を仄呆(ぼ)んやり顔して眺めてあった。俺の記憶は何時(いつ)か憶えた焦りの淡さで、高鳴る鼓動を抑えていながら野平(のっぺ)り灯った意識を解(かい)せず、作家に生れた自分の主観(あるじ)を自然に求めてしんどく在った。俺が仰いだ話の根種(ねた)などとっくに尽き得て動かずに在り、話を囲った脚色(いろ)の幾多は俺を飛び越え幻想(ゆめ)へと紛れ、俺が交した幻想(ゆめ)との情(じょう)には執拗(しつこ)く翻(かえ)った無根の意識が疎らに寝ていて空虚へ解(と)け入り、孤高に共鳴(さけ)んだ飛ばない想いは何にも解(と)けずに単身に在る。他人の空虚へ自身の空虚が解け得ぬ限りに、「風の便り」に書かれた〝言葉ののろさ〟が唐変卜とも真水とも成り、流々(るる)に溢れた思考の変化はまったり止まった俺の独歩を既に講じて自ら贖い、たっぷり茂った水蜜の香りを何処(どこ)からともなく援用させ得て、人間(ひと)が根付けた孤独の初歩(いろは)を自身へ隠せる優れた業(ぎょう)など、何処(どこ)と彼処(かしこ)と掲げて独歩(ある)ける俺の素直を感取(かんしゅ)していた。であるから、友と言えども、自質に強いては自己(おのれ)を遠退く、未知の台詞を念々温(あたた)め、自分一人の〝空き〟を見付けて空気(もぬけ)へ気化する淡い未来を両手に認(したた)め、これまで過した人間(ひと)の許容(うち)での茫然自失を、空虚に見立ててそこから去り行き、若い世代を他質(たしつ)と見るまま自分の姿は異世界へと埋没して行く強靭(つよ)みを牛耳り横行して生(ゆ)く。何度やっても、幾度乞うても、他人(ひと)の姿勢(すがた)は空虚に溶け得て見えなくなり果て、他人(ひと)の仕種も顔色なんかも、その場を過ぎれば全く消え去り〝この世〟を離れ、〝浮世草子〟に小さく浮んだ〝他人の城下〟へこっそり佇み、俺の姿勢(すがた)を傍観したまま日々のきらいに蠢いている。「あっ。」と言ったら〝茫然自失〟に空(くう)を潜(ひそ)めた他人(ひと)の温度が下降して活き、〝電車〟を離れた〝桃源郷〟にて真っ逆様へと衰退して行く。女性(おんな)にの居場所は特に分らず、女性(おんな)で居るまま女体(おんな)でなくなり、俺が消え行く予定調和をこっそり保(も)ち活き、自己(じこ)の歩速(ペース)を牛歩に仕立てて、俺の向うを徘徊している。俺の目前(まえ)では女性(おんな)が在っても女性(おんな)が活きても、生気を灯せぬ鬼畜の無聊と何ら変らず言語(ことば)を発さぬ物に落ち着き自体を透し、行く行くこの世の時流に遅く解け込む純心(こころ)を取り換え自己(おのれ)を恥じ行き、消えた友等(ともら)と消えた世界に生き始めて行く。女性(おんな)の姿勢(すがた)は俺の目前(まえ)には現れないで、俺から離れた未開の内にも終(つい)と静かに表れもせず、浮遊して生(ゆ)く生命(いのち)の樹立を心底広めた自分の両手に実現した儘、俺の目下(もと)から両脚(あし)を消し去り横行してある。俺の実母(はは)にはこうした女性(おんな)の女体(からだ)を拝せず、所々に暗(やみ)へ通した温度を見る為、橙色した夕日を染め行く青空(そら)の身元が自分に現れ、落ち着く先など空気(もぬけ)の内でも揚々認(みと)める。実母(はは)の容姿(すがた)は万年床にも甚だ似ていて、何時(いつ)に咲いても涼風(かぜ)を仰げる牡丹を挿し行き空転する為、俺の方でも実母(はは)を識(し)るのにそれ程大した手間は掛からず経過も済まされ、揚々懐けた少年(こども)時分を不意と省(かえ)れる初夏の気配へ打ち当れるのだ。俺の孤独は実母(はは)を愛して女性(おんな)を愛さず、老女に相(あい)して少女を葬り、熟女に巻かれた未熟(あお)い記憶を娘を殺した上手の軌(あと)にて、束の間惚れ抜く甘い気質を自己(おのれ)へ観る内、実母(はは)へと居着いた自体の還りを寵愛して居る。物を書かずに暫く生き得たこの世の網羅を背景にして、光と闇との明度の観えない人間(ひと)の世界へ相対(あいたい)した儘、俺の孤独は人間(ひと)を失くして物々(ものもの)語り自分へ取り次ぐ未来(さき)の波動間(なみま)に散々揺られて小躍(おど)り猛って、自分一人の清(すが)しい〝明度〟をこの世に根付かせ丈夫に生き得た。人間(ひと)の姿が失(け)された世界に、我が牙城(とりで)は空気(もぬけ)から成る無間奈落(むかんならく)へ立脚した儘、他人(ひと)を排した荒野に於いては、当ての無い儘〝自分〟を書きつつ呼吸(いき)をしてある。こうした初動は幾万遍でも過去から現行(いま)へと為されて来て在り、女性(おんな)に呑まれた悲惨な男性(おとこ)を嘲笑した儘、人間(ひと)から離れた別世界へと自分を講じる静かな怒りは順応して生(ゆ)く。人の狡さが如実に映る。人は群れると腹黒く成る。品(ぴん)から切りまでその儘在るが、人の孤独は妙に跳ね活き、他人(ひと)の事など思い遣らない。究極の所で必ずそう成る。〝人は孤独〟と俗には言うが、白紙を心中(こころ)にさらりと留め置き他人(ひと)の心中(こころ)を見ようとするなら、俺の背後は飾りも付け得ず、奇妙な試算が徘徊して居て、遠い記憶へ埋没するほど人の生命(いのち)も花の生命(いのち)もほとほと儚く未(いま)も短く、〝舞台〟の裏ではどんな操作が横行してるかてんで認(みと)めず、俺の真理は両親(おや)とこの世の板挟みと成り、詰らぬ気運に不意とやられて当て無い世界へスムーズに生(ゆ)く。〝他人(ひと)の想いが重要なのだ〟と俗世に生き着き頼り無い目を大きく拡げた烏有の紳士は言い張るものだが、此処(ここ)に生れた〝creature(作家)〟にとっては彼等の意識は甚だ届かず、〝烏有〟と帰す内、暗(やみ)に咲き得た晴嵐(あらし)を抱いては連夜に先取る自活の経路へ通って行くのだ。〝白紙〟に戻した自己(おのれ)の書斎は見る見る外見(そとみ)を体好く化(か)え生き、此処まで独歩(ある)けた身分の違いを他人(ひと)へ焚き付け小躍して在る。他人(たにん)の許容(わく)にはそれと言えども両親(おや)も加わり、硝子に透った淡い輝体(きたい)を酷く淀んだ空気(もぬけ)へ晒して「明日(あす)」へ夢見た人間(ひと)への謳歌を喝采して居る。自宅の裏では鼠が這い出た小さい墓穴がすんなり並んで暗(やみ)へと拡がり、妖気を想わす澄んだ瞳(め)をして、遠くから成る暗(やみ)の肢体が俺の方へと接近して来る。路地に落ち得た小さな輪舞曲(ロンド)は白く透った硝子の目を見て俺に懐いた文句(ことば)を失い、足踏みして居る〝他の作家〟を空虚に成るまで撃退していた。〝作家〟と言うより〝批評家〟から成るお堅い頭脳(あたま)を小脇に抱え、のんべんだらりん、実に下らぬ空気(もぬけ)の批評を永遠(とわ)に翻(かえ)した白虎の体(てい)して軒並み揃わず、揃わぬ袴に褌締め付け、俺の目前(まえ)では退屈(ひま)を並べて充満して行く。

