ダメ女がイケメン女子大生と出会ったその日にお持ち帰りされる話
小坂あと
本編
第1話
※運営様からの警告対策のため、作品を通して一部黒塗りで伏せています※
朝、起きたら。
「…おはよう、おねーさん」
どこか中性的な雰囲気の、黒髪のウルフカットがよく似合う綺麗な顔立ちをした女性が、わたしに向かって優しく笑いかけてくれた。
え……だ、誰。この美人さん…
自分の部屋で知らない人が眠っていたこともそうだけど、同じベッドの上……彼女もわたしも服を身にまとっていない状態だったことにも戸惑って言葉を失った。
「まだ朝早いから、もうちょっと寝よーよ」
「へ…?え、ま……待って、ください…」
「ん?どーしたの」
慣れた仕草で抱き寄せられて、やんわり相手の肩を押す。
「あ、あなた……誰、ですか…?わたし、なんで裸…」
「あぁ…もしかして覚えてない?……まぁ、昨日けっこう酔ってたもんね」
昨日、酔う……女性の言葉をきっかけに、じわじわと記憶が蘇ってきた。
「それとも気持よすぎて、記憶飛んじゃった?」
冗談交じりの悪戯な笑顔を見た瞬間に、意識は鮮明になって、そこでようやく完全に思い出す。
そう…だ、わたし……昨日この人と…
思い出した途端、全身を羞恥が包み込んだ。
「忘れちゃったなら、もう一回する?」
顔を覗き込みながら聞かれて、咄嗟に首を横に振る。
つ、付き合ってもない人と、しちゃったんだ……それも、女の人と。
いったいどうして、こうなっちゃったのか。
時は、昨日の夜まで遡る。
「
仕事終わり、休日の前日だからとたまには飲みに行こうってなって、高校時代からの親友⸺
彼女はわたしの袖で隠していた痣に気が付いて言ってくれたみたいだ。
なんとなく……バレてしまった事に居心地を悪くして、服を伸ばしてさらに痣を隠す。
「あ、ち……ちがうよ。これは、ただ…その」
「もうさー、都合いい女になるのやめなってば」
「都合いい、なんて…そんな」
「毎回そんなんで……心配だよ、普通に」
「ごめん…」
彼女が心配するのには、ちゃんとした理由がある。
今までのわたしの恋愛遍歴を知っているからだ。
初めて彼氏が出来たのは……高校生の時。
高校三年間の青春を捧げた相手には、最後の最後で三股が発覚した上にあっさりフラレた。
そして次に、大学時代の四年間付き合ってた彼氏は典型的なギャンブラーで……パチンコでお金を溶かしてはわたしにお金を無心する人だった。そして彼もまた二股していたらしくて、それがバレた後は相手の女の人のところへ行ってしまった。
そして現在、社会人になって三年目。
交際中の彼は優しい人だけど……たまに怒ると、わたしのことを殴ってしまう。
ただこの話を友達にすると「そんな彼氏やめときなよ」って言われちゃうから、なるべく話さないようにしていた。
「浮気男にクズヒモ男の次はDV男?なに、クソ男のコンプリートでもしようとしてんの?」
でも凛ちゃんは鋭いから、勘付いてしまったようだ。
「まじでさー…手出すのだけは絶対だめでしょ。なんでそんなやつとばっか付き合うの?」
「あ、いや……でも、今の彼はお金のことはちゃんとしてるし、浮気もしないでいてくれるし、殴っちゃった後はいつも謝ってくれるし、お詫びのデートもしてくれるし……だからそんなに悪い人だとは思えなくて…」
「はぁ……ほんと信じらんない」
こういう話をするといつも、誰にも理解してもらえない。むしろどんどん、呆れられて終わる。
周りからしたら、わたしは“ダメ男製造機”で、とことん男を見る目がない……らしい。
自分ではそんなことないと思ってて、今までの人も良いところはたくさんあったし、浮気されちゃうのもわたしの魅力が足りなかっただけ…って、考えてるんだけど。
「いい?クズはクズなの。クズに良いやつなんていないの。いい加減分かって」
わたしと違って、凛ちゃんはバッサリと言い切った。
「まぁ…言っても分かんないか。優奈はお人好しバカだもんね」
「は、はは……ごめんなさい…」
