軍神が見守る少女奮闘記

いっくん

第1話 軍神の趣味

1560年 5月 桶狭間にて今川義元散る


義元亡き跡を継ぎし、今川氏真うじざね


蹴鞠けまりを好み、軍略の才能無し



1568年 武田家、徳川家による今川領侵攻


氏真は武田家によって敗走


駿河するがを放棄し籠城ろうじょう


駿河の今川の将は死か、降伏の二択を迫られた



黒烏時将くろがらすときまさ


駿河にて、武田にあらがう最後の今川方の将の名である


「時将様! 武田方の兵500によりこの館は包囲されております!」


わらで作られたかさを被ったいわゆる足軽と呼ばれる者がたたみの部屋の奥で腕を組みながら立つ鎧と日本刀を装備している時将にひざまずき、告げる


偵察ていさつご苦労」


大男は、足軽にねぎらいの言葉をかけ退室させ、室内は時将とその両脇に座る2人の家臣のみとなった


佐渡兵衞さどべえ、こちらの兵は40程度。 勝ち目はあるか? 黒烏家の軍師よ」


「正直に申しますとありませぬ」


佐渡兵衞と呼ばれる軍師は、はっきりと勝てないと宣言した


「やはり多勢に無勢...兄上、ここは降伏し許しをいましょう」


時将にそう提言したのは、兄とは違って小柄な弟の黒烏信将くろがらすのぶまさである


「....佐渡兵衞、信将、我らは桶狭間にて織田家の勢いにより退却したな?」


「はい」


信将が答える


「義元公は、黒烏家の持つこの烏谷からすだにという地域での黒烏家の地位を固める支援をしてくださった」


「しかし、我らは義元公を助けることが困難だと判断し退却いたしました」


「その通りだ、佐渡兵衞。 ここで義元公との盟約を破りし武田にくっしてあの世にて義元公に顔向けなど出来るか?」


「出来ませぬ、兄上」


「館の庭に兵を全て集めよ、信将」


「かしこまりました!」


3人は黒烏家の館の庭にて、全ての兵40名を召集しょうしゅうし、時将は話し始めた


「皆の者、我ら、黒烏家は武田にはくだらぬ! これより、義元公の盟約を破りし武田と共にこの命、散らしてやろうぞ!」


兵は皆、だまりこむ


「どのみち、武田に館は囲まれ逃げ道など無い...ならば我らの生きざまを見せてやろうぞ!」


「信将様...」


兵は信将の一言に対し、反応し考え込む


「烏谷はもはや、我らの館以外制圧されており、家族や友人を失ったものも多いであろう...その者たちの無念むねん、武田に見せつけては見ないか?」


軍師の佐渡兵衞も信将に続き兵に語りかける


「...我ら、黒烏の者として武田に生きざまを見せつけてやりましょうぞ!」


兵の一人が槍を天に向けてかかげる


「そうだな、どのみち逃げられぬのならば、時将様たちと共に生き様を武田に見せつけてやろう!」


それを皮切かわきりに、他の兵たちも覚悟を決め始め、結果的に全員で突撃することとなった


「皆の者、10分時間を与える、各々おのおの出陣の支度をせよ!」


「おぉ!!」


兵たちはやる気に満ちている



支度をする兵たちの中に、唯一の女性の兵がいた


「盛り上がってきたねぇ! 氏真様は無事に逃げられたがここで武田を蹴散けちらせば合流も出来る」


千喜せんき


彼女は、今川家当主、今川氏真をしたって今川の兵となり氏真の兵として戦う女武士である


千喜は氏真の撤退のため、駿河にとどまり武田に抗う黒烏の兵に加わった


氏真が向かう撤退先の城、掛川城かけがわじょうに到着するための時間稼ぎが目的である


「私の相棒であるこの鉄の槍、真守槍しんしゅそう...これにて武田を蹴散らしながら掛川城に向かう!」


千喜は立ち上がって手に、鋭く2メートルはある鉄の槍を1メートル145センチほどの体で持った


「君、さっきの独り言、聞いたよ? この戦、生き残れる可能性はないよ?」


千喜に近づきそう告げた、少年の剣士


「は? あんた、喧嘩売ってる? あのね! 負けると思わなきゃ負けないのよ!」


「...君の名前は?」


「千喜」


「生き残れると良いね...」


そう言って、少年の剣士は去っていった


「なんなの、あいつ。 あ、10分経った! さぁ! やるわよ!」



10分が経過し館の入り口に千喜と少年の剣士を含む、40人の兵と時将、信将、佐渡兵衞がつどった


「さぁ、ではくぞ! 門を開けよ!」


時将の合図で、兵により門が開けられ馬に乗る時将、信将、佐渡兵衞を先頭に包囲中の武田への突撃によって戦の幕があがった


突撃から5分


時将30


信将35


佐渡兵衞25


兵38人 18


武田の兵、計108人を討ち取り黒烏家、滅亡なり



「おらぁっ!」


愛用の槍、真守槍にて掛川城方面にて千喜はこれまでに30もの兵を討ち取り奮戦していた


「とにかく、最低限の戦いで掛川城に向かう...」


そんな千喜の前に馬に乗り、武田の将らしき者が現れる


「っ...将クラスか...」


「ショートヘアの黒髪に男のような顔立ち、小柄の女の兵...黒烏が壊滅してもなお、奮戦し我らの軍に損害を与えている者とはお主のことか...」


「特徴、全て伝わってる...恐らく、兵に呼ばれたのね...」


「我の名は、穴山信君あなやまのぶただ! 武田の将なり!」


「私は千喜! 今川氏真を慕う兵なり!」


「主君への忠誠心、見事! その意気にきちんと答えてやらねばな」


信君は、刀を構え、千喜を警戒する


「皆の者、邪魔をするでないぞ!」


信君は、周りの兵に手出し無用と声をかける


「良い将と会えた...私も貴方に真正面から挑ませて貰う!」


「いざ勝負!」


2人の掛け声にて、決闘は始まった



キーン!!