 折りから見て、俺の姿勢(すがた)は透った気色へ揚々彷徨う自然(じねん)を睨(ね)め付け〝白虎〟に負わせた〝白い悪魔〟を不純に馴らした人間(ひと)の容姿(すがた)を垣間見て居り、この世で透った明度の狭間で、暫く観て来た素人(ひと)の評価に愚物を憶えて発狂していた。奥を呈せぬ儚い文句(ことば)を始終に並べて、ブラウン管では「明日(あす)」へ活き抜く人間(ひと)の脆(よわ)さを垣間見て居り、「明日(あす)」へと続けぬモンクの嘆きを〝堂々巡り〟にぽっかり浮き出る月の孤独に薄ら想って〝意味〟を解(かい)せぬ他人(たにん)の人影(かげ)など殺し廻った。〝自分を描(書)(か)くのに、上手も下手も一切問われず、巧みに知るのは世間に浮き出た無実の長(ちょう)だと長い眼(め)で観て傍観している。他人(ひと)と俺との朝の陽光(ひかり)は鏡に映った対照なのだと、捻(ひね)りを介せず玄人(くろうと)気取りで地に落ち着いていた。自分に根付いた孤独の軽踏(サンバ)は何時(いつ)に在るのか?他人(ひと)から生れた青い稚体(ちたい)は何処(どこ)から成り果て何処(いずこ)へ向かって飛び立ち得るのか?〟、揚々衒った気迫の態(てい)には未熟に咲き得る〝大人〟が観られて、俺に宿った赤い夕日は他人(ひと)を棄(ほ)かして生気を勝ち奪(と)る。誰にも書けずに写生も出来ない淡い試算を大いに孕んだ〝意味〟の文句(ことば)は、俺から離れた人の土台(はし)にて〝生(せい)〟を頬張る野獣を知った。