「てなわけで、今日はそんな優しい優しい優奈ちゃんでも、クズがいかにクズか知ってもらうため、ゲストをお呼びしました」
「げ、ゲスト…?」
たとえどんなに呆れても見捨てないでいてくれるのは、凛ちゃんの優しさ故だろう。
そんな、友達思いの凛ちゃんが用意してくれたゲストが、
「女でありながら女を泣かしてきたクソ女、
「……先輩、紹介の仕方が最悪なんすけど」
掛け声に合わせてタイミングよく個室の扉を開けた中性的な女性は、扉に体を預けながらため息混じりに呟いた。
この時に出会ったのが冒頭で登場した女の子⸺樹希さんだった。
「優しくて素敵なお姉さんに会えるって言うから、おとなしく待ってたのに。ひどくないですか?」
「クソ女なのは本当じゃん」
「人聞きの悪い。初対面の印象って大事なんすよ?どうするんですか、この後のお持ち帰りに影響が出たら」
「お持ち帰りしようとしないの。…まったく。そういうところがクソだって言ってんのよ、私は」
「かわいい子がいたら可愛がりたくなるのは、自然の摂理ってやつですよ。…ねぇ、おねーさん。そう思いません?」
「え……あ、え…っと…」
突然話を振られて、言葉に詰まる。
なんて返すのが正解なのか分からなかったから、逃げるように視線を凛ちゃんへと向けた。
「り、凛ちゃん……この人は…?」
「大学の後輩」
「どーも、
にこやかに手を差し出されて、困りながらもさすがにここで断るのは失礼かな?って考えて握り返した。
「うわ、手めっちゃ柔らかい……先輩、この人かわいいです。手から分かる、もうかわいい」
「気安く触んないの。あと早く座って」
「…隣いいですか?」
「バカ。あんたの席は私の隣」
「はーい」
凛ちゃんの言葉に従って、テーブルの向こう側の席に腰を下ろした彼女は、どこか退屈そうに肘をついた。
その後、改めて自己紹介も兼ねて軽く話を聞かせてもらったんだけど、どうやら彼女は凛ちゃん曰く「女好きのしょーもないやつ」らしい。
面倒だから恋人は作らない主義で、だけど女の人は大好きだから、これまでたくさんの人と交わってきたんだとか。
女の人が女の人とそういうことするって、ちょっと想像がつかなかったけど……樹希さんの雰囲気を見てると同性からもモテるのは、なんとなく分かる気がした。ノリの軽い話し方のわりに、見た目はクールで綺麗だったから。
そのギャップが、魅力的に映った。
色々を知ってる凛ちゃんは、あまり好ましく思ってないみたいで、
「もうクソ以下」
吐き捨てるように、そう言った。
「そ、そんな言い方、よくないよ…」
「まじでそうなんだもん。こいつ、手当り次第に口説くし、誰にでも手出すから。ほんと最低」
「向こうからも寄ってくるんですもん、誘われたらそりゃ抱きますよ」
樹希さんは開き直って肩を竦ませて、それに腹を立てた凛ちゃんによって肘で小突かれていた。
「誘われなくても抱くくせに」
「え。もしかして嫉妬してるんですか?かわいい」
「は?なんでそうなんの、あんたに嫉妬とかないから」
「素直じゃないのもかわいいです」
「……そういうとこ。ほんとキモい」
仲がいいのか悪いのか分からないふたりの会話を聞きながら、お酒の入ったグラスの中身を喉に通す。…やたら距離感が近いのは、きっと気のせいじゃない。
ちょっとだけ気まずく思いながらも会話を重ねているうちに、話題の内容は次第にわたしの恋愛の近況報告と化していた。
「へぇ……羨ましいな、彼氏さん。こんないい女捕まえて…」
その流れで今の彼について正直に話したら、てっきりまた呆れられるか怒られると思ってたのに……予想に反して、樹希さんは否定もせず小さくそう呟くだけだった。
「“都合の”いい女って意味でしょ」
「それもありますけど……どう考えたって、尽くしてくれる健気で優しい、いい彼女じゃないですか」
そんなこと言ってくれたのは過去にも先にも彼女だけで、自分でも自覚なく嬉しさを募らせる。
