~戯具扇子日和(ぎゃぐせんすびより)~(『夢時代』より)
天川裕司
~戯具扇子日和(ぎゃぐせんすびより)~(『夢時代』より)
~戯具扇子日和(ぎゃぐせんすびより)~
一、
戯具(ぎゃぐ)を飛ばした二人の男が居た。黒い学ランを着用している学生風情が新旧問えない学舎の陰にてすらりと集まり、にやにやぎわぎわ、心狭しとほくそ笑んでる若い男子が何の当て無く集(つど)って在って、中には女子の姿も映ったものだが、体の大きい男風情にそろりと囲まれ見得なくなって、何か透った薄い熱気が、俺の方へと独歩(ある)いて在った。妙な景色に遭遇したのが運の尽きでか、俺の心身(からだ)もするする解(ほぐ)れて若気を集め、呑(のん)びり佇む陽気の前方(まえ)には深い緑の黒板など見え、使い古した卓の上には長年教師が入れ替え立ち替え教鞭執り得た年季の傷など薄ら残り、俺の心身(からだ)は机と椅子とにふんわり挟まれ授業へ出向いた姿勢を取りつつ落ち着いて居る。卓の上には教師が用いる材など無い儘、如何(どう)やら時間は一時間目の始まる前にて授業の開始はまだまだ遠く、その間(あいだ)をして二人の男が戯具(ぎゃく)を飛ばしてクラスの皆(みんな)を笑わす景色を見たのが、丁度自分の居着いた所が又々何処(どこ)かで見知った教室なのだとはっきり知り得た俺の経過に相当して居た。皆が集(つど)った教室(へや)の間取りは、高校・中学・小学校等、何処(どこ)でも見られる普通のそれにて同等であり、四隅に飾った置物等には、何時(いつ)か図工で造った粘土細工や美術で仕上げた似顔絵なんかも揚々紛れて輝(ひか)って在って、鞄やプリント、裁縫道具を、きちんと仕舞えるロッカーなんかも教室(へや)の後ろにしっかり敷かれて〝教室(きょうしつ)〟であり、所々が窓から這入った陽光(ひかり)に照らされ白く輝く木張(きば)りの床(ゆか)には、好く好く見遣れば黒い線など、椅子や机を擦(ず)った跡さえしっかり残って日常をも知る。
*
二、
そんな教室(へや)にがやがや集(つど)った生徒の目前(まえ)にて二人の男が自然に佇み落ち着いて在り、時折り微笑(わら)って陽気に見えるが、二人の日頃は基本無口で、それほど主観を表へ出さずに自分に生れた情(じょう)の起伏に素直に従う性格だけあり、進んで笑わす行為を取るのはほんの気の向く数分だけにて、俺は彼等を好く好く知りつつ彼等に纏わる過去の気色を道々取り上げ観賞して居た。そうした二人の一人を見遣れば、戯具漫画を独立独歩に書き連ねて来た細長のっぽで白さの際立つ増田こうすけその人であり、一方、対局するほど席の離れたほんわり浮んだ空気の内にて、毛色の違った人の輪を象(と)る同じくのっぽのコメディアンとは木梨憲武その人であり、二人は互いに顔さえ見取らず互いの立場を立脚する儘、緩々流れる熱気の内にて自分へ集った〝人の輪〟を観て喜んで居た。俺の容姿も学生に在り、二人の何方(どちら)か、気に入る方へとすらりと寄り付く体裁保(も)ちつつまだまだ愉しむ余韻を残して二人を見上げ、自分の周囲(まわり)に仄かに募った級友(とも)の顔見て、何れ向かえる〝何方(どちら)〟に付くのか予想しながら呑(のん)びり構えた。
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三、