 白い吐息が初夏の今頃やっと表れ、他人に解らぬ〝意味〟の散らばる文句(ことば)を背負って意識を牛耳り、浅い心地に八倒して居た自分の調子は何時(いつ)まで経っても他人を知り得ぬ未開の境地へ牛歩を図り、それでも女性(おんな)を片手に拾えた自己(おのれ)を想って空虚に活き得た。

男「一緒に楽しめる人が居ない。」

男「一緒に歩ける人が居ない。」

男「一緒に景色を観る人が居ない。」

男「一緒に世界を旅する人が居ない。」

男「近くに居ても近付ける人が居ない。」

男「みんな、他人だ。星も夜空も自然も生気も、みんなへ対して見紛う位に他人に見える。」

男「力(ちから)が尽きた……」

男「他人(ひと)の文句(ことば)は空気に透って雲散して居り、傍(そば)に居座り語れる者など、この世の何処(どこ)へ行っても見付からないのだ。」

男「こういう予定が俺へと課された使命であるのか?」

男「女性(おんな)に問われた一つの文句(ことば)が余りに軽く、身軽に失(き)え行く空虚を隔てて未生(みしょう)と化して、飛んで火にいる初夏の春草(はるくさ)、今に伴う微かな発声(こえ)すら、俺の耳にはあっさり乏しく、孤高に散り行く文句(ことば)を失い、元気を失くした児童(こども)のようだ…」