凛ちゃんは呆れてたけど……わたしにとっては、救いにも似た言葉だった。今までバカにされたりすることしか、経験がなかったから。
……この時点での印象は、美人で気さくな、優しい女の子っていう認識しかなかった。
だから、凛ちゃんが言うほどのクズとはどうしても思えなかったんだけど、
「よし、ムカつくから別れさせますか」
その一言で、印象は一変した。
「ちょっと、あんたなに言ってんの」
「私以外のやつがいい女をいいように使うのは気に食わないんで。おねーさんには悪いけど、その男はポイしちゃいましょ。スマホ借りますね」
「え、あ……」
テーブルに置いていたわたしのスマホを無遠慮に取り上げて、操作してすぐ樹希さんは驚いた顔を見せた。
「今どきロックかけてないなんて…不用心っすね」
「や……っやめてください、触らないで…」
「彼氏は〜……こいつか。“しんじくん”って言うんだ?ちゃんとお気に入りにひとりだけ追加してるあたり、これまた健気でいい女じゃないっすか、泣ける」
「樹希、やりすぎだって。今すぐ優奈にスマホ返しなさい」
「んー…少々お待ちを」
凛ちゃんとわたしふたりに止められてるのも気にせず、なにやら文字を打った後で樹希さんは満足したのかスマホを返したくれた。
返してくれたのは、いいんだけど……画面を確認すれば、勝手に『別れよう』ってメッセージを送られてて、言葉を失う。
こんなこと送っちゃったら、真司くん…絶対に怒っちゃう。
そうなったら次に会った時、殴られる未来が容易に想像できて……全身から血の気が引いた。
「どう…しよう」
別れたくない、というより“殴られたくない”と思った時点で彼女失格なのは、自分でも薄々気が付いていた。
それに気が付かないふりをして、とにかく訂正しようと文字を打ってる途中で既読がついて、
『わかった』
相手から、一言だけそう届いた。
彼と付き合って、三年。
そんなにも簡単に諦められるんだ……と傷付く前に、どうしてか安堵してしまった自分がいた。
わたし、なんで“別れられてよかった”なんて……
今まで目を背けてきた自分の本心を思い知らされた時、じわじわと押し寄せた罪悪感が涙となって、視界を埋める。滲んだ景色の先で、スマホの画面に涙の粒がいくつか落ちた。
泣いたわたしを見て、凛ちゃんは樹希さんに向かって何か怒ってたけど、それすらもう耳に入らなかった。
この後は、ヤケクソになってお酒をたくさん飲んで、
「ごめん、会社から呼び出しあったから抜けるね。優奈だいぶ酔ってて心配だからあんた、責任持ってちゃんと送っていきなさいよ」
「うい、了解です。任されました」
「……絶対、手だけは出しちゃだめだからね」
「ういっす!」
「まじで、手は出すなよ、絶対に」
「フリですか?」
「バカ言わないで。ほんとは置いて行きたくないんだけど…かなり緊急らしいから。ほんとごめんね、優奈。今度またゆっくり話聞かせて。そいつ嫌だったらぶん殴ってでも帰っていいから!」
途中、親身になって話に付き合ってくれていた凛ちゃんは、金曜日の夜だというのにも関わらず後輩からのヘルプの連絡が入ったようで……スマホを持って慌てた様子で帰っていった。
お金はちゃんと、テーブルに置いて行ってくれてた。それをさり気なく、樹希さんが手に持ってポケットの中にしまう。
彼氏と別れさせた相手と、ふたり。
凛ちゃんが帰ってすぐわたしの隣に移動してきた樹希さんは、満面の笑みでグラスを差し出してきた。
「さてと、邪魔者もいなくなったことだし……飲み直しますか」
「じ、邪魔者って……よくないよ、そういうの」
乾杯はしないで苦言を呈して、グラスの中身に口をつけたわたしを見て、彼女はなぜか穏やかに目を細めた。
「ほんと、いい女っすね」
優しい瞳の奥に、まるで獲物を狙うかのような野蛮さを潜ませた相手に対して、わたしは警戒心がなさすぎたんだと思う。
その日の夜、まんまと捕獲されて食べられてしまった。
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