カッ、キーン、キッ!


信君と千喜は、刀と槍を激しくぶつけ合う


「さすがは将...強さの格が違うっ...」


千喜は息切れをして汗が止まらない中、信君の刀を槍で受け止め、押し返した


「何を言う...お主も十分強い、お主を兵に留めておる氏真は見る目がないと思われる」


ギーン!!


「怒り任せに槍を振るう、それは愚策であるぞ?」


信君は千喜の槍を受け止めると容易に押し返し首めがけて刀を振るう


「しまっ...」


千喜の言葉が途絶えた



千喜が危機におちいっていた頃、千喜に生き残れないと告げた少年の剣士はまだ生きていた


「...やはり、黒烏家は滅んだか」


少年は、近くの森に逃げ延びていた


「武田ごときにはやられぬ、軍神をなめてもらっては困る」


少年の剣士の剣は光をまとい、髪色は黒から銀へと変色し幼かった雰囲気から大人の雰囲気へと変わった


少年の正体


「軍神カムラ」


軍神とは、戦の神で実はカムラは趣味しゅみで少年の剣士に化けて戦に参戦していたのだ


「逃げたやつを見つけたぞ!」


「あれが我ら武田の者を50も殺ってくれたガキか!」


「やはり、我をつけていたか、命を奪われるとも知らずに」


そう言うと、兵に向けて剣を投げる


「剣を投げるとは愚かな...こんなもの避ければ」


「うわぁ!!」


「がはっ...」


カムラの投げた刀は落下せずに追いかけてきた兵2人の体をつらぬき、最後の1人の体めがけて飛ぶ


「どういうことだ!?」


最後の1人はふるえながらも、飛んでくる刀に刀を構える


「その刀は、軍神カムラの名刀飛成とびなり


「グフッ!!」


ドサッ...


「どう足掻あがこうが無駄だったな...我の飛成は我が敵と定めた者を殺すまで追う」


カムラは追手おってに勝利し逃げ延びた


カムラの逃げた森と千喜の一騎討ちの舞台は近かった


「今川の見事なつわもの、千喜討ち取ったりぃ!!」


千喜の首を信君は、大事そうに風呂敷に包み込み、武田の本陣へ戻った


信君の声はカムラの耳にも届いていた


「千喜...我が久しぶりに出会った心の強きつわもの。 ...千喜、もう一度戦国の世を生きてみよ、そして見せてみよ」


カムラは、目を閉じゆっくり開けながらつぶやいた


「千喜よ! 転生させ、もう一度戦国の世を歩ませてやろうぞ。 そして我は見守ろうぞ...我を満足させたなら死後、軍神となって我と共に軍神を楽しもうぞ!」



千喜、討ち死に


カムラによる転生宣言


これと同じ頃、今川氏真は武田軍による追撃を受けていた


「てりゃぁ!」


武田軍に雇われた女兵士、津菜つな


大きな石槍を振るい、氏真に迫る


「ひいっ...」


その勢いや恐ろしきもの


「氏真様は殺らせぬ!」


津菜が飛び上がり、馬に乗る氏真に槍を振るう時、横から槍が入り津菜の脇腹わきばらを貫き津菜は倒れ馬に蹴り飛ばされて近くの茂みに倒れ込んだ


氏真を守った者の名は、岡部元信おかべもとのぶ


後に、今川から武田に寝返る者の名である



津菜は、茂みに隠されるように出血多量によって命を落とした


そう、津菜としては死んだ


「...」


死んだはずの津菜は目をゆっくりと開く


「(あれ? 私は信君に討ち取られたはず...)」


目をゆっくり開いた津菜、いや



千喜


何が起こったのか



説明しよう


これは、カムラによる転生の転生相手の条件が関係している


その条件とは、自分と同じ世界線にて自分が死亡してから一番近い時間に死をげた者であること


そして、自分と同じ性別であること



この条件に当てはまったのが津菜なのである


くしくも、自分の主君である今川氏真の敵であり、殺そうとした津菜の体に転生したのだ


「(...ぐうっ!? 何この痛み!!)」


ややこしいが、津菜の体だが中身は千喜なので千喜と呼ぼう


千喜を目を覚ました途端、とんでもない痛みがおそ


 「(なっ!?)」


 千喜が自分の体を確認すると脇腹に穴が空き、えぐれていた


 「(なんでこれで生きてるの!? でも、死ぬって感じはしない...)」


 すると次の瞬間、傷はいきなり全てふさがり普通に動けるようになった


 「話せるようになった...私に何が起こってるっていうのよ…」


 千喜は動揺したが、深呼吸して次の行動を考えた


 「とにかく後でこの事はじっくり考えるとして、まずは氏真様のもとに向かいましょう!」


 こうして千喜はとりあえず今川氏真の元へ向かうことにしたのだった



  これを見守る影が木陰こかげに一つ


 「そういや、死んだはずの体ってことは動けるわけ無いよな…まぁ、我の力で綺麗に出来たから良いだろう」


 千喜を転生させたカムラである


 「さぁ、これからを楽しみにしてるぞ? 我が千喜よ」


































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