二人から成る戯具のセンスは次第に膨らみ、生徒の空間(すきま)へするする這入って皆が感じる拠り所を挙げまったり付き添う〝先生〟とも成り、何を教える先生なのかは終ぞ気取れず分らなかったが、二人へ根付いた生徒から成る信頼なんかは〝新風〟呼び込む手腕(うで)を見込まれ、二人でさえ知る〝人望〟なんかへ変えられて活き、二人が呈した淡い笑みには、俺へと送った〝麦わら帽子を被(かぶ)った少年(こども)の落ち着く場所〟など、一つ処にじっとはし得ない、虚無の光沢(ひかり)が充満している。彼等が呈する笑いの角(かど)には所々に白い〝脳裏〟が浮き彫りにも成る脆(よわ)い愚鈍が滑稽にも成り、未熟を被(かぶ)った〝学生風情〟がでかい面(つら)して小さく鳴らした共鳴(さけび)の晴嵐(あらし)が〝宴(うたげ)〟へ飛び交い限られて在り、俺へと映った空(から)の〝ポスト〟は赤い脚色(いろ)から緑の色した郵便受けまで、誰かが覗いた俺への手紙(メール)はふんわりふわふわ俺の心へまったり跳び付き離れずにいた。
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四、
画鋲に見て取る金の色した干乾び果て行く人間(ひと)の気色は毒舌吐くまま俺の麓を一層飛び立ち、彼等の居座る対極(むこう)へ着いても一向返らぬ〝物知り上手〟が少年(こども)を気取って馬鹿に仕上がり、〝先生来るまで駆けっこでもして暮らして居よう〟と、誰かに煎じた青い意識を滅茶苦茶歌って拍手しつつも彼等の居場所を然(しか)と受け止め、俺の感覚(いしき)は明然(はっき)りして在る。彼等の容姿(すがた)をそれから観たのは朝の空気が仄(ほ)んのり和らぐ、皆の口調が〝慌て上手〟の歩速(ほそく)を射止めたその時でもある。〝世間〟を通(とお)った数多の気色が俺の居座る許容(クラス)の内(なか)へと駆け込み落ち着き、自体を溶かして周囲(まわり)に根付いた原色(いろ)に合せて、さっと解け入る旋律(しらべ)を灯して歪曲して生(ゆ)く。俺の目前(まえ)では二人の男性(おとこ)が未だに無口に無表情にて蘊蓄語って皆を笑わせ、解け入る隙など俺に対して揚々挙がらず、俺が灯せた拙い希望(ゆめ)とは、許容(クラス)に集えた皆から外れて〝明度〟を灯さぬ暗い路地へと曲って行った。俺の記憶は俺の心身(からだ)が感覚(いしき)を通して皆の保(も)ち得た常識(かたち)を外れて失調し始め、人の懐かぬ暗い路地にて右往左往し落ち着き行くのが機敏に挙がって活き生(ゆ)くものだと咄嗟に構えて俺へと対峙し、普通の人間(ひと)は余程に違った自分の無様を何時(なんどき)見るのか予測を付けずに独歩(ある)いて居たのが皆に知れては恰好(かっこ)が付かぬ、と、慌てふためく白い吐息を余程に携え二人へ寄り添い、そっと従え、二人に対して挙がった気色は、俺の精神(こころ)にこれまで無かった不問の問いなど静かに羽ばたく気色さえ観(み)えぐつぐつ沸き立ち、過去が呈した脆(よわ)い沈下は塵を固めた灰汁を呈した。〝二人〟の男に頻りに割かれた自由の刹那(とき)には、人間(ひと)の群がる規則は成り立ち温もり始めて、俺から観得生(みえゆ)く二人の独気(オーラ)は許容(クラス)の雰囲気(ムード)に退(さ)がる事無く自分の主観(あるじ)へ闊歩して生(ゆ)き、握手をしながら和解をするのは、〝人間(ひと)から見得ない死地の角(かど)で〟と決め得たようだ。人間(ひと)へ灯った〝コメディアン〟への陽気の輝彩(あかり)は粘土で固めた脆い記憶に満載され得て、止(と)まらぬ景色に滔々流行(なが)れる人の感覚(いしき)は俺から離れた〝感覚(いしき)〟の透りに粉砕され得て、許容(ここ)から脱する無言の共鳴(なげき)は宙(そら)を観たまま欠伸をしている。
*
五、