女「(女性おんなは無言に飛び出る〝元気〟のていしてあっさり出歩き、俺からく気配を灯して微かに消えた)。」

 誰の元でも俺の意識は大きく外れて孤独を失い、他人(ひと)へ対する犠牲の姿勢(すがた)へ滔々流行(なが)れて独走(はし)って行って、遂には観得ない自分の容姿(すがた)を、滑稽足るまま端整(きれい)に並べて薄ら微笑み、誰の元へも決して付かない孤独の〝作家〟を仕立て上げ得た。柔い〝拒否〟の心が俺から成らされ他人(ひと)へと跳び付き、満月(つき)の大きな淀んだ深夜に友から離れて脆(よわ)さを仕立て、刹那(とき)に埋れる自分の記憶と感動とを、如何(どう)とも出来ない〝canary(とり)〟の声へと薄ら乗せては小躍(おど)って在って、白煙(けむり)の途切れぬ自宅から成る突(とつ)の内にて淡さを掴み、淡い呑気に揚々独歩(ある)けた自分を観ていて夢想(ゆめ)へと浮べる。夢想(ゆめ)へ浮んだ空気(もぬけ)の尻尾は、果て無い純白(しろ)さに孤独を観立てて気配を殺し、黙殺して行く快感(オルガ)の様子はいっとき前から頑なに成り、固い汚物を宙(そら)から降らせる陽気の表情(かお)には血の気の引き得た孤独の児童(こども)が薄ら仕上がり形而(かたち)を改め、俺の前方(まえ)では静かに懐いた脆(よわ)い〝気運〟が真っ逆様へと表情(かお)を失くして滑降して在る。巧く馴らした季節の気配は純化に伴う季節を通して四旬を伝え、初めから無い脆(よわ)い未熟を〝賜物(ギフト)〟に見立てて頂戴して居た。慌てふためく輪舞曲(ロンド)の内では塗工に象(と)られた正義が映って模様替えして、俺の過した数日間さえ、〝甘さ〟を失くしたチョコレートになり陽光(ひかり)に溶けて、枇杷を齧った少年(こども)の容姿(すがた)が俄かに騒いで俺へと伝わる。体温(ぬくみ)を落した瞬時の事にて、知己(とも)を忘れた堅物なんかを〝堂々巡り〟の〝煙突掃除〟にきっぱり遣られる無賃の奉仕は人間(ひと)に彩(と)られてさっぱり仕上がり、出来た絵図には陽光(ひかり)の光沢(つや)さえ要所に貼り付き、孤踏(ことう)を巡った俺への火蓋が少年(こども)を通して行われ得た。

 物を書いては如何(どう)にも打ち消し、青空(そら)を見上げて突拍子も無く、生前描(えが)いた自分の軌跡を好く好く見詰めて再度描(えが)いて、誰にも見得ない遠い夜空へ空想し始め、青春(はる)に唄えた記憶違いを上手に手に取り鼻を赤らめ、未熟に止まって熟し切れない自分の思春(はる)には陽気の冷め得ぬ〝陶酔日和〟が過去(むかし)を省(かえ)って狂い始める。覆い切れない自分の独気(オーラ)を少々撮んで「思記(しき)」へ打ち遣り、瞳に灯した勇気の華(あせ)には、自分だけが知る怖い神秘(ベール)が白布(ぬの)の態(てい)して揚々下がり、吊るされ得たその自分の代わりを愛撫する内、微睡み始めた脆(よわ)い記憶は自生を忘れて崩壊したのだ。誰が決めたか、得体知れずの〝この世の規律(ルール)〟は俺を鞣して遠くまで活き、知己(とも)の顔さえ真面に変えては落ち着く身の無い無然(むぜん)の巨躯(からだ)に自分を預けて放浪して行く破損の内へと自己を葬り、冷風(かぜ)に揺られた気楼(きろう)の奉仕は、何処(どこ)まででも無い体たらくを観(み)せ俺の目前(まえ)から姿を消した。〝意味〟の解らぬ俺の背後は世間に透った空気(もぬけ)の巨躯(きょく)さえしっかり仕上がり蛇行を続けた恩恵(めぐみ)の在り処を重々気に留(と)め追い駆けて活き、生きる内にて葛藤して行く〝遊びの孤独〟を銀幕(まく)に設けて打ち立てて居る。感情(おもい)を保(も)たない自然(じねん)の労苦は俺と他人(ひと)とを自然(しぜん)に離れて放(ほう)って置いて、「明日(あす)」へ運んだ些細な気楼に充分見果てる台詞を並べて悪態吐(づ)き活き、〝意味〟の様子を具に仕立てた孤独の〝労苦〟を仕業(しぎょう)と見立てて褒美を講じ、俺の前方(まえ)には無間(むかん)に拡げた宇宙が映え活き端整(きれい)に仕上がる。

 独歩を忘れた〝Canary(とり)〟の声には、無邪気に飛び付く初夏の陽光(ひかり)が真横に横切り従順(すなお)が生れ、俺から離れた人塊(ひと)の姿を人群(むれ)の内にて暫く温存(あたた)め、都会から成る田舎の灯(あかり)に小さく振り得る小首を飾って台詞が出来た。

