ちょっと冒涜的かもしれない異世界転生

たんぼの邪神

第1話

「ぱんぱかぱーん!おめでとうございまーす!」

 何もない空間でわざとらしい程にけたたましくなるファンファーレと共に目の前にいる女は告げる。

 それは不定形で大量の目玉が自在に這い回り、触手が蠢く、どう見ても化け物なのに何故か女と確信できるその存在に俺は呆気にとられていた。

「あなた様は厳正なる審査の結果、選ばれたのです!」

「選ばれたって何に?」

「何って決まってるじゃないですか。異世界転生ですよ、異・世・界・転・生♡」

 異世界転生ってもしかしてあの?小説とかでよくあるようなやつか?と言っても俺は人気作をちょっと見たことぐらいしかないんだが。あとネットの偏見。

「なんでそんなことになったか全然わかんないんだが、とりあえずアンタは神様ってことでいいのか?」

「おっと自己紹介は大事ですよね。うっかり忘れてました。そうです私はあなた達が言うところの異世界の女神様です。」

 自分に様付けするのか……。見た目がアレなのに女な気がしたのは女神だからだったらしい。

「アンタが女神様なのはわかったけど名前は?」

「名前、ですか?」

「そうだ、アンタ自身の名前とか世界の名前とかそういうやつ。」

「そんなのないですよ?あなた達の世界にだって名前などないでしょう?それに神も特定の名で呼んだりしないと聞きましたが。」

 言われてみればそうだ。元々俺がいた世界を名前で呼んだこともないしそもそも知らない。神に関しては宗教にもよるが名前がないどころか偶像崇拝すら禁じてるところもある。

「なるほど、とりあえず女神様だってのはわかった。」

「聞いたからには俺も自己紹介しなきゃだな、俺は。」

「十島大地さんですよね?」

 なんだ知ってたのか。まぁ女神なんだからそれぐらいは知っててもおかしくはない。

 相手のことが多少なりともわかったところで本題に戻る。

「知ってるならいい。それで?異世界転生ってどういうことだ。」

「どういうことも何も文字通りですよ?あなたは私の世界に転生して第二の生を過ごすのです。しかも今なら女神様からの祝福のおまけ付き!」

「祝福って?」

「はい!転生チートってやつです!なんでも一つ願いを叶えた状態で転生させてあげます。なんでもですよなんでも!特別な才能でも可愛い女の子でも一生豪遊しても困らない金銀財宝でも!」

 俺は異世界転生モノは碌に知らない。だがそれでもわかるぐらいにあまりにもコテコテで逆に驚きが出てくる。

「本当になんでも叶えてくれるのか?」

「もちろんです、女神様に二言はありません。」

「魔王を倒せとかそういう役目的なのは。」

「そういうのも一切ありません、あなたの好きに生きてくれて結構です。」

「じゃあどうしてどうして転生なんてさせる?アンタにメリットなんてないだろう。ましてや願いまで叶えるなんて。そんなことされてもアンタの世界に貢献できるほど俺は立派な人間なんかじゃない。」

「私はあなたに私の世界への貢献なんて全く期待してませんよ?それに私の世界でも世界に直接影響を与えるような存在なんてほんのひと握りもいい所です。あなたがそうなるのはかなり難しいでしょうね。」

「それにあなたの場合、転生することそのものが大事と言いますか。」

「転生そのもの?」

「はい。全ての生命の魂ってのは生と死によって循環を繰り返すんですけど、ずっと同じ魂だけで回し続けるのって世界にとってあまり良くないんですよ。」

「ですからこうして時々他の世界から新しい魂を持ってくるんです。」

「要は俺の魂があればそれでいいと?」

「その通りです。私の世界で生きて死んでさえしてくれれば新しい魂が循環に取り込まれて嬉しいって感じですね。」

 悪気はないんだろうがさっきから言葉のチョイスが少し辛辣だ。傷つきそうになる心をぐっと抑えて話を続ける。

「転生させたい理由はわかった。だが祝福ってのは?アンタの世界で生きて死ぬだけでいいならそんなものいらないだろう。」

「それは、ですね……。」

 今まで無邪気なノリで話してたのが急に口ごもる。

 心なしか目も泳いでる気がする。と言っても元よりバラバラに這い回っていたが。

「えっと、言わなきゃ駄目ですか?」

「そんなに言いたくないのか?」

 俺としてはちょっとした疑問のつもりだったんだが。甘い話には裏があるとはよく言うからな。確かめられることは確かめて損はない。

「こ、断られるんです。」

「え?」

「だから断られるんですよ!私の世界なんて嫌だって!祝福でなんでも願いを叶えるって言っても!」

 女神からぼどぼどと黒いタールのようなものが滴り落ちる。おそらく泣いてるのだろう。声色からして人間だったら相当酷い顔をしていそうだ。さっきまであった威厳が完全に台無しである。

「さっき話したじゃないですか、定期的に新しい魂を持ってこないといけないって。だけどもうずっとできてないから世界に不具合が出始めてるんです。だから今回こそは絶対に転生して貰わないといけなくて。」

「と言うかそもそもここまで話を聞いてくれたのが久々なんです、最後のチャンスなんです!!!」

 女神は泣きじゃくりながら必死に訴える。

「なんでもしますから!一つとは言わず何個でも祝福与えますし転生後のアフターケアもバッチリやりますから!」

 俺としては転生なんてしてもしなくてもどちらでも良かったのだが、こう泣きつかれては流石に同情の念も湧いてくる。

「わ、わかった。わかったから。転生する。転生しよう。」

「ほ、本当ですか!?」

「こんな俺でいいのなら。」

「いい所の話じゃないですよ!転生してくれるならオールOKです!それで祝福なににします?なんでも好きなだけ叶えますよ!あっそうださっき私が言ったやつ全部盛りとかどうですか?」

 転生すると答えた瞬間さっきまであんなに泣きじゃくっていたのが嘘のような笑顔になった。表情は見てもわからないから声色で推測してるだけだが。調子がいいと思いつつも泣かれ続けるよりはマシだ。

 それにしてもなんでも願いが叶う祝福か。しかも好きなだけ言ってもいいらしい。

 なんでも好きなだけと言われると少し悩むが、俺はシンプルにいくことにした。

「じゃあ一つ目、安全かつ生きていく上で不自由しない場所に住みたい。できればあまり都会ではないと助かる。」

「そして二つ目、簡単に病気や怪我をしない程度に丈夫な体。最終的に死ぬとしても虚弱体質で苦しむのは避けたい。」

「最後に三つ目、普通の家庭でそれなりに愛されて育ちたい。転生者とバレて煙たがれないぐらいがベストだ。」

「以上だ。こんな感じでいいか?」

「そ、そんなんでいいんですか?私の祝福があれば一生モテまくりヤリまくりの遊びたい放題かつ才能に満ち溢れた人生なんてのも余裕ですよ?」

 俺をなんだと思ってるんだ。それに仮にも女神なのだからそういう言葉使いはやめて欲しい。

「別に構わない。俺にそういう豪勢な生活は合わない。」

「わかりました。ではあなたの望み通りに祝福を与えましょう。」

 女神がそう言うとなにもない空間が玉虫色に光りだし、そこから水銀のような液体が溢れてくる。それは徐々に周りを満たし、俺を覆い尽くさんと差し迫る。

 しかしそれに不快感はなく、むしろ安心感を覚えた。

 そして俺は水銀のような祝福に飲まれ、

「第二の生、楽しんでくださいね!」

 そんな女神の声を最後に俺の意識は途切れる。

 そうして俺はちょっと冒涜的かもしれないの世界に転生をはたしたのだった───

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