電子に脚色(いろ)付く妖美(ようび)の輝彩(あかり)は俺から外れて散漫足る儘、人間(ひと)の吐言(ことば)に歩先(ほさき)を操(と)られて勢い揚々屈折され活き、〝孤高〟が祟って〝孤島〟が現われ、〝人間(ひと)の舞踏(ダンス)〟に〝孤踏(ことう)〟が芽吹いて落下を醸す、微弱(よわ)い鎮守が首を失くして落胆するのを遠目に見遣って参観して居り、俺へ棚引く可笑しな微風(かぜ)には、人間(ひと)が憶えた以前(むかし)の場面(きおく)が画面(けしき)を透して徘徊して居た。唾棄の如くにぺっと吐かれた美辞の程度は、人間(ひと)の会話に揚々寄らずに可笑しな気位(くらい)を揚々採り挙げ童(わらわ)に在って、俺が欲する淡い残骸(むくろ)は白亜に映った〝惰弱の気色〟を方々見回り人間(ひと)への回帰を伝(おし)える夢想へ帰着をし始め、誰にとっても根深に映った〝百戦錬磨の紫竜(しりゅう)の騎士〟など、幻想(ゆめ)に跨り脚色(いろ)を付すのは巧みに覚えた人の腕力(ちから)に依拠する所だ。青空(そら)に敷かれた白雲仕立ての柔い室(むろ)には、人間(ひと)へと根付いた妖艶紛いの明るい肢体が順折り重なり、ぼうっと吐かれた紅(あか)い火の内、人間(ひと)から離れた至難を観たのは二人の投じた冗句(ことば)の内にて飽和され活き、俺から離れた青空(そら)の表面(うえ)では、誰も彼もがすっぽり這入れる宴(うたげ)の席など設けられ得て、器量好しから醜女(しこめ)に至って、俺から外れた冷たい〝息吹〟が散々気儘に小躍(おど)る姿が活気を愛した。〝活気〟に敷かれた〝二人〟の放(はな)った静(よわ)い文句(ことば)が自生を図って洞(うろ)を掘り当て自体(おのれ)を隠し、青い空でもこうした洞など矢庭に輝(ひか)って落ち着くものだ、と意気を返した俺を睨(ね)めては、俺の文句(もんく)は二人に透って効果を挙げない。仕方が無いから二人を離れて、許容(クラス)の呈せた俺への〝許容(うろ)〟とは、泥水(どろ)に浸かった算段なのだとはっきり示して累々灯って逆光(ひかり)を配し、俺の背後へ真向きに当たって描写され得る。許容(クラス)の内にて静かに透った俺への景色は、気色を従え人間(ひと)へと近付き、当ての無い儘、ほっそりして在る〝コメディアン〟への陽気へ慕ってこっそり運ばれ、誰に似たのか何に似たのか、まるで理屈のはっきりし得ない虚構の脚色(いろ)などはっきり延ばされ活食(かっしょく)され生(ゆ)き、許容(クラス)に灯った〝可笑しな節度〟は俺から崩れて空気(もぬけ)と成った。
*
六、
米粒位の淡い気楼が、俺に配した許容(クラス)の音頭にこっそり佇み、〝寝首〟を擡げた淡い〝悪魔〟は順々生育(そだ)って俺から離れる分身(かわり)の強靭(つよさ)に狼狽えていた。又唾棄の如くに捨て置かれて居た人間(ひと)の気色が規則(ドグマ)を従えぶるんと撓(しな)り、俺の背後で〝淡い悪魔〟がにっと冷笑(わら)って佇んだのを、静かに見て取り頷いて居る。遠(とお)に孵った幼い生命(いのち)は神から承け得た賜物なのだと、小さい掌(て)に載せ眺めていたのは〝紫竜(しりゅう)〟に込まれた未想(みそう)であって、俺へと対した許容(クラス)の生徒は、皆、悉くに散り、俺から離れた静かな常識(かたち)へ埋没して居た。〝二人〟が孵化(かえ)った黄色い肌した美麗の外套(マント)は、人の身をして鷹揚足る内、合せ鏡に人の身を刈る二つの教義(ドグマ)を仄(ほ)んのり風に吹かせて投身させ行き、自体(おのれ)を象る拙い栄耀(かて)へと地道に化(か)え生(ゆ)く魅惑の連動(ドラマ)を構築していた。