 冴えない話題と散々吐(は)き得た俺の〝生気〟は今でも宙(そら)へと散策する儘、孤独を齧った哀れな姿で実母(はは)を待っては駄洒落を想い、過去(むかし)に懐いた一夜(ひとよ)の記憶を、両手に講じて演説している。初夏に懐いた〝白い吐息〟は俺の被(かぶ)った帽子の上にて晴天(そら)を飾って私闘を呟き、俺へ隠した惨い末路を未来(さき)へ投げては染色され行く。俺の被(かぶ)った〝帽子〟の脚色(いろ)とは自然(じねん)の講じた空気(もぬけ)の辺りに散在して行く薄い神秘(ベール)に揚々彩(と)られて、俺の意識も認識出来ない無帽の形成(かたち)に仕上げを見ていた。そんな〝身軽〟を気軽に取り得た俺であるから、独歩(ある)歩先(ほさき)は重々象(と)られた自然(しぜん)の路(みち)へと過去を引き摺り前進して行き、人間(ひと)に流行(なが)れた強さの愚物を故無く撃退せしめた無人(ぶじん)の能力(ちから)に拘束し始め、無気(むき)に流れた静寂(しじま)の暇には退屈凌ぎの弱い行為(どうぐ)が所狭しと固まり始めた。

 他人(ひと)の独歩は自分の生気に揚々近付く気配を伝(おし)えて闊達に在り、気分を損ねる俺の体温(ねつ)には、他人(ひと)へ対する哀れな虚栄が無重(むじゅう)を連れ添い乱歩していて、精神(こころ)を抉った人間(ひと)の薹まで、何気に鞣した俺の未熟が煩悩(なやみ)を片手に上手に取り持ち、景色の観得ない他人の独歩は〝この世〟を越えては地中へ返る。まるで、すごすご、帰還して行く他人の生気は、仰け反る間も無く俺から外れた予定調和に自ら独歩(ある)いて埋没して在り、笑みを忘れた容易い容姿(すがた)は、他人(ひと)の表情(かお)にて躓き転げ、大転倒した脆(よわ)い生気に彩られていた。そんな折りでも苦笑し得ない俺の心中(こころ)は他人(ひと)から離れた雑音(ノイズ)の冴えない初冬(ふゆ)の軒端へ放り置かれて、挙句の果てには他人(ひと)の顔さえ宙(そら)へと還って思考も途絶えて、他人(ひと)が独歩(ある)けた黄土の路(みち)には花一輪さえほとほと咲けない端整(きれい)な固定がしっかり戯れ、生命(いのち)を覗いて八倒している。八倒している他人(ひと)の脳裏は回転せぬまま固く居座り、どんなこんなの疑問に対して全く呼吸(いき)を呈せぬ柔らを見付けて衰退して活き、敗退して行く無情の道化師(ピエロ)は無心と観られて仕方の無いほど遠くへ失(き)え行き記憶を保(も)てない哀れな姿勢(すがた)を携えている。

 〝当ての無い〟というのは淋しさに通じる処があって、晴れた日などに草木を掻き分け旅路へ就いても、或いは人気(ひとけ)を頼って都会の体温(ぬくみ)へ埋没し得ても、終ぞ消せない自分の孤独は青空(そら)を見るまま宙(そら)をも重ね、自分の行為を見付ける度ごと他人(ひと)へ対する恐怖に駆られて縮む機が在る。そんな折りには〝矢張りか…。矢張り世間の谷間は眩しい位に原色(いろ)が飛び交い、男も女も同じ強度を人間(ひと)として保(も)ち、見る見る内にて大躯(だいく)を表す不要の案山子に象られて活き、何処(どこ)にも止(と)まれぬ透った烏は山へ返ってぬくぬくするのだ。ぬくぬくしたまま世間を忘れて何年かが経ち、一夜(ひとよ)に過した永遠(とわ)の如くに、人間(ひと)と過した烏有の暮らしを忘れ果て活き、如何(どう)とも言えずの頑ななど観て、俺は人から離れて行くのだ。これまで何度も経験した故、工夫するには思考が及ばず…〟等々、愚痴の限りは日々に落ち着き同様で在り、他人を介せぬ淋しい文句が頭上を交(か)っては宙(そら)へと解け去る。人間(ひと)との関係を断(た)ってもう何年が過ぎたか。暗い表情(かお)した坊主の様子は、甚だ冴えない褐色にある。自分の調子が甚だ好い時、他人(ひと)の調子は甚だ悪く、又、個室を離れて人間(ひと)へと寄り付き、陽光(ひかり)が差し込む都心の内にて紫光(しこう)を覗けば、伝え歩きの悶絶が成り、人間(ひと)の姿勢(すがた)は実体(かたち)を成さない得体知れずを静かに見せ付け、他人と俺とを調停するまま既成の快感(オルガ)へ埋没して行く。