首を振り振り、人間(ひと)から程好く隠れた俺の両肩(かた)には、矢庭に止まった過去の〝小鳥〟が青い眼(め)をしてにっころ微笑み、でかい気をした有色人種が許容(クラス)に敷かれた場面の幾多を零人称(れいにんしょう)からしんと眺めてほっそり立て組む未開の連想(ドラマ)を手懐け生(ゆ)くまま自己(おのれ)の在り処を探し歩くが、一向失(き)えない空気(もぬけ)の殻には、俺へと対した〝生徒〟の熱気が白熱し始め、如何(どう)にも成らない白亜の気迫が自ら脈打ち生活し始め、俺の逆光(もど)りを稚拙なものだと両断して行き俺と〝生徒〟を感覚(いしき)の裾へと追い遣り始めた。無言に看取られ構築され行く紅(あか)い気色は俺の頭上に、しっかり象(と)られてうんうん頷き、人間(ひと)が排する青い吐息を宙へ観た儘ひっそりたえる。形成(かたち)を失くした人間(ひと)の檻には常識(かたち)を閉ざした柔い瞳(ひとみ)がこっそり現れ連動して活き、人間(ひと)から還れぬ脆(よわ)い気性を俺へと放(ほう)って落胆して在る。陽光(ひかり)の入らぬ許容(クラス)の内では朝に観たのと違った光景(けしき)が散々現れ、俺へと辿った熱気の華美には他人(ひと)に生れぬ性惰(せいだ)の下足(あし)などしっかり根付いて上気を灯し、根(こん)の無いのを頭上に掲げて堕落するのを、俺の感覚(いしき)ははっきり見て取り感嘆して居る。心に浮んだ〝魔法の言葉〟は二人の口から見事に立ち活き、俺の精神(こころ)を明るくしたまま水に沈んで緩怠(かんたい)を採る。
*
七、
センスの無かった木梨の方は、時代に捨てられ明度を失くし、俺の目前(まえ)では幻想(ゆめ)へ解け入り浮遊して居た。しかしそうする光景(けしき)が浮ぶ内(なか)にも、あの手この手で彼を拝した人間(ひと)の記憶が拡がり始め、人間(ひと)の前方(まえ)では巧く跳び得る気性を欲して彼は翻(かえ)った。七つに拡がる人間(ひと)の海へと、自分に根付いた記憶の暴露(ぼうろ)が白紙に寝そべり楽(らく)を観るのと孤踏(ことう)に浮んだ自分の孤独をひっそり較べて首肯して居り、〝人間(ひと)〟から離れた俺の方まで辿々(たどたど)辿って体裁(かたち)を装い、陽光(あかり)の在り処を物色しながら息衝いて居た。一方、増田に掛かった期待の程度は、人間(ひと)から生れた夢遊に在る儘、一切合切明かりを取らない歯牙(しが)ない空虚に翻弄され活き、女性(おんな)が居るのを忘れた四肢(てあし)は、敗けず嫌いの憤怒を取り立て自虐に秀出(ひいで)た。中々進まぬ〝孤独〟に輝(ひか)った二人の歩みは、二人に彩(と)られた文句の狭間を揚々独歩(ある)いて闊達に在り、「自分」を仕上げた幾多の光景(けしき)を、人に籠った内の情景(けしき)と対合(たいごう)せしめて奇麗に彩る人脈(みゃく)の気色を大きく象り落着しており、俺から放てた微かな幻想(ゆめ)には、小さな加減が幾つも綻び温(ぬく)められ得た集中力(ちから)の源(もと)など血色が良く、俺に対せた人間(ひと)の熱には明日(あした)が灯って充満して行く端正(きれい)な樞(ひみつ)が挙がって駆け下りて来た。何処(どこ)かの宙(そら)からひっそり灯った〝樞(ひみつ)〟の表情(かお)には、何やら気取れぬ〝可笑しな〟吃りが〝挙句〟を呈して閑散して在り、窮境、止(や)まれぬ無謀な賭けには、人間(ひと)の肢体(からだ)を犠牲にする程、鋭く透った獣の感覚(いしき)が〝頃合い〟遮る固い手を取り大きく大きく吟じられて行く。刃物にも似た〝獣の感覚(いしき)〟が馬鹿を知る時、俺も生徒も微塵にも無い二人の感覚(いしき)に撤退し始め、鋭く透った空気(もぬけ)の大声(こえ)には、人へと懐いた〝木霊〟の洞(うろ)など響く旋律(しらべ)に即興され活き自体(おのれ)を呈せた。