 俺の分身(かわり)は遠くに居る。誰かの実体(かたち)も遠くに居る。この違いは俺が蔓延る現世にして事実の幻想(ゆめ)にて、俺から離れた場所に於いても、近くに訪ねた経過に於いても、幻想(ゆめ)は流石に柔らに俺から離れぬ姿勢(すがた)をしていて、他人(ひと)を隔てた白衣の在り処は以前(むかし)に知り得た養豚場とり甚だ遠くて無駄さえ掴めず、同期の級友(とも)さえ自由に失くせた俺の分身(かわり)は心許ない。誰の話題に上(のぼ)り切らない俺が懐いた文士の姿勢(すがた)は、笑いを取りつつ滑稽でもあり、他人(ひと)から離れた常識(かたち)さえ保(も)ち、奇妙に敷かれた友情(おもい)の遥かも夕日に解け得て失速し難(がた)い。固く立ち得た朝な夕なの人間(ひと)の温度は決闘し難(がた)い雰囲気(ムード)を携え看板を保(も)ち、決して俺へは観(み)せない程度に遠くに騒いで悠然と立ち、露わに懐いた〝相談役〟とは俺から見知らぬ娼婦に近い。日々の過ぎ行く容赦に凭れて重々(おもおも)しく生き、それでも身軽に寸々(すんすん)跳び生(ゆ)く自然を観(み)てると、つい又、軟弱外交、哀れな末路がぽいと浮んで、何時(いつ)でも立ち去る永遠を見て、幸福探しは潰えて仕舞える。他の誰もに感性(さが)が在るなど今の今まで知る事さえ無く、恐らく今後も知ったかぶりして揚々独歩(ある)いて過去を知り抜き、形成(かたち)の無いままぺしゃんと潰れる他人(ひと)の実体(からだ)を想像し得よう。いっとき夢見た覇気さえ現行(ここ)では未完に潰えた自然を知り行き金の無い儘、夢想(ゆめ)へと居着いた俺のシグマを朗笑しながらちかちかふわふわ、当り障りも何も無い儘、空気(もぬけ)に解(と)け生(ゆ)く経過(とき)を独歩(ある)いて神出鬼没の偶然(チャンス)を手に取り、ほっそり微笑(わら)って無垢に構える。

 知己(とも)の姿勢(すがた)は何処(どこ)にも観得(みえ)ない。俺の姿勢(すがた)は此処(ここ)に在るのに、俺から生れた派生の〝生(せい)〟とは妙に静まり温度(けはい)を灯し、それで居ながらちっとも吠え得ぬ「壁」を呈してうっとりして在る。〝白紙〟に落され従順(すなお)に飛び立つ俺の残影(かげ)には男の尻尾も女の尻尾もよくよく取れずに可笑しく在って、とっくに冷めない人間(ひと)の体温(ねつ)さえ上手に灯して急いで歩く。現行(いま)ではとっくに暗(やみ)に解(と)け得た〝職場〟を抜け出て自宅へ還り、人間(ひと)から抜け出た自分の本体(からだ)を分身(かわり)に見て取り自由に羽ばたき、一人上手に何気に活き得た経過(とき)の無音を垣間見る時、日々の暮らしに何も無いのがこれほど孤独で辛いものとは今の今まで全く知り得ず、歳を取るのに緻密に慌てた過去(むかし)の自分がひょいと現れ、〝生きて行くのに必要〟だとして、在る事無い事沢山擁して自分へ来るのが億劫でもあり懐かしくもある。世間で仕立てた〝仕事〟足るのが〝金〟を掲げて謳っていた為、俺の分身(かわり)もついつい釣られて追走して活き、〝金(かね)〟と〝経過(けいか)〟に埋れた刃(やいば)を俺へ突き立て躍動したのが自然(じねん)から成るセピアの脚色(いろ)とは全く知り得ず、次第次第に淀んだ世間の真っ只中にて、俺の分身(かわり)は分身(かわり)の土台を具に仕立てて安心していた。

 或るいっときから川端文士の背景を知り、自分に隠れた過去(むかし)の光沢(ひかり)が大阪から来て成長したのを俺が仕立てた〝本体(からだ)〟の四隅は充分味わい期待した為、俺へ懐いた五月の涼風(かぜ)から、朗(ほが)らか成るまま未熟に咲き生(ゆ)く非常に愉快な〝俺の少年(こども)〟は、俺に連れられてくてく歩き、茨木市に在るビルの間(なか)へと思い出携え幻想(ゆめ)の記憶に参じて在るのは現行(いま)に活き得る俺の傘下で反転してある。暗い郵便受けから透明色した自宅の鍵など矢庭に手にして落ち着いて在り、空気(もぬけ)の宙(そら)へと宙返りをした〝俺の少年(こども)〟は何時(いつ)か以前(むかし)に川端に観た自由の牙城(とりで)を大事にし始め、五月(さつき)に騒いだ朗景(ろうけい)の映る須臾の迷画(まよい)に遁走して活き自分の内でも費やし尽せぬ初夏(はる)の最中(さなか)を観照(かんしょう)したのだ。熱い想いはにわかに咲き行く初春(はる)の息吹を間近に観ており、急に空飛ぶ生身の保身を飛鳥(ひちょう)へ歌わせ狂って行くから、俺の方でも暫く懐いた初夏(なつ)に身を馳せ想いを遣ってもそれほど大した感動(うごき)を手に取る機会など無く、自分に課された現行(いま)の身の上、現行(いま)の体温(ぬくもり)、淡い景色にぽんと浮べた談笑紛いの現行(いま)の弾みに、どれ程経っても陶酔し得ない〝想い遥か〟の幻想(ゆめ)を観た後(のち)、慌てて自分の言動(うごき)を操る孤高の宴を界隈(そと)から覗いた冷たい目線を用意したのだ。「明日(あした)」から成る静かな信仰(まよい)の充分活き得る生粋(もと)の暮らしに、も一度鞣した自分へ対する強靭(つよ)い味方を仰いで在って、creature(さっか)の在るべき強靭(つよ)い暮らしに戻る決意を揚々秘め得た稀に見るほど朗笑豊かな初春(はる)の朝への帰着でもある。

 これまで独歩(ある)いた全ての「帰着」は俺から離れた「賑わう場所」にて観得なくなった。俺の元へは〝空気(もぬけ)〟に騒いだ人間(ひと)から生れるrumorの形成(かたち)が蒸散(じょうさん)しながら、結託出来ない始終の酒宴(うたげ)が何度も翻(かえ)って反転して在り、日々の暮らしを益々豊かに、心気(しんき)を灯した紅一点足るまま醸成され行く真綿の木張(きば)りが散乱し始め、俺が還った〝作家の処(いえ)〟では俺の姿勢(すがた)を揚々擁せる未明の意識がぽつんと浮んで独生(どくせい)して居り、俺の居場所は人間(ひと)から生れた臆面呈する私用の場所だと活きながらにして目認(もくにん)したのは奇妙に感じる流行(ながれ)の内での奇跡であった。俺はあれから、作家に懐いた自分の意識を、散乱している自宅のベッドに夢見ていない。


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~作家に懐いた記憶喪失~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji

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