*
八、
二人の陰には誰かに訓(おそ)わる〝危ない懸橋(はしご)〟が宙(そら)から延び得て目下に垂れて、女子が呈した〝籠の華〟など、身近に採れ行く選択肢が観(み)え、柔く撓(しな)んだ男性(おとこ)の〝井戸〟には〝メタン〟の籠った憤怒が息巻く。そうして〝息巻く〟余剰を拵え、鏡境(せかい)の彼方へ未熟を差すのが、人間(ひと)との気配に上手く解け得た〝二人〟であって、〝二人〟の努力を揚々知り足る誰にも見得ない俺なのである。
*
九、
増田の戯具(ぎゃく)には沸々煮え行く〝下火〟に彩(と)られた波紋が拡がり、行く行く醒めない強靭(つよ)い陶酔(オルガ)が仰け反り宙(そら)を見上げてねっとりしていて、俺の両手は〝彼等〟を称えて賞賛する儘、死太く翻(かえ)った増田の真価に滅法色付き引き込まれており、彼の呈した気弱の暴露(ばくろ)は武者の奮えに相対(あいたい)して生(ゆ)く。増田が呈した〝身弱(みよわ)〟の兆しは彼の冗句に量産され活き、心底から立つ平らの笑いがじわじわ目立って崩壊するのだ。周りの生徒はこれに遣られて縦に立ち得た時空の在り処を自分の寝床へ安易に持ち込み安らぐのであり、暗(やみ)に徹した底無い戯具(ぎゃく)には開口した儘ぽかんとする儘、遍く喚いた〝寝床の笑い〟が許容(クラス)へ渡って共鳴するのだ。俺の音頭もこれに遣られて歩調を鈍(くも)らせ、果(さ)きの見得ない二人の境界(せかい)を往来する儘、独自に掲げる孤高の孤踏(ダンス)を漸く任されその後(あと)すごすご、感覚(いしき)の冴えない孤独の経路(ルート)を巡興(じゅんこう)して行く。
*
十、
汽笛の鳴り得ぬ電車に揺られて、段々〝新た〟に改構(改頁)され行く自伝の在り処はその都度跳び立つ飽きの出来ない算(さん)に駆られて追立(ついた)ち始め、割烹冴えない独自の〝文化〟に丁度好いほど料理をされ活き、現行(いま)から覗ける無機の屍(やから)へ活路を延いては満足気に就く。俺の熱気は増田に操(と)られた色目に絆され抑揚付けられ、人間(ひと)から離れた拍車の果(さ)きへと、悶々豊かにその実(み)を成らされ邁進して居た。旧い戯句(ぎゃく)には紋様付されぬ萎びた〝連呼〟が人間(ひと)の側からすっと跳び立ち躍動重ねて、古い門戸に決して潜(くぐ)らぬ人間(ひと)の巨大が四方(しほう)へ揺れては散閑(さんかん)していた。木梨にとっても増田にとっても、ふるく萎びた戯れ言(ごと)には四肢(てあし)の出ぬまま形式(かたち)が解(ほぐ)れて、微弱(よわ)いmorgueが横倒れに成り活気は呑まれた。〝洗練〟、〝現代向け〟、〝レトロ〟、〝回顧〟、〝縮小〟、〝流行〟、〝気忙しさ〟、〝辛辣〟、〝批評〟、〝無機振り〟、〝無茶振り〟、〝明日(あした)の…〟、〝昨日の…〟、〝現行(いま)での…〟、たっぷり並んだ文句(ことば)の手数(かず)には人間(ひと)の温(ぬく)みへひっそり頼った孤独の配架がきっちり敷かれて無人に成り立ち、誰が立っても管理し切れぬ不毛の〝形式(しき)〟など仕上がっている。増田の眼光(あかり)は「現行(いま)」を注いだ。
~戯具扇子日和(ぎゃぐせんすびより)~(『夢時代』より) 天川裕司 @tenkawayuji
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